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SIDE:OTHERS 蠢く

「では。早速ですが貴方の手先の名を教えていただきましょうか」


 エルザたちの退出を見送った後、ベルガは仕切り直しとばかりに両手を叩き合わせてそう言った。


 あどけない相貌には柔和な笑みが浮かんでいるものの、その奥には氷よりも冷たい本性が潜んでいる。それは単に爪を隠しているというわけではなく、皇家に生まれた者として、己の持てるモノすべてを武器に変えてやろうという気概の表れでもあった。


 この場で実際に相対し、一目見てそれを見抜いたメランは、目の前の子供に得も言われぬ末恐ろしさを感じた。


 メランは小さく息を吐き、皇子の問いに対して短く三つの名を上げる。


 皇国に放った三つの駒は有能な駒ではあるが、ノワールとアーテルを敵地で投獄させておくほどの逸材ではない。メランに言わせてみれば、正しく使い捨てられてこそ真に駒としての面目躍如と言えるのだ。


 名前を訊き出し、護衛の一人を家令であるクリスの元へと向かわせた後、ベルガは己とは違った意味で冷徹無比な男を見つめた。


「己が同志をこうも易く差し出すとは」

「白々しいことを言う。交渉など単なるおためごかしだろう」

「はて、何のことでしょう?」


 白々しさを重ね塗りするベルガに、メランは露骨な嫌悪感を示す。


「たかが間諜を摘発したいが為にノワールとアーテルを、ましてや私を釈放するなどあり得ん話だ。クルト・マクギネスは譲歩したなどと宣ったが、まったくもって釣り合いが取れていない」

「見える敵を逃がす代わりに、見えない敵を排除できるのなら、そうするのが良いとは思いませんか?」

「下らん詭弁だ。目的を言え」


 そう吐き捨てるメランにベルガは苦笑を返した。

 そして小さく嘆息すると、この場に残った護衛の片割れをちょいちょいと指先で招いて屈ませた。耳打ちを所望されていると思った護衛は膝を折って片耳をベルガに向ける。


「ふっ」

「ガ――ッ!」


 そしてベルガは、目線の高さが揃った護衛の首筋を強く打ち付けて気絶させてしまった。

 それはまさしく蛮行と呼ぶべき光景。

 なにより子供の膂力でいったいどうやって――そんな疑問がメランの脳裏を過る。


「……何の真似だ」


 すべての疑問を集約させたメランの問い掛け。

 意識を失って床に伏してしまった護衛に息があることを確認すると、ベルガは両手を払って満面の笑みを浮かべた。


「我が下僕(しもべ)となりなさい、エンヴィー・インヴィディア」


 ベルガのその言葉を聞き、メランはこれでもかというほど眉根を顰めた。


「なんだと?」

「聞こえませんでしたか。平伏(へいふく)しろと言っているのです」

「……気でも狂ったか?」

「まさか」


 メランの包み隠さぬ暴言にベルガは失笑し、続ける。


「我が皇国は、近い内に帝国を滅ぼします」

「笑える妄言だ」

「そう言うなら少しは表情を変えてはどうです? それに僕は冗談も妄言も吐きません。帝国は確実に滅びる。成す術もなく」


 ベルガの言葉にメランは目を細めた。


 帝国と皇国の軍事力には、一朝一夕には埋められぬ程の大いなる隔たりがある。その差を埋めて戦況の均衡を保てているのは、皇国の領地が地殻変動によって生じた褶曲(しゅうきょく)山脈に囲われた戦略的に恵まれた場所にあるからだ。


 つまるところ、現在まで皇国が存続できているのは、この戦争が皇国にとって常に防衛戦であるからなのだ。

 今の皇国には、殲滅を目的とした決戦を行えるほどの力はない。


 なのにベルガは帝国の滅亡を断言した。

 それも、二度も。


 そこには何か理由があるはずだ。

 皇国が防衛戦から決戦に移行し、大陸一の軍事国家である帝国を打ち滅ぼせると断言できるだけの、何かが。


「……いったいどうやって?」


 メランは誤魔化しも謀りもなく、真っ向からそれを問う。

 するとベルガは懐から何かを取り出した。子供の小さな手に収まるソレは、大木の小片から削り取ってきたと言わんばかりの細かな木片。

 メランはそれを見て、目を大きくした。


「エルザ・フォレスティエか……!」


 ベルガは木片を見て小さく笑った。


「『龍樹細胞』。これはその一端です。まぁ、こんな小さな欠片では石ころ一つ砕けませんが、彼の力がどれほどのものか貴方は身をもって知っているはずです」

「……確かに桁外れの力だが、あくまで個人が振るう力だ。大局に影響するほどのものではない」


 メランは記憶を辿り、そう語った。強がりに聞こえるだろうがそうではない。

 確かにあの力は凄まじかった。あの時はハルモニアという戦士がいての二対一だったが、仮に対等な状況下で一対一の戦いとなったとしてもメランは十戦十敗するだろう。

 それも、完膚なきまでに。


 しかし、戦争は常に総力戦だ。

 それがどれだけ大きな力であろうと、総力戦において一個人が戦況に及ぼせる影響など微々たるもの。エルザ・フォレスティエが一つの戦場で勝利を収めている間に、帝国は十の戦場で皇国兵を蹂躙する。その差が覆されることはない。


 しかし、ベルガは。


「いいえ。彼の力は言うなれば、盤上に剣を振り下ろす行為に等しい。龍樹の力はそれまでの駆け引きなどすべて無に帰する、不条理の権化なのです」


 手に持った小さな木片を、ベルガは愛しく見つめながら言う。


 龍樹の力は、誰もが知っている。

 実際に見たことはなくとも、この世界には彼の存在によって残された『傷跡』がある。


「納得できぬのなら、少し言い方を変えましょうか」


 ベルガは温度を感じさせない瞳でメランを見た。


「我が元に平伏(ひれふ)さぬ限り、貴方の目的が果たされる道はない」

「……」


 メランは深く息を吸い、そして吐き出した。

 メランは帝国に対して忠誠を誓っているわけではない。元々は皇国民であるメランが帝国側に与したのは、そうした方が目的達成の為に都合が良いと考えたからだ。


 帝国は大陸の中で最も巨大な国家であり、周辺諸国とは比べるべくもない強大な軍事力を誇る。先生が志した『秩序』と『安寧』を与える為に、まず大陸全土を単一の国家にしなければならないと判断したメランは、帝国の軍事力を利用してそれを成そうと考えた。


 しかし、皇国が龍樹の力を利用して帝国を打ち倒すと言うのならば、話は大きく変わってくる。


 実際の可否は別として、龍樹の力が再現された場合、如何に強大な帝国軍といえどもベルガの言う通り成す術もなく蹂躙されるだろう。戦場に出た者は、立ち向かった者も逃げる者も問わず、血も骨も残さず死に絶える筈だ。そうして力を失った帝国臣民は否応なく皇国への服従を余儀なくされ、ヴァリアント皇国は一夜にして大陸一の巨大国家へと変貌することになる。


 となれば、やはり問題になってくるのは、龍樹の力を再現出来るのか否か。


 エルザ・フォレスティエが見せた『龍樹細胞』とやらは、たしかに強力な力ではあったが、龍樹本来の力には遠く及ばぬものだ。あの力の潜在能力をどれだけ高く見積もったところで、龍樹のように大陸を横断する『死滅渓谷』のような爪痕は作れまい。


 だが、もしも『龍樹細胞』を起点に龍樹本来の力を再現することが可能であり、皇国がその方法、あるいは理論だけでも構築しているのであれば、話を聞く価値は十分にあると言える。


 メランは見極めるようにすっと目を細めた。


「そこまで言い切るという事は、皇国は龍樹の力を再現し、制御まで出来るというのだな?」

「ええ」

「ならばその方法は何だ。それを聞かせてもらおう」

「それが平伏の条件というわけですか。いいでしょう。真偽の分からぬものを信じろと言うのは酷ですから」


 ベルガはそう言うと、手のひらに木片を乗せた状態でメランに差し出して見せた。

 メランも何をする気かとそれを凝視する。


「……こうなるとモーリュの葉が邪魔ですね。怪我をしないようお気をつけて」


 ベルガの言葉にメランは眉根を寄せたが、その意味はすぐに理解できた。

 手のひらに乗っていた木片が、まるで銃弾のように射出され、鉄格子に当たって木っ端微塵に砕け散ったのだ。

 塵のように細かくなった木片が飛散し、メランは反射的に身体を引いた。


「強引にやればここでも行けますね。さすがは龍樹の力です」

「これだけの量のモーリュの葉がある空間でいったいどうやった?」


 メランの問いに、ベルガは何でもないという風に答える。


「モーリュの葉では抑えきれぬほど龍樹の力が大きいというだけです。貴方も試してみてください」


 言うと、ベルガは異なる木片を取り出して牢の中に投げ入れた。

 メランは床に転がったそれを拾い上げ、同じことを試してみた。外部から魔力を集積しようにもモーリュの葉に阻まれ敵わず、木片に蓄積した微小の魔力もどうしてか制御が効かない。

 何度試しても同じだった。これではそこらに落ちている木片と変わらない。


「……本当に奴から剥がれた木片か?」

「先に実演してみせたのにそこを疑いますか。貸してください」


 そして、メランが投げ返してきた木片で同じことをしてみせるベルガ。


「ご理解して頂けましたか。僕が龍樹の力を制御できるということを」

「理解はした。だが、何故そんなことができる?」

「血筋です」

「血筋?」


 メランが胡乱に聞き返す。ベルガは木片がなくなった己の手のひらをまじまじと見つめながら語った。


「彼の竜を征伐した英雄に与えられた力、あるいは呪いとも言えるでしょう。僕の中には彼と同じ血が流れている」

「では、貴様もエルザ・フォレスティエと同じ力が使えるのか?」

「いいえ。それ以上の力です」


 ベルガはぎゅっと拳を握り込み、改めて問うた。


「どうでしょう。下る気になりましたか?」


 ベルガの問いにメランは瞑目し、しばしして立ち上がった。それから鉄格子の近くまで歩んでベルガと視線を交わし、答えを出す。

 そして満足のいく答えを受け、ベルガはただ不遜に微笑むのだった。

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