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SIDE:OTHERS その瞳が映すものは

 厳重に拘束されたメランたちを収容する護送馬車には、クルトと従者であるエウアドネ、それからクライヴ傭兵団から護衛として雇ったアマナとギドが武装した状態で乗車している。グリフィスが放った呪砲の余波は、キヴァニアから数キロ離れている彼らの地点にも伝わっていた。


 不規則な地面の揺れと、非常に細かい空気の振動。


 どちらも微弱なものだが、この刺すような独特の空気感は、普段、戦場に身を置く者にとっては馴染み深いものだ。

 真っ先に異変に気付き、眉根を寄せたのはギド。


「キヴァニアの方角かぁ? 相当だぜ、こいつは」


 アマナが幕間を指で少しだけ開けて、外を見た。


「よっぽどの奴でも現れたんすかね。まぁ団長いるし大丈夫だとは思うっすけど。にしてもタイミング悪いっすね」


 クライヴへの信頼故か、アマナはさほど危機感を抱いてはいない。


「……」


 クルトは言葉を弄することはせず、ただ眉を寄せて目を細めていた。

 単なる大型の魔物が現れたのではない。現役を引退したとはいえ心骨に染み付いた歴戦の経験が、クルトの脳裏でガンガンと警鐘を鳴らしている。


 これは、かつて戦場で感じたことのある緊張感によく似ている。

 具体的には一年前、古代竜と直接対峙した時。

 生物としての格の違いを始めて肌で感じたあの瞬間。あの感覚と同じだ。


 クルトは半ば無意識に同乗するメランに目をやった。

 メランは静かに瞑目したまま、まるで精神統一でもしているかのように粛然としている。


 彼ほどの実力者ならば、当然、この異変には気づいている筈。

 であれば無反応なのは、精神統一の成果か、あるいは異変の正体を知っているかだ。


「エンヴィー。君の仕業か?」


 クルトは静かに問う。

 その声音に疑念の余地はなく、ただ確信のみがあった。

 メランは瞑目したまま混ぜ返すように答えた。


「この一か月、我々は幽閉されていたはずだが、何故そう思う?」

「事前準備していたのなら連絡の必要はない。なにより今はタイミングが良すぎる」

「なるほど。だが、それでは『何故』の説明にはなっていない」

「言うまでもない。脱走後の追手を防ぐ為だろう」


 聞き捨てならぬクルトの言葉に、外を見ていたアマナとギドが顔をしかめて二人の方を向く。

 緊張感の走る狭い馬車の中で、メランがゆっくりと口を開いた。


「ふむ。良い読みだが、しかし不十分だな」


 メランは身じろぎ一つせず短く答えた。不十分とはどういう意味か。

 そう問いを投げようとした瞬間、馬車が大きく揺れた。


「なんだっ!?」


 動揺に満ちた御者の声が外から聞こえてくる。

 幕間を開けて見ると、荷台を牽引する馬のすぐ正面を複数の魔物の群れが取り囲んでいた。


「魔物!?」

「二人とも対処を」


 エウアドネが驚愕し、クルトは即座に指示を出す。アマナとギドが外へ出て魔物の対処に掛かった。

 そして、二人が外へ出た直後。


「来たか」

「――っ!」


 メランが呟くと、直下から凄まじい衝撃が走り、荷台が宙に浮いて破砕された。


 強烈な殴打の衝撃に続き、ふわりとした浮遊感。どうやら相当な高さまで打ち上げられたらしい。クルトは冷静さを保ったまま、共に打ち上げられた荷台の破片を腕で掻き分け、落下が始まる前にエウアドネの手首を掴んで引き寄せた。


 そのまま彼女の身体を抱え込み、己を下敷きにして地面に衝突する。衝撃でエウアドネは腕から抜けて地面を転がった。


「いっ……クルトさん……!」


 痛みに喘ぎながらも、身体を起こしたエウアドネが叫ぶ。


「僕は平気だ。それよりエンヴィーたちは!?」


 五体不満足とはいえ一年前まで傭兵だったクルトの肉体は、並の人間よりは余程頑丈だ。エウアドネよりも先に上体を起こし、すでに周囲へ目を配らせている。


 クルト達が乗っていた馬車にはメラン、アーテル、ノワールの全員が乗せられていた。凄まじい衝撃だが、死んではいまい。それほど遠くにも飛ばされてはいない筈だ。

 その予想通り、彼らの姿はすぐに見つかった。


「いた……!」


 三人は街道から外れた場所に、拘束から逃れた状態で集っている。

 メランはクルトの視線に気づくと、腕と足に付けられていた拘束具を投げて言った。


「悪いが我々はここで降りる。追ってくるのはお勧めしない」

「じゃあね、顔の良い優男さん」


 微笑みながら小さく手を振るノワール。

 アーテルは顔をしかめながら愚痴るように言う。


「こいつら殺しちゃ駄目なのぉ? 歩けない片腕の奴なんてぇ、別に素手でも殺せるでしょぉ」

「あの二人はクライヴ傭兵団の団員だ。お前とて素手で勝てる相手ではない」

「あいつらは魔物で足止めすれば良いじゃんかぁ。一か月もお預け喰らってボクもう我慢できないんだけどぉ!」


 子供のように地団太を踏むアーテルを、メランは()めつけながら(たしな)める。


「魔物の陽動は有限だ。無駄足を踏み追手に捕捉されては意味がない」

「ちょっとだけぇ! ちょっとだけだからぁ!」

「いい加減になさいアーテル。これ以上我儘を言うなら置いて行くわよ」

「……わかったよぉ」


 肩を落とすアーテルを引き連れて、メランたちが去って行こうとする。


 周囲では不自然なほどに連携の取れた魔物たちが、アマナやギドたちの足止めをするかのように暴れまわっている。上空には八咫烏(やたがらす)の姿が。たしか魔物を操れる魔物だったはずだ。そのせいで、彼らを止められる者は今この場にいない。


 エウアドネの肩を借りて何とか立ち上がるだけしたクルトは、去り行く三人の背に向けて声を張り上げた。


「エンヴィー!」


 メランは一瞬だけ立ち止まり首だけで振り返る。

 そして、どこか疎ましそうな視線だけを残してその場を立ち去った。その瞳はクルトでもなければここでもない、別の何かに向けられているようだった。

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