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一次試験

 一次試験の内容は五人一組で行われる『かくれんぼ』である。


 試験官一人対受験者五名という、いささか理不尽めいた構図で行われるこの試験。これが単なる実力勝負であれば、グリードを除くすべての試験官が受験者側に圧倒されて終わるだろう。


 しかし『かくれんぼ』という試験内容の特性上、この試験は単なる実力勝負にはならない。


 肝となるのは、この試験が行われる場所。

 試験会場として(あつら)えられたこの広場には、かくれんぼに必要な障害物や起伏がまったくもって存在しない。つまり通常のかくれんぼはそもそもとして成立しないのだ。


 では、どうすればかくれんぼは成立するだろうか?


 答えは明快。受験者自身が隠れる場所を己の手で作り出すのだ。

 方法の是非は一切問われず、ただ定められた時間内、試験官の目から逃れ、最後まで捕まらなければ一次試験は突破となる。


 国家資格の取得が懸かっている試験の内容にしては随分と曖昧なルールに思えるが、ミーティア曰くそれこそが肝要であるらしい。


「かくれんぼなんて言われると、正直ふざけてるように見えるな」

「気持ちはわかるよ。でも並の魔術師はここで落ちる」

「どうして?」

「んー……色々理由はあるけど、まぁ見た方が早いかな。ほら、一組目始まるよ」


 促され、窓の外を見やる。

 一組目はアリアーレを除いて残りは老年の魔術師たちで構成される五人組が選出された。ラグナは待機組となる。


 白髪の試験官が広場の中央まで進むと、受験者たちはおもむろに動き始め、それぞれ所定の位置についた。ちょうど試験官を囲むように大きな五角形を作るような陣形である。

 これだけ見るととても今からかくれんぼをするようには思えない。


 白髪の試験官は片腕を天に向け掲げると、小さく円を描くように腕を回した。

 すると彼の遥か頭上に、半透明の幻影が現れる。砂時計を象った幻影を指し、試験官は声を張り上げる。


「砂が全て落ちるまで私から逃げ切った者が一次試験の合格者となる。逃げ切れなかった者、または試験中、私に直接魔法を行使した者はたとえ不可抗力であってもその時点で失格となる。理解した者は杖を構えろ」


 その声に全員が杖を構える。

 最後に試験官が一言、宣言した。


「私は見えたものだけを狙う。――それでは、始め!」


 砂時計が反転し、試験が始まった。

 試験官が一歩足を動かすと、老年の魔術師らは即座に魔法を放った。

 狙ったのは、試験官の足元。


「やっぱりベテランさんたちは動くのが早いね~」


 ミーティアが感心するようにそう呟く。

 一人遅れたアリアーレも一拍ほど開けて同じように魔法を放った。

 土煙に覆われ、試験官の姿が掻き消える。


 その間に魔術師たちは広場全体へ素早く同じように魔法を放った。豪雨でも降り注いでいるのかという勢いで地面が荒らしに荒され、まるで濃霧ように土煙が立ち上る。


 その異様な光景を見て、俺は『かくれんぼ』の意味を悟った。


「なるほど。あれがかくれんぼか」

「そ。ああやって試験官の視界を奪って、隠れる場所を自分で作るの」


 と、立ち込めた土の霧が、突如巻き起こった突風によって拡散霧消した。


「まぁあんなのは定石中の定石だから、すぐに消されもするわけですが」

「でも、全員いなくなったな」


 広場の中央には、試験官が一人佇んでいる。

 その周囲、彼を五角形に取り囲んでいた筈の魔術師たちは、アリアーレを含めて全員姿を消してしまっていた。


「おっ。アリアーレちゃん、ちゃんと透明化できてる!」


 ミーティアは声音を高くして頬を綻ばせた。


「透明化?」

「そ。逃げるったって障害物がないんだから取れる択はだいたい二つ。ああして物理的に障害物を作るか、もしくは自分自身を物理的に見えなくするか」

「それで透明化か。わからんが、障害物を作る方がはるかに楽じゃないか?」


 完全な透明化など、とても気軽に使える魔法ではない筈だ。

 そう思い問い返すと、ミーティアも苦笑しながら返答した。


「そりゃ楽だけど、障害物なんて作ったらそこに隠れてますって言ってるようなもんじゃん。最初に試験官が言ってたでしょ。『私は見えてるものだけ狙う』って。透明化してるのは周知の事実だけど、それを維持してる間は『見えてない』から狙われないというわけ」

「なるほど。じゃあ透明化はほぼ強制の必須技能というわけだ」

「そもそも高位魔術師(ハイメイジ)を目指してるならそれくらいは出来なきゃだしね」


 楽で安直な方法を選ぶ者に『高位』の称号はふさわしくない。納得のできる理由だ。

 では、過去に試験を受けたことのあるミーティアはどうだったのだろう。そんなことがふと気になった。


「ちなみにミーティアの時はこの試験どうだったんだ?」

「私はめんどくさかったから時間いっぱい魔法降らせ続けて物理的に視界遮った」

「……バカだな」


 我知らず内に率直な感想を漏らすと、ミーティアは不服そうに脇腹を小突いてきた。ごめんね。

 あばらにまあまあの刺激を感じつつ広場の方を見ると、静かにたたずむ試験官が新たな動きを見せた。


「【――天に賜りし我が名は薄明、全に与えし其が名は闡明(せんめい)】」


 仰々しい呪文を短く唱え、試験官は地面に突き立てるようにして携える杖に魔力を集積した。


「【()(へん)(こう)】」


 杖の先の魔晶から、光の波が周囲へと波及する。

 雨打つ水面のように何度も何度も繰り返し広がる光の波は、姿を消している受験者たちの輪郭だけを朧げに映し出した。


 受験者たちは即座に地面に魔法を放ち、再度視界を遮る。

 しかし土煙は最初よりも早く散らされてしまい、そのわずかな隙に透明化を取り繕うことが出来なかった者が二人。

 内一人はアリアーレだった。


「【――あまねく照らす光。その身は惹かれ、加護を求む】」


 酷く短い詠唱の間にアリアーレは杖を振るい、地面を持ち上げた。

 持ち上げた、とは、けして比喩などではなく言葉の通りの意味である。


 五人の魔術師に幾度も魔法を撃ち込まれたことで耕されたように柔らかくなった地面は、まるで机をひっくり返したように捲れ上がり、物理的な障害となって彼我を遮った。


「【()(だん)(こう)】」


 その後、捕縛を命じられた光の鎖が伸びるも、土壁に遮られ敢え無く不発。

 アリアーレと違い真正面からの迎撃を選んだもう一人の受験者は、光鎖を捌ききれずにあえなく捕縛された。透明化を解き、露骨に肩を落とす。

 一人目の脱落者。砂はまだ五分の一程度しか落ちていない。


「【――千丈、焼き尽くす浄化の光。この道に暗澹(あんたん)はなく】」


 絶え間なく詠唱が始まる。

 アリアーレが捲り上げた土壁が降り注ぐ中、地熱を思わせる破壊的な極光が渦を巻いて放たれた。


「【(えん)(のう)(こう)】」


 試験官を中心に螺旋状に迸る炎熱が、広場を舐め尽くすように奔り抜ける。

 こうして高い場所から見ていると受験者の位置は丸わかりだ。四か所だけ不自然に火炎が遮られている空間がある。


 しかし、これほどの炎では試験官もおいそれとは動けないだろう。

 そもそも受験者の位置を探るだけならば先程の【無辺光】で十分。

 では、明らかに攻撃としての手段を選んだ理由は、つまるところ――


「この試験、かくれんぼとは名ばかりの耐久戦だな。あれは消耗狙いか」


 窓の縁で頬杖を突きながら、ミーティアはほくそ笑む。


「そ。だから時間内に力尽きなければ合格できる仕組みなんだよ」

「どうりで誰一人動かないわけだ。移動での体力消耗を避けてるんだな」


 試験の時間はおおよそ十五分。

 その間、ただでさえ高度な魔法を使用しながら動き続けるというのはあまり現実的な策ではない。


 そもそも、試験の構図からして魔術師対魔術師。近接戦の余地がない。

 となれば下手に動かず試験官の放つ魔法に都度対処する方が、より正しい策だと言えるのだろう。


 そうなると、先のアリアーレの行動は少々早計だったのではないか。

 地面を土壁として盾代わりに使うとなれば、かなりの魔力操作が必要だったはずだ。相当なスタミナを持っていかれたに違いない。


 他の受験者と比べ肉体的に優れる十代とはいえ、それはつまり、経験不足が如実に表れる年齢ということでもある。

 俺はアリアーレがいるであろう、火炎を遮る空隙の一つを見やった。


「まだ十分以上残ってる。気張れよアリアーレ」

「そうだよ~。一次で落ちちゃったら吐き損だし見られ損だよ~」


 もう忘れてあげろよ。一次通っても損は損だよ。

 しばしして火炎が止み、透明化を維持できずにまた一人捕縛された。


 残るは三人。試験官が再び【無辺光】を唱える。


 次いで異なる魔法を立て続けに使用し、受験者に絶え間なく圧を掛け続ける。

 それを受験者側が耐え凌ぎ、拮抗した状態で試験時間の半分が経過した。


 と、受験者の内一人の姿が、陽炎のようにうっすらと浮かび出した。息も絶え絶えの魔術師が【不断光】によってまたしても捕縛される。

 残り二人。アリアーレはまだ透明化を解除していない。


「残り時間は半分」

「ここが鬼門だねぇ」


 物事の折り返し地点に差し掛かった時、人は否応なく心に油断を飼う。

 それは己が今どこにいるのかという確認作業だ。

 あと半分。あるいはまだ半分。

 ここで自分を律することが出来なければ、それで終わり。

 逆に奮起することが出来れば、おのずと結果は付いてくるだろう。

 第一次試験。ここがその正念場だ。


「【無辺光】――【焔王光】」


 位置を探られ、次いで火炎による強襲。

 残る受験者はアリアーレを含めて二人。


 もう一人の受験者は試験官の一挙手一投足に対し、まるで予知でもしているかのような対応をしている。凄まじい使い手だ。探知、攻撃、捕縛、そのどれをも最小限の動きでもって防ぎ切っている。


 対して、乱雑な動きで凌いでいるのがアリアーレだ。


 随分前から瀬戸際に足を掛けている彼女は、怒涛の猛攻を若さ故の反射神経と強引な魔力操作によってなんとか持ちこたえているという状況である。ミーティアとの訓練がなければ早々に捕縛されていただろう。


 残り三分。追い込みのような怒涛の攻めがアリアーレを襲う。


「ぅう、あ……――っ!」


 苦悶が口の端から漏れ始める。

 残り二分。透明化の維持が出来ず、姿が完全に露わになった。

 ならばと土煙を巻き上げ、視界を遮る。


「【不断光】」


 残り一分を切る。迫りくる捕縛の光を寸前で弾いた。

 しかし杖を振るった勢いでバランスを崩してしまい、そこへ二の矢が迫る。


 アリアーレは寸毫の逡巡の後、放り投げるようにして杖を手放した。

 光の鎖は担い手を失った杖を捕縛する。


 それで安堵するも束の間。


 無慈悲の権化たる第三の矢が、二の矢の間隙を縫って今まさにアリアーレの腕を掴まんとする。

 光が至らんとする間際、アリアーレが咳をするように短く詠唱した。


「【(てん)(しょう)・穿つ風】!」


 あまりに短い、一秒にすら満たぬ超短時間詠唱。

 しかし、ミーティアによる地獄のような訓練を受けた彼女は、そのわずかな間に十分な量の魔力をかき集め、見事に光の鎖を弾き返した。

 そして砂時計の最後の一粒が落ちる。


「そこまでっ!」


 試験補助官の号令がかかり、一瞬置いて学生らから歓声が上がる。

 アリアーレは肩で息をしながら、試験官と透明化を解いたもう一人の受験者を交互に見やると、ついに頬を綻ばせた。


「や、やった……っ!」


 アリアーレはぐっと力強く腕を引き、堪えきれない喜びを噛みしめた。

 去年まで在学していたアリアーレのことを知る学生も多数おり、彼女の名を呼んで喜びを分かち合う声援がいくつも飛び交っている。

 一次試験にしては異様な盛り上がりに思えるが、弱冠十六歳という若さでこれほどの健闘を見せたのならば当然の反応とも言えよう。


「やったねエルザくんっ! アリアーレちゃん、一次突破だよ!」


 身体全体を押し付けるようにしてぶつかってくるミーティアに、俺も全面的に同意した。


「どうなるかと思ったが、無事通過だな」

「次はラグナちゃんだね。さてさてどうなるかなぁ~」


 期待に胸を膨らませるミーティア。ワクワクが募りすぎてちょっと危ないくらい窓から身を乗り出す始末である。


 彼女が落ちてしまわないよう気を払いつつ無事試験を終えたアリアーレを見やると、ちょうど目が合った。この距離からでもわかるほどに目を輝かせて、大振りで手を振ってくる。


 俺は手を上げて応じ、ミーティアはアリアーレと同じ動きで返す。

 お互い満足するまで腕を振り合うと、それを見計らったようにアリアーレに声を掛ける者がいた。もう一人の合格者である女老魔術師である。


「お嬢ちゃん、若いのによくやるね」

「え?」

「あそこで杖を投げたのは良い判断だったよ。凡な魔術師なら土壇場でもアレに縋っちまうもんさ」

「あ、ありがとうございます」


 アリアーレが老魔術師と会話を始めたのを見て、俺は改めてラグナの方を見た。

 ラグナを含む五人組は最後組なので、試験開始はもうしばし先となる。

 名も知らぬ受験者たちには申し訳ないが、それまでは気を抜いて見ていられるだろう。

 と。


「んお?」


 ミーティアが妙な声を出す。

 その視線の先にいるのは、学舎の方から大慌てで走って来る学院の教師だった。

 教師はたった今試験を終えたばかりの白髪の試験官の元へ寄ると、口元に手を被せて何やら耳打ちをする。

 聞き終えると、試験官は元々厳格だった表情をさらに険しくした。


「それは確かな話か?」

「はい。既に街の中でも被害が出ていると」


 その言葉に試験官は静かに首肯すると、学生らの前に躍り出て声を上げた。


「試験は一時中断。学生諸君らは教務主任の指示に従って学者の中へ戻れ」


 突然の宣言に学生らは戸惑いを隠せない。

 しかし、学生らがその真意を問う暇もなく教師による誘導が始まり、半ば強制的に学生たちは学者の中へと連れ戻されていった。

 無論、戸惑っているのは学生らだけではない。

 試験の準備を進めていた受験者側からも困惑の声が上がった。


「試験を中断するとはどういうことかね?」


 一人がそう問うと、試験官は簡潔に述べた。


「協会から街の周辺に魔物が大量に押し寄せていると報告があった。魔物は既に街中にも侵入している。我々はそちらの対処に当たらねばならない」


 それを聞いて、受験者らも表情を変えた。

 誰かが何かを言うでもなく、それぞれがおもむろに準備を始める。受験者らも試験官たちと共に魔物の制圧に当たろうという事だろう。


 俺とミーティアも静かに視線を交わし、小さく頷き合う。

 するとそこに、外から荒々しく声を掛けてくる男がいた。グリードだ。


「エルザ、赤髪! テメェらも来い!」

「言われなくとも行く!」


 言い返しながら、アリアーレに手を引かれて走るラグナの姿を捉える。

 それを横目に見送りながら、俺とミーティアも学院の入り口まで全速力で走った。

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