予兆
「うひゃー、でっっっか。アンタら二人だけでよくこんなの倒したねぇ」
地面に転がる自分の頭よりも大きい肉片を足蹴にしながら女は感嘆を漏らした。それから嫌そうな顔で「うえ、きったな」と、グリフィスの羽毛に足裏を擦りつけるという奇行に走る。血が付くのが嫌なら蹴らなければいいのに。
さて、この女についてだが、先程は気づかなかったが一応面識がある。
短い茶髪と快活そうに見開かれた目。身体の線は細いが、しなやかで芯の強さを感じさせる勇猛な佇まい。それから戦場では一層目を惹く、ほとんど下着と変わらない露出度の軽装。
何を隠そう彼女こそ、キヴァニアに居を置く傭兵団の団長、ハーレイ・スコデルフィアその人である。
「ミーティアから強い強いとは聞いてたけど、思ってたより凄いじゃん」
「ほとんどアイツの魔法のおかげですがね」
「向こうは資格持ちでしょ。ミーティアより上ってんなら、あんくらい出来てトーゼン」
そう言いながらハーレイは穂先の折れた自身の槍を拾い上げると、周囲に目を配って眉根を寄せた。
「あれま。デカいの死んだと思ったら魔物うじゃうじゃ寄って来てんね。倒れてんの回収してあげないとヤッバいじゃん」
見ると至る場所から魔物が現れ始めた。グリフィスに怯え逃げ隠れた魔物だろう。脅威が去った今、意気揚々と獲物を食らいに現れたというわけだ。
ハーレイは近くに倒れていた負傷者を肩に担ぎ上げると、動けそうな者は足で蹴って叩き起こし撤退を指示した。
「ほらアンタたち。生きたまま食われたくないでしょ。さっさと起きて動けない奴と一緒に壁の中入んな」
立ち上がるのもやっとな満身創痍の傭兵に向けてなかなかスパルタなことを言う。
が、彼女は正しい。まともに動けるのが俺と彼女、そしてグリードのみのこの状況で、戦場に散らばる全傭兵や魔術師のことを魔物の襲撃から守ることは出来ない。
「魔物は俺が片付けます。二人は負傷者の回収を」
「一人で平気?」
「グリードは魔晶使い切ってますし、ハーレイさんは獲物ソレ一本でしょう。それに今一番機動力があるのは俺です」
言い終えると、俺は返事を待たずに地面を蹴った。
屍や負傷者の上を一足で飛び越え、魔物の掃討を始めた。
八咫烏が死に統率を失った魔物は、恐れを塗り潰すほどの強い食欲という本能を剝き出しにして向かってくる。つまり近づいて来た順に正面から叩きのめせばいいだけ。実に対処のしやすいことだ。
その場で見える分全て葬ったのなら、別の方へ飛んで同じことする。
何度かそれを繰り返す内に負傷者の後退も済み、戦場にはグリフィスを含む大量の死骸と飢えた魔物、それから俺だけが残される形となる。
魔物の数はまだまだ多い。ここまでくればグリードの魔法で一掃してもらうのが速そうだが、今の俺ならグリードに頼らずとも同じ事が出来そうな気がする。
狂狼の頭を裏拳で吹き飛ばし、その場にしゃがみ込む。
文献に残された『龍樹』についての記述には、蔓のような触手があったとある。その触手が持つ本来の役割は魔力吸引だが、その触手を再現することさえできれば、それこそ槍のような使い方で攻撃に転用できる筈だ。
地面に手を当てて魔力を集中させる。
蔓と言うと頑丈さに欠ける気がしたので、似たような形状として木の根を思い浮かべる。根は地面の下を葉脈のように広がり、ものの数秒で辺り一帯を自在に起爆できる地雷原へと変えた。
向かってくる魔物は、地面から突出してくる根に貫かれ次々と葬られていく。魔物が地面を踏みしめる感覚が根を経由して伝わる為、わざわざ位置を把握する為に視線を向ける必要性すらない。
十、二十、三十と魔物が死んでゆき、残る一匹も敢え無く貫かれた。
ふーっと息を吐き、根と手を切り離し立ち上がると、魔力供給を経たれた根が一挙に朽ちて崩れていく。
樹木や植物のように見えたところで、これらはあくまで『龍樹細胞』が作り出した模造品に過ぎない。皮膚の延長線上である樹皮の破片などはともかく、これだけ肉体から逸脱した力の場合、繋がりを経つと形状を保てずに崩壊してしまうのかもしれない。
「身体固めてデカくなるしか能がなかった奴が、今になって突然派手なことするじゃねぇか」
その咎めるような声音に振り向くと、無表情のグリードと驚愕を張り付けた顔のハーレイがいた。
「今の何?」
「あぁー……魔法です」
「ゼッタイ嘘じゃん。露骨すぎ。え、ナメてんの?」
「舐めてないです。嘘でもないです」
ハーレイの威圧的な声音に思わず背筋が伸びてしまう。一瞬で上下関係が構築されてしまった。何でしょう、彼女の物言いに魂が震えたと言いますか。とにかく逆らえないと思ってしまいまして。不良って怖いね。
と、別の不良であるグリードが死屍累々の魔物らを眺めて訊いてきた。
「いつ身につけた?」
「初めてやった。今なら出来ると思って。理由は分からない」
素直に答えると、グリードはしばし沈黙した後に短く答えた。
「そうか。ならいい。その調子ならまだ時間あんだろ。さっさと行くぞ」
グリードは背を向けて歩き出した。俺とハーレイもそれに追随する。
と、隣を歩くハーレイが、少し前のグリードには聞こえないくらいの声量で問うてきた。
「あの人、いっつもあんな感じ?」
あんな感じ、に該当する言動が見当たらず問い返す。
「というと?」
「謎に当たり強いでしょ。最初はイラついてんのかとも思ったけど、なんか素っぽいし」
「聞こえてんぞ鶏ガラ女」
地獄耳を持つグリードは耳聡くも俺たちの会話を聞きつけ、振り向きすらせずに言ってくる。しかもかなり酷い暴言付きで。
だが、そこはハーレイも大人だ。無言でグリードを指差し「ほらぁ」みたいな顔をしながら肩を竦める。それからは見ていないのを良いことに変顔とやっちゃいけないジェスチャーのオンパレード。これはまごうことなき子供ですね……。
まあ二人で怪我人の後退をしていた時に何かしらあったのだろう。そればかりは知る由もない。というか知りたくもない。
崩壊した外壁の内側には当然だが多数の負傷者がいた。いくつもの呻き声が合唱のように重なって聞こえてくる。
そこへ、ようやくではあるが援軍が駆けつけてきた。ベルガの率いる近衛部隊だ。
「衛生班は怪我人の救護、他の者らは総出で外壁の補修と東門の警備に当たりなさい」
ベルガは状況を把握すると迅速に指示を出し始めた。それに従って兵士たちが動き始める。
指示を出し終えたベルガは俺の姿を認めると、大層満足そうな微笑みを浮かべて近づいてきた。
「実にお見事です、エルザさん。高位魔術師と武芸百般の助力があったとはいえ、これほどの短時間で幻獣を撃退しまうとは」
「お言葉はありがたく存じますが、今は悠長に会話をしている暇はありません。これ以上被害を出さない為に先を急がなければなりません」
そう言い残し、無礼を承知で立ち去ろうとすると、ベルガは「ああ」と引き留めるような声を出した。
「心配には及びません。街中に入り込んだ魔物の駆除は既に済んでいます」
「は?」
その声色が自信に満ち溢れていたものだから、思わず巣頓狂な声を上げてしまった。
「……いや、ですが魔物の中には八咫烏という厄介な魔物がいて、どこかに隠れて息を潜めているやも知れません」
今起きている事態を考えれば楽観的過ぎる言葉だ。八咫烏の名もあくまで例えとして出しただけで、魔物の駆除が済んだかどうかなど今はまだわからないのだから。
だが、ベルガはやはり確信的な声音でもって、言い切った。
「ですから既に済んでいます。八咫烏も対処済みです」
そのあまりにも不自然すぎる断言に、グリードが噛みつく。
「どうしてんなことが分かる? テメェが魔物の指揮をしているわけでもねぇくせによ」
グリードとしては単なる皮肉に過ぎないのだろう。
だが、ベルガの『思想』を知っている俺はその可能性を捨てられない。
ベルガは微笑みを見絶やさずグリードを向き、それから俺を横目で見た。そして口元に人差し指を添えると、静かにこう言った。
「少し場所を変えましょうか」




