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最強の援軍

 やや遅れて正門前に到着すると、すでに学院にまで魔物は押し寄せていた。

 魔物の群れを野良の傭兵や魔術師が押し留め、自警団や非戦闘員である教会の職員が住民の避難を率先して行っている状況だ。


 どうやら全体の指揮系統を担っているのは傭兵団管理協会らしい。

 今も制服を着た数名の職員が集まった傭兵や魔術師に対して短く指示を出している。張り上げた声が少し離れた俺たちの元にも通り良く聞こえてきた。


「現在、街の入り口はクライヴ傭兵団とハーレイ傭兵団が共同で封鎖中です! 皆さんは街に入り込んだ魔物の対処をお願いします。鳥獣系の魔物の存在も確認されています。魔術師の方はそちらを優先してください!」


 職員の声に反応してか、四足歩行の魔物が一体、角から飛び出してきた。

 魔物は逃げる町民を無視して一直線にこちらへ。

 その光景に、何故だ、とは思ったがひとまず応戦。武器がないので素手だ。飛び掛かってきたところを避けて首元を掴み、正門の柱に抑えつけて胸元を拳打。皮膚の上から肋骨ごと魔晶を砕く。


「素手でいけるんだ……」

「おすすめはしないがな」


 若干引き気味のミーティアにそう言いながら痛む手を擦り、同じく魔物を屠ったグリードの方を向いて問う。


「手が足りないのはどこだって?」


 俺たちよりも早くここへ合流していたグリードはまず状況の確認をしたはずだ。

 その予想の通り、グリードは麻縄を回しながら答えた。


「東門だ。負傷者が多くて人手が足りねぇとよ。俺はそっちに行く。テメェも来い」

「わかった。ミーティアはアリアーレたちを頼む」

「おっけい。まかせて!」


 胸を張って快諾するミーティア。アリアーレとラグナに声を掛けて先導しようとしたが、ラグナの方はそれに従わず、俺とグリードの方へやってきた。

 当然、グリードはそれを快く思わない。


「テメェは要らねぇ」

「で、でも、ひひ人手不足なんでしょう」

「東門には魔物の群れが押し寄せてる。んな場所で必要になんのは最少の人数で得られる最大の戦力だ。対して街ン中に散ったこまけぇ魔物の殲滅は数が命。テメェがこっち来るよかそっちで動いた方が効率良いんだよ。少しは考えて動きやがれ」


 グリードの反論は強い。が、ラグナも引かない。


「ふふ、負傷者がいての人手不足なら、ひ、必要なのは戦力だけじゃないでしょう」


 そしてラグナの抗弁もまた強かった。

 十一年前の皇都と比べて指揮系統が機能している分、混乱はあっても混沌とはしていない。が、そうは言っても街にある治療院が平時と同様に機能しているわけもない。故に重症ではない負傷者は現場での手当てが必須となる。

 そうなると必要なのはラグナの言う通り、単なる戦力には限らない。

 ラグナは俺の顔を一瞥し、年季の入った杖をぎゅっと握りしめた。


「そ、そもそも議論をしている時間が無駄です。いい、行きましょう」

「だな。行くぞグリード」

「……チッ。勝手にしやがれ」


 そう吐き捨てて走り出したグリードの後を追う。

 この状況なので当然ではあるが、道中、魔物の群れに何度も遭遇した。

 ほとんどは狂狼(ハティ)殺人兎(ボーパルバニー)のようなどこでも見かけるような魔物ばかりで、対処さえ違わねばそうそう危うくなることはない。


 だが一部、そうでない魔物も見かけた。

 たとえば先程グリードが撃ち落とした巨鳥(ルフ)(人間ほどの体躯を持つ鳥の魔物)などは、皇国領内には生息していない魔物である。鳥獣系かつ大型の魔物である為、本来の生息域から長い距離を飛んできた可能性もゼロではないが、それにしたってタイミングが良すぎる。ありえていい話ではない。


 となれば、やはりこの混乱、何者かによって人為的に引き起こされたものであることは明白だ。

 では『誰』が『何の為』に。

 考えられうる可能性はいくつかあるが、『誰』に関しては真っ先に思い浮かぶのはやはり奴だろう。


「このタイミングなら、これをやったのはやっぱりメランか?」

「だろーな」

「出発前に襲撃を起こして混乱に乗じて逃げる。それをしない理由はなんだ」


 ラグナに迫った魔物を拳で沈めながらそう呟く。

 単なる自問のつもりだったが、グリードは走りながら魔物を打ち落として答えた。


「単に間に合わなかったか、『向こう』でも何かしてるかだ。まぁたぶん後者だろうな。アイツぁんな凡なミスはしねぇ」

「順調に行っていればロザリンド街道に合流したあたりだ。あの辺りは商人の往来も多い。目撃されればすぐに俺たちの耳に入る。……街からの援軍を厭ったか」

「んなこたどうでもいい。クルトがいりゃ最悪の場合でも最悪にゃならねぇ。それよかあの鳥は何だ。魔法弾きやがるぞ」


 そう言いつつも貫通力を高めた魔法で魔物を打ち落とすグリード。

 落ちてきた亡骸は『神鳥(シムルグ)』。俺はそれを見て眉間に何重もの皺を作った。


「シムルグだと……?」

「めめ、珍しい魔物なんですか?」


 足を止めて魔物の亡骸に寄り添った俺に、ラグナが怪訝そうに訊いてくる


「珍しいなんてもんじゃない。大陸では西の方の霊峰にしかいない霊鳥だ。温厚な性格で自発的に人里に下りてくることはない。ましてや人を襲うなんて……」


 シムルグは非常に知能の高い魔物であり、他種の生き物に対して慈悲深く、基本的に争いを好まない。人間の捨て子を拾って育て、羽根の加護を与えて親元へ返したという伝承もあるほどなのだ。


 そんな魔物が狂ったように暴れて人を襲っている。


 何故かと逡巡していると、聞き馴染みのない特徴的な魔物の鳴き声が遠くの方からかすかに聞こえてきた。

 同じ音を繰り返す、伸びの良いしゃがれた鳴き声。

 その鳴き声は、俺に一つの結論を齎した。


八咫烏(やたがらす)だ」

「やや、やたがらすですか?」

「ああ。鳴き声で他の魔物を操れる」


 グリードは顔をしかめて空を仰ぎながら唸る。


「ヤタガラスってぇと、名前の響きからして東洋の魔物か? 見た目は?」

「真っ黒な鳥だ。大きさはシムルグの半分くらい」

「んじゃ、そいつをやりゃあ……ってわけにもいかねぇか」


 言いながら気づいたのだろう。グリードは眉根を顰めた。


「ああ。魔物は傭兵や魔術師を優先して狙ってる。魔物が散ったまま八咫烏を処理すると余計な混乱が広がりかねない」

「クソが。七面倒なことをしやがる」


 グリードは辟易と吐き捨てた。

 近くにいた協会の職員に事を伝え、俺たちは再び東門まで急ぐ。八咫烏の情報は遠からず満遍なく伝達されるだろう。


 ほどなくして辿り着いた東門付近にはすでに多数の負傷者がおり、皆十分ではない簡素な手当てを受けていた。

 彼らの元へ真っ先に走ったのはラグナ。

 対する俺とグリードは門の外へとまっすぐ走った。


 門の外に広がる光景は、一言で言うならば『壮絶』。

 一面を埋め尽くす魔物の大群。

 見える範囲全てで傭兵や魔術師が魔物たちと交戦しており、その数は十や二十には収まらない。

 まさしく魔物の軍勢と呼ぶにふさわしい物量だった。


「んだこりゃ。数だけなら皇都ん時より多いじゃねぇか?」


 それでもグリードは声色を崩すことなく言う。

 それに俺は手持ち無沙汰な両手を閉じたり開いたりしながら返す。


「武器無しじゃ厳しいな」

「テメェなら行けんだろ。骨は拾ってやる」

「縁起でもないこと言うな」

「おやおや、お困りのようだね団長さん」


 聞き馴染みのある声。振り向くと、満身創痍のカインとユーリスがいた。背後から現れたという事はおそらく負傷者の後退を支援していたのだろう。


「カインにユーリス。ここにいたのか」

「たまたまね。それでこの様だ。それより武器がないんだって? では是非ともこれを使ってくれ。いつものとは使い勝手が随分と違うだろうけれど、ないよりマシなはずさ」


 そう言ってカインから渡されたのは、刀身の長い細剣。ちょうどカインやユーリスが普段から使っているような取り回しのしやすい武器だ。


「助かる」


 礼を言うと、カインは首を左右に振って深々と溜息を吐いた。


「ああ、大いに助かってくれよ。実はそれ、ハーレイ傭兵団との商談用に仕入れた武器の一つでね。こんなことになってしまったおかげで全ておじゃんだ。まったくもって最悪な一日だね。疲れが怒りを凌駕してさえいなければ、この魔物ども全員剝製にして好事家に売りつけているところさ! そんなんじゃ収支は償わないけれどね!」


 言い切って、肩で息をするカイン。相当ご立腹の様子だ。

 そんなカインをユーリスが強引に押し退けた。そのまま俺たちを無視してずんずんと進み、剣を抜いて魔物に斬りかかる。

 俺がいるからどうとかではなく、単に機嫌が悪い様子だ。

 押し退けられて鑪を踏んだカインは苦笑しながら言った。


「彼、試験を見に向かう途中でこっちに駆り出されてしまって見に行けなかったんだ。団長さんたちと時間をずらした影響だね」

「あぁ……」


 それは悪いことをした。と思ったが、よく考えると別に俺のせいではない。

 同じことを思ったのか、カインは苦笑しながら言った。


「未だに意固地になってる彼の自業自得だ。気に病む必要はないさ」

「病んではない。一次は通ったと後で伝えてやれ」

「それは朗報だ。さて彼ばかりに戦わせてないで、僕も戻らないと」

「あまり無理はするな」

「それは彼次第だね。でも、頼もしい援軍が二人も来たんだし、最前線は任せるよ」


 そう言ってカインはユーリスの援護へ向かった。


「さて、俺もやるか」


 受け取った剣の柄を握り締め、グリードと視線を交わす。

 十年来の仲間だ。いまさらどう動くのかと交わす言葉はない。

 顎をしゃくってくるグリードに首肯だけを返し、俺は魔物の群れの中へ一足飛びに突っ込んだ。

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