十年経っても
皇子たちを牢屋に残して地上に上がった俺たちは、その足でそのまま協会へと向かった。メランは帝国で傭兵になった為、傭兵団解散とライセンスの破棄を国外から行う場合は協会が発行する公的な文書がなければ認められない。
本来はそれらを発行してから面会できればよかったのだが、ベルガ皇子の都合を考慮して順番を前後することになったのだ。
協会への道中、少し前を歩くグリードが突然に語り始めた。
「エルザ。テメェには話してなかったがな、俺のお師匠は大陸全土で魔物を根絶しようとしてたんだ」
「そうか」
無機質な返答が気に入らなかったのか、グリードは首だけで振り返って悪態をつく。
「少しゃあ興味持ちやがれ」
「そう言われてもな。お前が勝手に話し始めたんだろ」
「勘弁してあげなよエルザ。相手は話下手世界一位の男だよ?」
「んな不名誉な称号授かった覚えはねぇ。興味持てねぇならせめて黙って話だけ聞いてろ」
グリードは前を向き、滔々と話し始める。
「お師匠は歴代最年少で高位になった人だ。厳密に言やぁお師匠を基準に高位って位が作られたんだが、その辺の話はどうでもいいから省く。とにかくお師匠は俺やエンヴィーなんか到底足元にも及ばねぇ生粋の魔法使いだった」
いつも苛立っているように喋るグリードにしては、どこかやわらかな印象を受ける声色。こうしてお師匠と呼ぶことからも、相当慕っていたのであろうことが窺える。
「そんなお師匠が目指してたのが、あの馬鹿が言ってやがった『秩序』と『安寧』ってやつだ。馬鹿みてぇに増えて蔓延った魔物を減らして、人間の世界を取り戻そうとしたんだな」
「グラディオールと龍樹の戦いは、大陸全土に魔物を増やす要因ともなった。これに関しては専門分野である君の方が詳しいだろう」
クルトが入れた注釈に、俺は簡単に答える。
「龍樹がまき散らした魔力の濃度が高すぎたせいで、魔晶による魔物化のプロセスを経ることなく大型の魔物が急増した。お前の左腕を奪った奴とかな」
本来の魔物化は魔晶を取り込むことによる生物濃縮によって徐々に行われていくもの。
しかし、グラディオールとの決戦において、通常では考えられないほど高密度の魔力が広範囲に拡散された結果、大陸の各所で相当数の魔物が一挙に生まれてしまい、龍樹の脅威がなくなった後も人々は魔物の脅威に晒され続けることになったのだ。
グリードは俺の言葉に返すように話を続けた。
「お師匠は大陸中を巡って、そういう魔物を駆除して回ってた。古代竜に匹敵するようなのがゴロゴロいた時代だからな。龍樹にやられてズタボロだった当時の連中にゃあ荷が重ぇ仕事だ」
そこまで聞いて、ふと気になった。俺は足を止めてグリードに声を掛ける。
「ちょっと待て」
「んあ?」
話を止めると、グリードも足を止めて振り返った。両眉を上下に上げ下げした珍妙な顔つきだった。
「龍樹が倒されたのは一五〇年も前だ。お前のお師匠、何歳なんだよ」
「一六〇か七〇くれぇじゃねぇのか。正確な数字は知らねぇ。教えてもらったことがねぇもんでな」
「いくら何でも長生き過ぎるだろう。普通の人間だろう?」
「さっき言ったろ。俺やエンヴィーじゃ足元にも及ばねぇと」
そう言われ、俺は恐る恐る訊ねた。
「まさか、寿命を延ばす魔法とか、そういうのがあったりするのか?」
魔法については門外漢である為、俺が知らないだけでもしかするとそのような魔法があるのではないかと思ったのだ。
しかし、グリードは口を大きく縦に空けて、心底から人を馬鹿にするような声を出した。
「はぁ? んなもんあるわきゃねぇだろダボ。身体の劣化を遅らせてたんだよ」
「違いが分からん」
「食い物保存する時、冷蔵なり干すなりすりゃ腐んの遅くなって長持ちするようになんだろ。だが食い物そのものが腐るまでの時間延ばせはしねぇ。そういうこった」
グリードはぶっきらぼうながら簡潔に解説をしてくれた。わかりやすくて助かる。まぁ俺の察しが悪いだけのような気もするが。
「お師匠は、全盛期の俺ら全員で掛かったとしても万に一つも勝てやしねぇ、正真正銘のバケモンだ。そんな人が、人よりよっぽど長げぇ生涯を掛けても成し遂げられなかったことを、あの馬鹿は一人でやろうとしてんだよ。しかも手段もなんも選びやしねぇ。どこの誰が犠牲になろうが、どんだけの数犠牲になろうが、それも大義の為だと嘯いてな。反吐が出る」
グリードは最後の言葉だけは奥歯を噛んで吐き捨てた。
「どうせ交渉に乗ってきたのもその場凌ぎに過ぎねぇ。帝国に戻りゃまた何かしでかす」
「そう思うならなんであんな回りくどいことをしたんだ。釈放までして」
「俺の案じゃねぇ」
「じゃあお前かクルト」
「まぁね」
クルトは肩を竦めると、車いすを押す俺にも見えるよう羊皮紙を掲げた。
「エンヴィー・インヴィディアの信者名簿だ。これと同じのがあと十何枚かある」
「……軍隊みたいな数だな」
「だろう? 公的に手に入れた物でもこれだけの数が確認できる。潜在的な信者はもっと多いだろう。この数が動けば皇国は落ちる。今の皇国にこれら全てと戦う力はないからね」
「つまり奴の仲間が暴走しないよう、釈放して送還しようってことか?」
「有り体に言えばそうなるかな」
クルトが見せてきた名簿はまさに軍隊に近い規模だった。
そうなると、新たに疑問が湧いてくる。
「これだけの手勢がいるのに、どうしてメランは動かさないんだ。皇国を落とせるなら動かして然るべきだろう」
「皇国民としてその発言はどうなんだい? まぁ、グリードが言ったように、彼の目的は端的に言えば大陸の統一だ。別に皇国を滅ぼそうとしているわけじゃない」
「皇子を暗殺しようとしたのに?」
「皇国政府が瓦解しても土地や民衆は帝国に吸収合併されるだけだからね。犠牲を厭わないとは言っても、無駄な犠牲を払おうとも考えていないんだろう。そう考えるとかなり理性的ではある。……いや、機械的と言うべきかな?」
クルトは顎に手をやってそう呟く。
メランが必要のない殺生をしないというのは、俺もその通りだと思う。地下水路で鉢合わせた時は状況もあって全滅を狙ってきていたが、一時撤退を余儀なくされていた水路放流口での戦いでは、優勢に立ったメランが明確に殺そうとしていたのは俺だけだった。
奴に直接立ち向かったアリアーレとユーリスは、終始甚振られるのみで命を取られるような攻撃はされていない。メランにはそれが出来たはずなのに。
「とはいえエンヴィーは筋金入りの思想家だ。一度舵を切れば二度とは同じ航路に戻らないと思った方がいい」
「もう半分切ってるようなもんだがな」
「残りの半分を切らせないようにするのが僕らの仕事だ。エンヴィーの送還後も気は抜けないよ。彼らの動向は逐次追跡し、不穏な動きは全て先回りして潰すんだ」
クルトが言ったその言葉に、俺は思わず足を止める。
なにやら不穏な言い方だったので、俺は確認するように言った。
「それ、俺は含まれてないよな?」
そしてそれに返事したのはクルトではなくグリードだった。
「テメェの目の前にいんのは誰だ。クルトだぞ? あたりめぇに含まれてるに決まってんだろ。寝ぼけてんのか?」
「勝手なことを……」
思わず深い溜息が出てしまう。
妙だとは思っていたのだ。メランとの面会に同行を求められたのにもかかわらず、今日、俺がいる必要があったようには思えなかったから。
俺の嫌そうな態度に、クルトは愉快そうに笑う。
「すまないね。だが、君は事情を知っていながら見て見ぬふりをできる人間じゃないだろう」
「俺はもうソロでやってる傭兵じゃないんだぞ。団員を五人抱えてる団長だ。そんなことしてる暇はない」
「僕も出来る事なら負担はかけたくない。しかし僕が戦えなくなった今、君ほど突出した個人はそうそういないのも事実だ」
「だからって勝手に決めていいことじゃないだろう」
「事は急を要するのでね。理解してくれ」
煮え切らない問答が続く。
重要なことを口にしようとしないクルトに少しばかり苛立ちを覚えていると、俺よりも短気で苛烈な男が振り返ってずかずかと歩み寄ってきた。
「クルト。団は解散したかもしれねぇが俺らは仲間だろうが。まどろっこしい言い方してんじゃねぇ」
グリードはクルトにそう言い放ち、視線を上げて俺を見た。
「テメェも戦ったならわかんだろ。あいつとまともにやり合えんのは現状俺の知る限りテメェだけだ。俺じゃ敵わねぇ」
「そうは思わないが……」
俺は反射的にそう返したが、心からの言葉ではなかった。
直接戦った俺は誰より奴の実力を理解している。
メランは間違いなくグリードを超える世界最強の魔術師だ。
なによりグリードは謙遜なんてする性質ではない。俺の言葉に実が籠っていないことを易々と看破し、彼は鼻で笑う。
「慰めはいらねぇ。衰えの自覚くらいある。その上禁忌に手ぇ出した奴になんざ逆立ちしたって敵わねぇよ」
自嘲でも卑下でもなく、グリードは事実のみをただ淡々と語る。
「あいつは殺してでも止めなきゃならねぇが、俺一人じゃとても無理だ。テメェの力がいる。手を貸してくれ、エルザ」
回りくどい計略を嫌うグリードは、俺の目をまっすぐと見ながらそう言った。
物言いは荒く、性格にも大きな難があり、人付き合いも上手とは言い難い。
そんな誠実な人柄とはかけ離れた彼であるが、しかし、芯の通った真っ直ぐな男ではあるのだ。
それこそが、俺たちが友人同士でいられる所以でもある。
俺は小さく揺れるように頷いた。
「わかった。ただし、団の皆の負担にならない範囲で、だ」
「せいぜい荒事に駆り出すくらいだ。それで十分助かる」
グリードは肩を竦めながら言う。
すると。
「うん、うまく話がついたようだね」
俺とグリードに挟まれた状態のクルトがそう宣った。
何だこいつと思い視線を下げてクルトの後頭部を睨みつけると、そこへグリードの容赦ない拳骨が突き刺さった。濁点のまみれた短い悲鳴が上がる。あー、痛そう。
「仲間相手にじゃかあしいことすんな。素直に協力頼めねぇのか」
拳を固めたままクルトをしかりつけるグリードに、クルトは頭頂部を擦りながら返す。
「痛いなぁ。そういう君は内面によらず素直に頼むよね。恥ずかしくないのかい?」
「友人にもの頼むのに何を恥じる必要があんだ。十年経っても相っ変わらずテメェの感覚は理解できねぇな」
やれやれと言う風に首を左右に振りながら、グリードは振り返って先を歩いて行ってしまう。
その後を追って再び俺も歩き始めた。
未だに頭頂部を撫でているクルトに、ふと声を掛ける。
「メラン……エンヴィーは、グリードがあんなに取り乱すほどの相手なのか?」
「それを僕に聞くのかい?」
「お前の見解を聞いてるんだ」
「あぁ、なるほどね」
クルトは顎に手をやり、すっと目を細めた。
「まぁ、気持ちはわからないでもないかな」
「殺してでもって、本気だと思うか?」
俺が特に気になったのはその部分だった。
グリードはその性格ゆえ過激な発言も厭わずするが、あくまで相手を威嚇したり挑発する為の強い言葉として使っているだけで、本来の意味を伴って使うことはほとんどない。
しかし先ほどの発言は、数少ない例外に当たる気がするのだ。
例えとしての言葉でもなければ、もしも必要があるならという意味でもない。
あれは確かに、純然たる殺意を伴った言葉だった。
そのことにクルトも心当たりがあるのだろう。彼は複雑そうな面持ちで、先を往くグリードの背を見やった。
「そうだねぇ……本気かもしれない」
「……そうか」
「心配かい?」
「当たり前だ。あいつがあんな風になるなんて尋常じゃないだろう。お前は違うのか?」
「いや、同感さ。君ほど熱烈ではないがね」
茶化すように言うクルト。それから「ただ」と続けた。
「彼にとってお師匠は親でもあり、エンヴィーは弟でもある。どちらも血の繋がりはないけれど、共に生きてきた家族が片や死に、片やイカれた思想に染まったとなれば、その心中や察するに余りある」
最後に「それを餌に試験官の仕事を振った僕が言えた話ではないんだけれど」と言い、乾いた笑いを上げるクルト。
そこにはいつものように冗談めかしたものではない、どこか自嘲的な響きがあった。
己の歪んでいる自覚のある性格に、こいつなりに思うところがあるのだろう。
俺はそれをどうしようもないものを見る目で見つめながら、深く溜息を吐いた。




