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旧友

 ラグナの検査の時間にあわせて治療院を後にし、俺とミーティアは屋敷への帰路についていた。


 直前までしていた話が尾を引いていたのか、なんとなく重苦しい道中だ。グリードとは面識のないミーティアはさほど変わりない様子なので、俺が過剰に気にしているだけなのだろう。


 とはいえ旧友の、ともすれば高位魔術師(ハイメイジ)としての沽券に関わることだ。気にするなという方が無理な話である。


 すると少し前を行って俺の顔を覗き込んだミーティアが、大袈裟にむむっとした表情を作った。


「エルザくん、大丈夫? 顔色悪いようで、普通な感じで、やっぱり悪そうだけど。あ、いつも通りか」

「そこまで気に病んでるわけじゃない。いつも通りでもない」


 ごめんね、表情わかりづらくて。血色には関係ない筈なんだけどね。笑顔の練習、頑張るぞい。……ミーティアさんの反応は芳しくないですね。まだしばらくは鏡相手に練習した方が良いかもしれません。


 咳払いをして気を取り直すと、ミーティアも倣っておほんと唸った。


「気には病まないけど、そわそわはするって感じ?」

「だいたいな。直接グリードに話を聞けばそういうのもなくなるんだろうが、今皇都まで行くのもな」


 頭の中で団の運営に四苦八苦している己の姿を思い浮かべる。

 大きな仕事を一つこなしたとはいえ、俺たちはまだまだ新設の傭兵団。依頼と関係のないことに時間は割けない。


 そもそもこれは急を要する話ではないのだ。ラグナだってグリードのことを認めないとは言っていたが、別に断罪しようとしていたわけではない。

 彼女も彼女なりに、きちんと折り合いをつけている話だ。


 それにこの手のわだかまりは時間経過と共に徐々に薄れゆくもの。今気になっていると言ったって、では三日後も同じ熱量で気にしているかと問われたら、まったくそうは思わない。


 冷静になってみれば、客観的には十年以上前に終わっている話なのだ。当のニヴルヘイムの住民たちが納得して終わらせた話を、今更俺が蒸し返したところでいったい何の意味があるだろう。


 そんなことを逡巡していると、ミーティアが指を鳴らして問うてきた。


「手紙とか書いたら? ラグナちゃんの言ってた伝言とか添えて」

「『寝ろ』か『テメェにはカンケェねぇ』って返ってくるだろうな」

「んー、そっか。まぁあんまりお気になさるな。ラグナちゃんだって別にエルザくんを不快にさせようと思って話したわけじゃないんだからさ」


 ごもっとも。病室を出る前にもラグナから、突然激昂してしまって申し訳ない、という旨の謝罪があった。彼女も思惑があってあの話を始めたわけではない。俺がグリードと知り合いであると知り、反射的にああいう言葉を発してしまっただけなのだ。


「元々エルザくんは関係ないんだから気にするだけ疲れちゃうよ」


 なははと朗らかに笑いながらミーティアは言う。

 彼女の言う通りあまり気にしすぎてもよろしくない。疑念も疑惑も次にグリードと会った時にでも聞けばいいのだから。


 そうして気持ちを切り替え、歩くこと数分。

 いつだって精神的には険しい上り坂を登り切って屋敷の前まで戻って来ると、見慣れた顔が門の外から屋敷の方を窺っていた。


 声を掛けようとすると、ミーティアが悪戯を思いついた子供のように目を輝かせ、口元に指を立てて俺の腕を引いた。仕草がいちいち可愛いな……ではなくて、指示通り気配と足音を消して忍び寄る。


 背の高い大柄な男の背に向けて、ミーティアは脅かすように声を掛けた。


「わあっ!」

「ん。おお、ミーティア嬢に団長殿。勉強会とやらが終わったのであるな」


 大柄な風来坊カイル・ロードはまったく驚くことなく振り返った。そんな拍子抜けの反応にミーティアもしゅんとした様子で肩を落とす。


「反応がつまんないよカイルさん……」

「う、うむ? なんだ分からぬが申し訳ない……」

「謝らなくていいと思うぞ」


 意気消沈からすっと回復したミーティアは、小首を傾げて尋ねる。


「んで、カイルさんは何してんの。傍目に不審者だったよ」

「うむ。入り口に見慣れぬ者らがおってな。様子を窺っていたところだ」

「見慣れない者?」


 屈んだミーティアと上下に重なりながら屋敷の方を覗き込むと、扉の前に人影が三つあった。

 ミーティアは「むむむ」と声に出して訝しんでいる。


「誰だろね。一人魔術師だけど……」

「……まさか」


 なんとなく既視感のある後ろ姿に、俺は目を細めた。

 伸びっぱなしの髪を適当に結んだ黒髪の男と車いすに乗っている金髪の男。そしてその従者らしき妙齢の女性。


 三人とも、俺がよく知る人物の特徴に合致している。

 我知らずという風に漏れ出た俺の呟きに反応して、屈んだまま上を向いたミーティアが訊ねてくる。


「まさかってまさか知り合い?」

「ああ。左からグリード、クルト、エウアドネさんだ」

「え、あの人が?」


 巣頓狂な声を上げながら目を丸くするミーティア。その後ろでカイルが小さく唸った。


「ほう。ではあの御仁らが団長殿のかつての仲間なのであるな」

「エウアドネさん以外はな。あの人はクルトの今の同僚兼家政婦さんだ。皇都で協会の職員をしてる」

「へぇ。綺麗な人だね」

「だな。……しかしどうしてここにいるんだあいつら」


 当然として浮かんだ疑問だが、考えても仕方のないことなので門を開けて敷地に入る。


 すると開門の拍子にこちらの存在に気づいた三人が、ほぼ同時に振り返って俺たちを視認した。どちらからも歩み寄る形で距離を詰め、ちょうど庭の半ばあたりで邂逅する。


 一堂に会した六人の中で誰が一番に口を開くか、一瞬の逡巡。

 その絶妙な間を打ち破ったのは、いまだに十年前と同じ草臥れた黒衣を纏ったグリードだった。


 彼は俺の顔を見るなり、みるみる不機嫌そうな表情になると酒焼けした声で不調法に言った。


「こんなドデケェ場所に住んでるくせして家政婦の一人も雇ってねぇのかエルザテメェ。誰も出て来やしねぇじゃねぇか」

「酒くせぇな。もう飲んでんのか」


 グリードの言い分はまるっきり無視をして、呼気から漂う酒の匂いに顔をしかめる。

 すると彼の隣で俺を見上げるクルトが苦笑しながら言った。


「今日はまだだよ。昨日のが残ってるのさ。彼、僕とエウアドネの分まで勝手に飲んだんだ」

「この三日間、本っ当に苦痛でした……」


 車いすを押しながら疲れ切った顔をしたエウアドネさんが、心底辟易とした様子で呟いた。なんともお労しい……。

 そんな彼女とは打って変わって、少しも疲労を感じさせないのがクルトだ。


「久しぶりだねエルザ。壮健かい?」

「久しぶりってほどじゃないだろう。俺が皇都を出てからまだ一か月とちょっとしか経ってない」

「天邪鬼だね。それまでほとんど毎日会っていたんだから久しぶりでいいじゃない」


 言いながらクルトは肩を竦める。

 そうは言うが十年来、見慣れて見飽きた友達の顔だ。いまさら一か月空白が生まれたところで感慨も何もない。遠距離の恋人とかならともかく。……待てよ。ってことは、コイツもしかして俺のこと……? うわ、キッツぅ……。


「ん?」


 風評被害で脳内クルトの評判を貶めていると、視線の先で屋敷の扉がかすかに開いた。グリードは誰も出て来ないと言っていたが、なんだいるではないか。


 扉の端から恐る恐ると言った様子で顔を覗かせたのはアリアーレ。

 訝しげにこちらをまじまじと見る彼女は、俺と目が合うと見るからに表情が明るくなった。


「アリアーレいるじゃねぇか」

「あぁ?」


 グリードだけでなくクルトとエウアドネさんも背後を振り返ると、明るかったアリアーレの表情が一気に驚愕に染まる。ぽかんと口を開いて思考停止している顔だ。ちょっとリスっぽい。


 数秒間、完全に機能停止していたアリアーレは、はっと意識を取り戻すと距離の離れた俺たちにもはっきりと聞こえるほど声を張り上げた。


「……なんでいるのお兄ちゃんっ!」


 アリアーレは走りこそしないが、ずんずんと早歩きで近づいてきた。

 その間に車いすの向きを変えたクルトと、兄妹久方ぶりの再開。優男の兄は慈愛の微笑みを湛えながら妹に声を掛ける。


「やあアリア。さっきは出て来なかったけれど、もしかして寝ていたのかい?」

「さっきって……いや、あんなの来たらまともな人だと思わないし……普通に怖かったんだけど」


 アリアーレは恨みがましくクルトを睨みつける。

 実感の伴ったその言葉だけで大体の情景が想像できた。


 大方、グリードが無遠慮に扉を叩きながら恫喝するようなしゃがれた声でも上げていたのだろう。アリアーレもまさか兄とグリードが訪問してくるとは思っていないわけで、そんな中、屋敷に一人しかいない状況で出て行く勇気がなくても仕方がないというもの。


 その予想はだいたい合っていたようで、クルトがグリードを見上げて意味深な視線を送った。

 それに対してグリードは、けっ、と不貞腐れたような反応を示す。


「声で分かりやがれってんだ」

「最後に会ったのいったい何年前だと……」

「エルザのことは一目見て分かったんだろ。言い訳すんな色ボケ」

「なんですか色ボケって失礼な。人の恋路を揶揄わないでください」


 剣呑に見せかけて気安さの隠しきれない言い合い。というかどうでもいいんですけど、本人がいる前で『色ボケ』とか『恋路』とか言い合わないでもらえませんかね。照れたりするほど初心ではないが、気にせずいられるほど大らかでもないので……。


 すると、隣でにまにましながら一連のやり取りを眺めていたミーティアが代表して提案した。


「まあまあ喧嘩はそのあたりにして。こんなとこで話すのもなんだし、とりあえず中入りません?」


 それを聞いて真っ先に動き始めたのはグリードだ。さっさと歩いて行って一人で屋敷の中に入ってしまう。


 奴の身勝手な振る舞いに少しばかり呆気にとられたミーティアだったが、すぐに気を取り直してクルトとエウアドネさんの案内をしてくれた。


「なんか一人勝手に行っちゃったけど……クルトさんとエウアドネさんは私が案内しますね」

「私、名乗りましたっけ……?」


 名前を呼ばれてきょとんとするエウアドネさん。が、すぐに俺と目が合って頭上に感嘆符を浮かべた。

 それとほぼ同時にクルトからも言及が入った。


「エルザから聞いているんだろう。自己紹介も疎かなままで申し訳ない。僕はクルト・マクギネス。こちらはエウアドネ・ストリュモンだ。以後お見知りおきを、ミーティア・コメットさん」

「私も名乗ってない……という事は、アリアーレちゃんから聞いてる感じですね?」

「そんなところだね。そしてそちらはカイル・ロードさんだ」

「うむ」


 二人の名前を当て、薄く笑うクルト。アリアーレは声にこそ出していないが、そんなことを教えた覚えはないと言いたげな表情だ。


 幸いなのはミーティアたちがそれに気づかなかったことだろうか。クルトとエウアドネさんを扇動しながら歩き始める。


「お兄ちゃん、また人のこと勝手に調べて……」


 ミーティアたちの少し後ろを歩きながら、アリアーレが呆れ返った様子で呟いた。


「エウアドネ殿の同僚という事は、アリアーレ嬢の兄君も今は協会の職員なのであろう。名前程度はすぐに照会できるのではないか?」


 カイルからの真っ当な指摘にアリアーレは眉根を顰める。


「そういう次元の話じゃないんです、お兄ちゃんのは」


 辟易とした様子で肩を落とすアリアーレ。気持ちがわかる俺は労わりの気持ちを込めてぽんと肩を軽く叩いた。


「気持ちは痛いほどわかる。妹の身ならさぞやだろうな」

「はい……いえまぁ、嫌なことばっかではないんですよ。でもお兄ちゃんにエルザさんが好きなんて一回も言ったことないのに、ある日突然エルザさんの話ばっかりし始めた時は意味わかんなくて怖かったです」


 もちろん嬉しくはあったんですけど、と最後に付け足すアリアーレ。俺は君の言動の方が意味わかんなくて怖いです。本人を前にしてする話か、それ。


「っていうか、お兄ちゃんいつもは用事があっても手紙で済ませてるのに。……絶対厄介事も持ってきてるじゃん」


 まったく気乗りのしない様子で放たれた悪態の言葉。

 そんなアリアーレの予想は、見事的中することになる。

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