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『高位』の実力

 アリアーレの母校であり試験会場ともなっている魔術学院は、キヴァニアのおよそ五分の一という広大な敷地を有する世界最大級の教育機関である。大陸全土から国籍や人種を問わず学徒が集い、日々切磋琢磨しながら学びを得、一人前の魔術師となって世に輩出される。


 学校というものに通ったことのない俺にとって、このような学び舎は非日常の象徴のようなものだ。


 壁や柱、天井、壁画のような装飾。使われている素材や技術は他の建造物と大差ないだろうに、どこか異国めいた異質感がある。そう感じるのは学院自体が社会の一部でありながら、外部とは異なる独自の社会が形成されているからだろうか。


 老年の教員に案内され、左右吹き抜けとなった渡り廊下へと移動する。

 ここに来るまでに多くの生徒とすれ違ったが、そのほとんどは幼年から十代の少年少女だった。学び舎では見慣れぬ部外者の姿に絶対に近づくまいと警戒する者もいたが、流石は学びの僕と言ったところか、やはり多くは旺盛な好奇心でもって興味を示してきた。


 とはいえ、生徒が興味を示してきたのは隣にミーティアがいたからというのが大きいだろう。


 ミーティア・コメットと言えば、学院でも有名な金剛石製魔晶の臨界最速記録保持者だ。ミーティアが学院を卒業したのは十年以上前だが、キヴァニアに居を置くハーレイ傭兵団に所属しているといることもあって、彼女の顔を知る生徒は世代の入れ替わった現在でも多くいるようだった。


 教員に散らされてあらかた人が捌けた今も、遠巻きにミーティアを見に来る生徒はちらほらと見受けられる。


「ものすごい人気だな。想像以上だった」

「ここには学生しかいないから余計にねぇ。街中でもそれなりに声掛けられるんだよ、私」

「お膝元ってやつか。さすがだな」

「えっへん」


 自慢げに口角を上げ、たいへんに大きな胸をお張りになられるミーティア。それを視界の端で目撃してしまった憐れな男子生徒が首を痛めていた。お労しいね。

 とまぁ胸を張ったミーティアだったが、すぐに肩を落として言う。


「まぁあんなに人が集まったのは『今日』だからってのはあると思うけど」

「試験日だからか?」

「それもあるけどさ。ほら――」


 ミーティアはそう言いながら窓の外を見下ろした。

 渡り廊下から見下ろせるのは、起伏や障害物が一切ないただひたすらに広い荒野のような広場だ。


 その一角、廊下からも十分声が届くかという場所に、老若男女数十名の人が集まっている。

 その中にアリアーレとラグナの姿も確認できた。

 そしてそれらの集団から一線画すように距離を置き、他の数名の試験官とも慣れ合うことせず、ただ一人。

 圧倒的な存在感を放っているグリード・アヴァリティアの姿が、そこにはあった。


「あの人が試験官するってなったら、学生なら見に来るよねーって」


 外部からの観覧者と違い、学生諸君らは試験を間近で観覧することが許可されている。受験経験者のミーティア曰く、「普通なら百名も集まれば多い方」らしいが、今俺たちの目下に集まっている学生の数はそんな程度の数ではない。


 二百か三百か、もしくはそれ以上か。

 グリード・アヴァリティアという、魔術師を志す者にとってはある種『生ける伝説』である人物を前に、学生の集団全体が一個の生命体のように疼いているように見えた。そう錯覚させてしまうほどに彼らの熱意は強いのだろう。


「そろそろ始まるかな?」


 試験官の一人が動きを見せ、すべての受験者がそれに応じて姿勢を正した。

 一瞬の静寂の後、白髪の試験官が受験者に向けて声を張り上げる。


「これより実技試験を始める。名前を呼ばれたものから順に前に出ろ。五名ずつをそれぞれの試験官が監督する。まずは――」


 試験官が名前を呼ぼうとしたまさにその瞬間、受験者の中から遮るように声が上がった。

 必然、声の上がった方に一斉に視線が向けられる。

 皆の視線を一身に受けたのは若い男の魔術師。おそらく俺やミーティアと同年代だ。彼は不遜なふるまいで前へと躍り出ると、嘲るような表情と視線を試験官に向けた。


「下がれ、若造」

「まあ待てよ、白髪のおじいちゃん」


 試験官からの警告に対し若い男は飄々とした態度を取り、背後の受験者を尻目に言った。


「俺は何十年も高位に成れず燻ってる年寄りたちと同じ基準で査定なんかされたくない。もちろん、何の権威も才能もないアンタらのような人間にだって査定されたくはない」

「聞こえなかったか。下がれと言っている」


 二度目の警告。それでも男は構わず続けた。


「だが、今日はいつもと違って『権威』や『才能』の象徴みたいな男がいるじゃないか。なあ、グリード・アヴァリティアさん?」


 男はグリードの方を向き、挑発するような声音でその名を呼んだ。

 そしてつかつかと演劇めいた足取りで近づき、男は顔と顔を肉薄させる。


「史上最年少で高位魔術師(ハイメイジ)となった男。アンタを上回れば今度は俺が記録保持者(レコードホルダー)ってわけだ」

「息がクセェ。近寄んな」


 グリードは心底不愉快そうに顔をしかめる。

 それに応じたわけではなかろうが、距離を取った男は改めてグリードを指差して宣言した。


「アンタと直接やらせてくれよ。くだらない試験に時間を掛けるより、それが一番早くて確実だろう?」

「……」


 白髪の試験官は瞑目して深々と溜息を吐いていた。

 その心情を察するのは容易だ。誰の目から見たって彼は、弁えずに粋がっている若造にしか見えない。それに受験者も学生も表立って露わにしないだけで、男の身勝手な行動には困惑と怒りを覚えているはずだ。

 故に要求など足蹴にし、粛々と試験を続行するのが本来の定石。

 の筈が、あろうことかグリードはその真逆の手を打った。


「良いだろう。テメェだけ特別に相手してやる」

「ハッ、そう来なくちゃな」


 集団から離れ、開けた場所へ移動するグリードと男。

 当然、白髪の試験官はその背を制止した。


「待て、アヴァリティア。貴様いったい何のつもりだ?」

「何もクソもねぇ。世の中知らねぇガキに訓示を与えてやんだよ」


 一瞥をくれることもせずそう言い、グリードは男と距離を取って向かい合った。

 男側がすっと人差し指を立て、小気味よく指先を揺らしながら言う。


「わかりやすく実力勝負だ。一対一の決闘。障壁を抜いて有効打を三発、先に入れた方の勝ちということにしよう」


 突如として始まった一対一の決闘。

 集まった学生らの間に期待と高揚が一挙に広がる。


「え、なに急に」「決闘?」「グリード・アヴァリティアが?」「マジかよ、生で魔法見れるってことか」「嘘」「良いぞ、やれー!」「なんなのあの馬鹿な男」「知るか」「高位魔術師(ハイメイジ)の戦いを見られるなら何でもいいわ!」「だよな!」


 受験者の反応は戸惑うか呆れるかで二極化したが、学生らは今まさに始まろうという『生ける伝説』の生試合に凄まじい熱狂を見せた。

 鼓膜を(つんざ)くほどの(おびただ)しい声量に、ミーティアはやや身を引いた。


「……なんか変なことになっちゃったね?」

「何するつもりだあいつ……」


 グリードは黒衣の袖から魔晶を取り出した。

 それは麻縄に三つ、連結して括られた種類の異なる小さな魔晶。魔力伝導率の高い植物の樹液が練り込まれたグリード専用の『杖』である。

 杖と呼ぶには形状からして異なるそれを見て、男は虚を突かれたように眉根を寄せる。


「随分と質素な『杖』だな。そんな小さな魔晶三つでいいのか?」

「御託はいい。さっさと始めろ」


 グリードがそう吐き捨てると、男は身の丈ほどある杖を振りかざした。

 杖の先端には木の根が絡まるように四つの魔晶が嵌め込まれている。それぞれが手の平ほどの大きさで、もはや杖そのものを鈍器として使えそうなアンバランスさだ。


 重心に引っ張られるように旋回し、男は杖を振り抜いた。

 放たれたのは暗色の光弾。それを見てミーティアが「おぉー」と感嘆の息を漏らした。どうやら魔術師の視点から見ればあの男、大口を叩くだけのことはあるらしい。


 光弾はグリードに直撃し、魔力の残滓が光の砂のように拡散した。


 男がこんなものかと薄笑いを浮かべ、観衆にどよめきが走る。

 しかし、少しして風に攫われ晴れた光塵の中から、傷一つないグリードが姿を現した。


 男の放った魔法は、けして弱くはない一撃だった。

 だからこそ、グリードがそれを無動作かつ無傷で凌いだことに、学生らは歓喜し、男は屈辱を味わったかのように眉間に皺を寄せる。

 そんな男の表情を無感動に見つめ、グリードは言い放った。


「今度は全力で撃ってこい」


 表情一つ変えずに、ただ一言。

 言葉として明言されることもなく、たった一撃でもって明確に格下と定められた男は、飄々としていた筈の相貌に鬼を宿した。


「資格持ちだからといって舐めるなよ、グリード・アヴァリティア……っ!」


 男が杖への魔力集積を始めると、今度は俺にもわかるくらいに魔力が膨れ上がった。

 大河を流れる莫大な流水を思わせる濃密で破壊的な魔力。

 人一人にぶつけるにしてはどう考えても過剰すぎる魔力に、学生たちは悲鳴にも似た気勢を上げた。


「亜成体の飛竜を吹き飛ばせる威力だ! 受けきって見せろ――ッ!」


 空気を押し出すようにして放たれた特大の光弾が、砂塵を巻き上げて突き進む。

 風圧で無造作に伸ばされた髪がぶわっと巻き上げられた。

 黒衣が翻り、麻縄で繋がれた魔晶がはためくように揺れる。


 グリードは指に絡めた麻縄を固く握りしめた。

 狙うは前方。迫りくる特大の光弾。


 腕を振り上げて振り子のように麻縄を振り回し、腕を振り抜く。

 弾丸のように飛び出した一条の閃光が、容易く光弾を貫いた。

 閃光に貫かれ粘性を持つ液体のように弛んだ光弾は、やがて形状を保てなくなり霧散する。

 余波が起こり、嵐を思わせる烈風に誰もが目を細めた。

 そして。


「おいおい……嘘だろ」


 誰かが言った。

 それはこの光景を見ていた全ての者の代弁であった。


 たった一撃。

 亜成体の飛竜を滅する暴力的な魔力の塊を、まるで石でも投げるかのような気軽さで、グリードは打ち破ってしまった。


 目の前の光景にあらんばかりに目を見開いて、男は呆然とする。

 息を呑み、静寂が訪れ、我慢できずに漏れてしまった笑い声のような歓声が、一斉に湧き上がった。


「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 まさしく狂喜乱舞。

 学生らは秩序という言葉を忘れたように熱狂し、口々にグリードへの声援を浴びせた。

 しかし当のグリードがそれに興味を示すことはなく、ただひたすらに冷たい目で男を見て言った。


「一つ。ここにいる年寄りはテメェが逆立ちして糞尿垂れ流そうが絶対に勝てねぇ実力者だ。二つ。火力を出すだけなら誰だってできる。三つ。テメェの負けだ。今すぐ失せろ」


 そう言い残し、グリードは元居た場所へ戻ろうとする。

 放心状態から回帰した男は、その背に向けて粗暴な言葉を投げ掛けた。


「ま、待て! まだ勝負はついてないだろう! 逃げるな卑怯者が!」

「二度も言わせんな、テメェの負けだ」


 グリードは振り返ることも、歩みを止めることもしない。

 その様子を見て、ミーティアが諦観を綯い交ぜた瞳で呟いた。


「杖と両肩で有効打三発。凄いね、到達者は」


 男の方も、ほとんど同時に気づいた様子だった。

 己の杖の先端が崩れ落ちたことに目を取られて下を向いた時、自身の両肩に着弾の痕があることを認識した。


 いつの間に、などと言うのは愚問だろう。

 彼がやったことは、至極単純。

 光弾を打ち貫いたのと同時に杖と肩に三矢、別途撃っただけだ。


 さりとて、あの一瞬で、この精度。

 あまりに精密。

 あまりに鮮烈。

 力を誇示するように光弾を放った男とはまるで対照的な魔法の行使だった。


 しかし、居丈高に振る舞う男が素直に敗北を認めるわけもなく、しぶとく食って掛かった。


「こっ、こんなものが有効打であって堪るか! アンタは両肩にただ埃を付けただけだ! 砂の一粒を当てたのとなんら変わらない!」

(くど)い。とっとと失せやがれ駄犬」

「ふざけるな、こっちを向けっ!」


 男は砕けた杖から零れ落ちた魔晶を拾い上げ、それをそのままグリードへ向けた。

 その蛮行には、流石に試験官や受験者の一部が阻止しようと動いた。

 が、結果としてそうはならなかった。グリードが振り向きざまに麻縄を振るい、魔法もろともぶち抜いて男を吹き飛ばしたからだ。


「が――っ!」


 魔法を軽減する黒衣と、自前の障壁があっても相殺しきるに至らない。

 それはすなわちグリードと彼の間に、一朝一夕には埋められぬ巨大な隔たりがあるという事に他ならない。

 男は地面に倒れると、しばしして肘をついて上体を起こした。


「な……なんでこんなに……っ!」


 こんなに差がある。男はそう言いたいのだろう。

 答えは、弛まぬ研鑽。それに尽きる。

 しかしグリードはそう答えてやるほど素直な男じゃない。


「んなもん、テメェの足りねぇお頭で考えやがれ」


 グリードが黒衣を翻しながら言うと、男の蛮行に一度は静まり返った学生らが、再び火をくべられた薪のように燃え盛る。

 そんな熱狂を余所に、俺は受験者の方へ視線を寄せた。

 

 件の光景に圧倒され、アリアーレは感嘆の息を漏らしている。

 そしてラグナは、同じく圧倒されながらも発奮して唇を引き締めていた。


 やがて男は試験補助官に付き添われ、試験場を後にする。

 斯くして、すでに波乱に満ちた試験がようやく正常な形で始まったのだ。

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