会合
ミーティアによる屋敷内探検ツアー(簡易版)を終え、クルト一行は一階の客間に通された。途中、ソファーをどう使うかでグリードとエウアドネさんが悶着し、何故か客人のクルトが座席を決めて口論を諫めるという謎の一幕もあった。
ミーティアのツアー中にアリアーレが淹れた茶を飲みながら、俺たちはクルトから今回の訪問の理由を聞いた。ちなみにカイルは忘れ物を取りに来ていただけだったので、すでにこの場にはいない。
そしてクルトの口から語られたその驚愕の内容に、俺は耳を疑った。
「グリードが試験官?」
自分でも間抜けな声を出したと思う。
なんでも来月の高位資格取得試験の試験官をグリードが務めることになった為、その準備も兼ねて早めにキヴァニアまで来たのだという。
「公職の試験官は軒並み現場に駆り出されているらしくてね。所在が明らかで試験当日までに連絡を取れる高位魔術師がグリードしかおらず、お鉢が回ってきたというわけさ」
クルトが言うと、ソファーを占領してふんぞり返るグリードが顔をしかめながら吐き捨てた。
「別にやりたくてやるわけじゃねぇ」
「そんな嫌そうなのに、なんで受けたんだよ」
問うと、グリードは眉間に何重もの皺を作った。そして口は開くが歯は閉じたままという、ちょうど怒り狂った犬のような形相で言い放つ。
「クルトが持ってきた話だぞ。それ以外になんかあんのかよ」
「ないな……」
これには同意しかない。クルトが持ってきた案件は断れないのだ。
厳密に言えば、断ろうとしてもいつの間にか承諾させられている。
しかも話術とかではなく実際に逃げ場を奪って外堀を埋めるタイプだから、たとえ警戒していても向こうから話を振られた時点で詰んでいるという始末。思い出される傭兵団結成の前日譚。田舎育ちで右も左もわからない俺を都会育ちのクルトが強引に……ホント怖い、クルト最悪。
俺とグリードの流れるようなやり取りに、クルトが苦笑いを浮かべる。
「そんな、まるで僕が強制してるような言い方……」
あまつさえ被害者面をし始めたクルトに、グリードは侮蔑の眼差しを向けた。
「してるようなもんだろ。寝ろダボが」
「意欲を湧かせる為のたゆまぬ努力と言って欲しいところだねぇ」
クルトはアリアーレの入れた茶を啜りながら、そんな戯けたことを宣う。
そんな兄の不遜な態度を見かねた妹が厳しい視線を向けた。
「で。グリードさんがキヴァニアに来た理由はいいとして、お兄ちゃんは何で来たのよ」
「妹にまで嫌われてしまうとは。もっと頻繁に会いに来るべきだったかな?」
わざとらしく思い悩むそぶりを見せてはぐらかそうとするクルト。が、そんな姑息な手が実の妹には通用する筈もない。
「お兄ちゃんに会えたのは嬉しいよ。久しぶりだし。そうじゃなくて、私は連絡もなしに突然来たのが怪しいって言ってるの。どうせろくなことじゃないんだから、さっさと説明しちゃいなさい」
「我が妹ながら散々な言いようだねぇ」
クルトは肩を竦めると、背もたれに体重を預けて膝の上で両手を組んだ。
「エルザ。君は先日、帝国の傭兵を三名捕らえたね」
「メラン、ノワール、アーテルの三人か? 相変わらず情報が早いな」
「そうだ。僕らは訳あってそのメランという男に用事があるんだけれど、面会の前に実際に対峙した君にもいくつか聞いておきたいことがあってね。こうして話を聞きに立ち寄ったというわけさ」
「……それだけか?」
「欲を言えば面会にもついてきて欲しい。仕事があるだろうから無理にとは言わないが、どうだろう?」
他にも理由があるだろうという意図で問うたが、クルトはそういう意味としては捉えなかったようだ。もしかすると、わかっていながらはぐらかしたのかもしれない。
「……まぁ別に構わないが。面会日はいつだ?」
「予定では明日の朝だ。ベルガ・オル・ヴァリアントの付き添いの元で面会を行う」
「ベルガ皇子も?」
ぼそりと呟き、脳裏に浮かぶ皇子の顔。
名を聞いただけで反射的に冷や汗が出てくる。今着ているのが袖のある服装でよかった。全身の毛が逆立ったのがバレなくて済む。
見るに、俺の反応を不審がっている者はいない様子。
ひとまず安堵する。しかし我ながら、らしくない動揺だ。
それも無理からぬことだろう。
何故ならこの中で一人、いやこの中どころか世界でただ一人、俺はベルガ皇子が実は『皇女』であることを知っているのだから。
しかもこれは親類縁者を含む仲間に対しても絶対口外厳禁の極秘事項として言い含められている。特にクルトにだけは絶対に知られてはならない。彼が信用できないという話ではなく、俺の身の安全の問題として。
「おやエルザ。皇子がいると何か不味いのかい?」
薄ら寒い笑みを浮かべながらクルトがこちらを睨めつける。
どうやら俺が何かを抱えていることには感づいているようだ。それをあえて俺にも分かるようにわざとらしく訊いてくるあたり、僕からは訊かないから君も言うなよ、と言いたいのだろう。さすが理解が早くて助かる。
発汗と共に乾いていた口内を舌で軽く舐めて濡らし、俺は平静を装う。俺の密やかな動揺はクルト以外には悟られていまい。忌まわしい鉄面皮にいまだけ感謝だ。
「いや、別に不味くはない」
「そうかい。まぁ皇族相手だ。緊張はするだろうが我慢はしてくれ。未遂に終わったとはいえメランたち三名は皇太子暗殺の実行犯。現在はキヴァニアで最も厳重な牢に投獄されていて、そこは皇子と皇子が認めた者しか入ることが許されていない」
「よく許可を貰えたな」
「こちらには両足と左腕、それから十年の実績があるからね。特に古代竜の一件は皇国にとっても稀に見る有事だった。それらが信頼の担保には不十分だと言われては、僕も堪ったものではないよ」
義手を見せびらかしながらそう語るクルト。
彼の義手は鋼と真鍮で作られた特注品で、おそらく世界で初の筋電義手。試作品という面を兼ねておりそれなりに欠陥の多い義手でもあるが、それでもクルトは生身の腕と同等に扱えている。
クルトは掲げた義手で拳を作り、口角をかすかに上げた。
「まぁそれでも監視付きではあるけれどね」
「お国の施設で部外者が好き勝手自由にできるわきゃねぇだろ」
「はは、正論だねぇ」
呆れたように言うグリードに、クルトは乾いた笑いで返す。
「それで、いったい帝国の傭兵に何の用事があって面会なんかするんだ?」
「んー。それについては明日行きしな話すよ。今ここではちょっとね」
関係のない者には聞かせたくないという言いぶりに、同席はしつつも傍観者に徹していたミーティアが小さく手を上げた。
「私、外しましょうか? なんとなく同席しちゃってるけど……」
「いや、お気遣いなく。客人は僕らだ。それに要件も済んだことだし、そろそろお暇させていただくとしよう」
「相当急いできたんだろう。宿は取ってあるのか?」
メランたちを捕らえてから十日も経たずの来訪だ。かなりの弾丸旅行の筈。となれば事前の宿泊予約などは出来ていないのではなかろうか。
その質問に答えたのはエウアドネさんだった。
「試験日程が近いのでどこも満室でしたが、一部屋だけ取れました」
「三人で一部屋って狭くない? しかも男女で……不純だよお兄ちゃん」
怪訝そうな表情でそんなことを言うアリアーレ。肉親のそういう話は年頃の娘としてはあまり想像したくないものなのだろう。強引に俺と同室になろうとした人と同一人物とは思えませんね。いったいどの口が男女同室を非難しているんでしょうか……。
しかしアリアーレの奇行など知る由もないエウアドネさんは、しれっとした様子でこう言った。
「大丈夫ですよ。この人は野宿させますから」
この人、とは言うまでもなくグリードである。
横にしたサムズアップで雑に指を差されたグリードは、その柄の悪い人相に見合った野太く低い声を出した。
「あぁ? 土に埋めんぞ馬鹿犬女」
「土ならアナタの方がお似合いですよ」
また口喧嘩を始めてしまった両者。実のところエウアドネさんに関してはそれほど面識がないので知らなかったのだが、二人の相性がこれほどまでに悪いとは思わなかった。
いちいち諫めるのも面倒なので、二人のことは無視してクルトに問いかける。
「どうせならここに泊まって行ったらどうだ。一人一部屋用意はできるぞ」
「提案はありがたいけれど、他の団員のこともあるだろう?」
「別に来客を気にするような奴らじゃない。一人気難しい奴はいるが……」
「ユーリス・エルクレゴ君かい? 聞いたよ、アリアを巡っての三角関係らしいねぇ?」
その口ぶりは、まるで当事者から直接聞いたと言わんばかりだった。
ふと隣を見やればアリアーレが、よくもぬけぬけと言いよるわ、みたいな顔で半眼を向けていた。
「我が妹に懸想するあたり見る目はあるよね。エルザ、君もうかうかしていられないよ。僕の義弟になるつもりならもっと――」
「お前だけ野宿な」
「ははは、冗談だよ冗談。真に受けてくれるな」
軽い調子で笑うクルトだが、この場にはただ一人『この手』の冗談が通じない者がいる。そうだね。アリアーレだね。
クルトも言ってからそれに気づいたようで、表情を凍てつかせた。
「は? 冗談? なんで? どういうつもり? 茶化して楽しい? 仮にもお兄ちゃんなら妹の恋を応援しなさいよ。ただでさえ今は恋愛対象として見られてないのに……」
雪のような冷たさを感じさせる声音に、クルトは引き攣った笑みを浮かべる。今日のアリアーレはいつにも増して言動に遠慮がない。試験勉強で疲れてんのかな。空が青いなぁ……。
「……ははは、冗談だよ冗談」
視線を窓の外に向け、無理のありすぎる聞こえないふりをしていると、クルトからの助けを求めるような視線を向けられた。こっち見んな。お前の妹だろ。お前の教育が招いた性格だぞ。
俺は厳として知らん振りを決め込み、ぬるくなった茶を啜るのだった。




