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超克

 発現してから今の今まで『龍樹細胞』を使いこなしていると思ったことは一度もなかった。もともと自分の力ではない借り物である上、人の身には余りある力だ。むしろ過剰に力を振るい過ぎないよう、無意識に力を抑え込んでいたような気すらする。


 それは、この力のせいで両親を失ったからというのもあるのだろう。

 火は扱えても山を焼く大火を止めることが出来ぬように、身の丈に合わない力は周りを巻き込んで自らを破滅させる。


 ならば力を抑えていた事は、果たして正しいことだったのだろうか。

 クルトの団に入った頃の俺は、仲間の背を追う側の人間だった。日々を過ごす中でただならぬ強者らによって基礎から鍛え上げられ、結果、団の中の誰よりも強くなり、皆と肩を並べて戦えるまでに至った。


 そこにはある種の歪な信頼がある。


 確かに俺は誰よりも強くはなったが、心の中にはいつまで経っても劣等感のような物があった。いや、劣等感というほど己を卑下したものではなかったかもしれない。より正確に言い換えるなら従属意識だろうか。団の中で最年少、かつ教えを乞う立場というのは、やがて自らを自然と下に据えるという悪癖になった。


 クルトならば、あるいはグリードならば、という他力本願。

 俺が『龍樹細胞』の真価を引き出さずにいても、彼らがいれば問題など起こらないという、驕り高ぶった慢心。

 限界を超えた力など必要ないと言い聞かせる為の、醜く、卑劣で、浅ましい言い訳。


 古代竜との戦いでクルトがあれほどの怪我を負ったのは、それも一つの原因ではないのか。

 全ての力を余すことなく制御できるよう訓練していれば、防げた事態ではなかったのか。

 力を抑え込んでいた事は、本当に正しかったと言えるのか?


 分からない。考えたところで答えなど出る筈もない。

 何故なら全ては過ぎたことだからだ。当のクルトもグリードもそんなことはこれっぽっちも気にしていない。仮に気にしていたとして、俺にそれを直接ぶつけてきたことなどない。

 だからこれは、俺個人が抱えて、昇華すべき問題なのだ。


 だが、今ここで起きていることは違う。

 古代竜と並ぶ幻獣・グリフィスが戦場に現れ、人と街を蹂躙している。

 それを止められるのは、ベルガが言ったように『龍樹』の力をこの身に宿している俺だけだ。


 地面に足をつき、もう一度跳ぶ。

 空を切って進み、ややあって崩れた東の外壁が見えてきた。


 その奥に広がるのは死屍累々の戦場。

 グリードがズタボロの黒衣を翻しながらグリフィス相手に一人立ちはだかり、幻獣の侵攻を食い止めている。


 グリフィスの放った呪砲を相殺。余波でグリードが後ろへ吹き飛んだ。

 地面を転がったグリードは、すぐに膝をつき、懐から別の魔晶を取り出そうとする。

 そこへ、無慈悲な追撃を放とうとグリフィスが(くちばし)を開いた。


「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 一度着地し、俺は渾身の脚力でもってグリフィスの顔を目掛け飛んだ。

 突貫の最中、全身を樹皮で覆い、一個の巨大な樹木の弾丸となる。


 大きさはせいぜいグリフィスの頭部と同程度。

 とはいえ砲撃の質量としては十分。勢いそのままにグリフィスの頭部を直撃した。

 切り裂くような幻獣の叫び声が轟く。


「来るのが遅ぇ……!」


 グリードはふらつきながら立ち上がり、粗暴な笑みを浮かべた。


「だが、悪くねェ!」


 落下の間際、大きくよろめいたグリフィスの頭を肥大化させた右腕でさらに殴打する。巨体が傾き、左前脚が宙に浮いた。更なる追撃は叶わなかったが、後方に控える魔術師がその穴を埋める。


「いい加減、寝やがりな糞鳥!」


 グリードは崩れ落ちた外壁を操り、瓦礫の驟雨(しゅうう)を降らせ浴びせた。

 瓦礫が一つぶつかる度、どどど、と轟音が鳴る。グリフィスはバランスを崩しながらも巨体を揺らして踏ん張り、片翼をはためかせて瓦礫の雨を押し退けた。


 そして視界の捉えたのは、眼下にいる俺の姿。

 消し炭にした筈の存在に楯突かれたことがよほど気に障ったのか、グリフィスは耳を劈くほどの気勢を上げると、高揚した馬のように前足を上げた。


 頭上から迫りくる右脚。まるで樹齢千年を超える大木のようだ。

 これに押し潰されれば『龍樹細胞』をもってしても確実に死ぬだろう。

 俺は全身を木片で覆い、さらに樹皮を重ね、グリフィスの右脚に劣らぬ質量を纏って迎え撃った。


 右脚と樹木の衝突。衝撃波で舞い散る塵が一気に霧散する。

 まるで隕石を受け止めたかのような重みだ。肉が裂ける感覚が両の手足から伝わり、己の骨が軋む音が鼓膜を震わせる。踏ん張る為に奥歯を噛みしめると、鉄の臭いが鼻腔に広がった。


 とんでもない質量だ。しかし、耐え切れぬほどではない。


「ぐぅ……っ、今だ、グリード……!!」

「ハッ、潰されんなよ!」


 グリードが麻縄を振り抜き熱線を放つ。

 俺を押し潰す事に意識を割いていたグリフィスは、回避ではなく呪砲での相殺を選んだ。

 熱線が弾け、粒子状になって拡散する。

 その粒子はグリフィスの眼前を覆い尽くすと、光を反射したように瞬いた。


「そいつぁ躱すんだよ鳥頭ァ!」


 さらにもう一度、返す刀で麻縄を振るう。

 枝分かれしたいくつもの光弾がグリフィスの迎撃を掻い潜って接近し、揺蕩う粒子に触れた。

 そして引火する。


「――――――――――――――――――――!」


 粒子が連鎖して起爆し、怒涛の勢いでグリフィスの頭部を打ち付ける。

 苦悶の叫びを上げ、グリフィスはそれから逃れようと重心を後ろ脚に移動させた。


 ようやく重圧から解放される。そしてその機を逃さない。

 砕けた身体を再度樹皮で固め、腕には鋭く研がれた木の刃を備える。


 そして僅かに浮いた右脚の裏に、大地を踏み割る渾身の掌打を叩き込んだ。硬く分厚い肉を割き、噴水のように血が噴き出す。一発では足りない。もう一歩踏み込み二打目。傷口はさらに広がり、肉は抉られるように削がれ、赤く染まった羽毛が飛び散った。


 甲高い絶叫。ここにきて初めて、グリフィスが押し返される。

 後退したグリフィスは傷ついた右脚で地面を踏みしめた。その瞬間、これまで超越者であったが故に感じたことのなかった痛みに怯み、大きな隙を見せた。


 すかさず距離を詰め、グリフィスと同等以上の質量を持った戦槌を象り、それを叩きつける。


 そして遂に――幻獣が地に伏せた。


「【――霜の泉、トネリコの枝、その槍は万象貫く神速の矛】」


 即座に詠唱が始まる。

 黄金色に発光する粒子が円を描き、魔法陣となってグリードの眼前に広がった。


「【――(たが)わず、逃さず、常に一閃。戦禍に鳴り響く必勝の調(しらべ)】」


 五重の魔法陣をさらに側面から包み込む曼荼羅が如き魔法陣。

 まるで帯電しているかのように青白い閃光が迸る。


「【――(とき)の声は既に上がった。清廉なるルーンを乗せて疾く奔れ】」


 それは、かつての戦いで古代竜に致命を齎した、必滅の一撃。


「【グングニル】――ぶち抜きやがれ」


 重なり合う魔法陣に装填された金色の槍が、グリードの合図でもって放射された。

 その槍が描く軌跡は、まさに神速。

 生物の知覚速度をはるかに超えた速さで飛来し、回避も迎撃もももはや叶わぬ幻獣の顔面を射貫いた。

 肉が弾け飛び、筋肉が張り裂け、血潮が滝のように吹き溢れる。

 それは誰の目から見ても確実な致命傷だった。

 しかし、それでも。


「ちっ……くそが……っ!」


 グリフィスは生きていた。

 生物の枠を超越した原初の魔物は、紙一重で致命を避け、片目と頭部の一部を損壊させながらもなお死なずに生き残った。


「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!!」


 四肢をついて立ち上がり、両翼を羽ばたかせ、巨体を捩り、猛烈な風圧を生む悲鳴を上げながら、グリフィスは体内の魔力を一点に収束させた。

 異常な魔力の昂ぶり。俺を吹き飛ばした時とはまるで比にならない。

 俺は湧き上がった焦燥をそのままに裂帛した。


「グリード、もう一度詠え!!」

「【――霜の泉、トネリコの枝、その槍は万象貫く神速の矛】!」


 出来うる限りの最速詠唱。だが、とても間に合わない。

 刹那の逡巡。追撃するか、あるいは盾となるか。

 その迷いを断ち切ったのは、突如として響き渡った負けん気の強い溌溂とした声だった。


「ちょっと魔法陣(ソレ)借りるよ!」


 何処からか現れた随分と軽装な女の傭兵が、その手に握られた無骨な長槍をグリードが展開している魔法陣目掛けて投擲した。魔法陣を通り抜け、威力と速度が増幅されたその槍は、今まさに呪砲を放たんとするグリフィスの嘴を精確に穿つ。


 元がただの槍である為、貫くまでには至らず衝撃で仰け反らせたのみ。

 しかしそれが幸いし、軌道が逸れた呪砲は街の上空を突き抜けて遠くの雲を割った。


「おっし、うまくいった!」


 槍を投げた女は両手を払いながら声を張り上げる。それから遠くの俺を発見すると、さらに大きな声を出して言った。


「槍は飛ばすもんじゃなく手に持って使うもんだよ! そうすりゃさっきみたいに外さなくて済む!」


 それは至極当たり前のことだが、今の俺には天啓のような助言だった。

 すぐさま全身の樹皮を分離し、右腕のみを強く固める。

 そして詠唱を終える間際のグリードへ視線と声を飛ばした。


「寄越せグリード!」

「【――疾く走れ。グングニル】!」


 再び発射された神速の矛は、暴れまわるグリフィスではなく、俺の右腕を貫いた。想像を絶する痛み。手の平が丸ごと吹き飛んだように思える。実際、幾らかはそうなっている筈だ。堪えきれず表情が歪む。

 だが、知覚速度を超えた槍を受け止めるにはこの方法しかない。

 そうした理由は単純明快。

 軌道を読まれて躱されてしまうのならば、この手で直接叩き込めばいいのだ。


「――こいつで締めだっ!」


 跳躍し、眉間に穂先を突き立て、力任せに槍を押し付ける。

『龍樹細胞』の活性化によって体内を渦巻いている魔力をさらに上乗せ。そこへ底上げされた膂力と【グングニル】が有する突貫力が合わさり、肉も骨を突き破って、グリフィスの頭に風穴を開けた。


「グァアア……アアアアアア、アアアアアア……」


 脳を抉られ、顔に穴が空いても、グリフィスは途切れ途切れに嘶いている。

 まさしく超越者に相応しい生命力。もはや敬服ものだ。

 されど、それも長くは続かない。

 穿たれた断面から流れ出る血が治まり、直後、巨体が折れたように崩れ落ちる。

 巨獣が遺した断末魔の余韻が、荒れ果てた戦場に静かに響き渡った。

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