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高位たる者

「ああ、あの人はっ、ひ、人の命を軽んじる人です……! あ、あんな人が高位の資格を持っているだなんて許されません……っ!」


 ラグナの言葉を理解するのに、しばし時間を要した。

 その理由は至極単純で、グリードに対するラグナの評価と、この十年来で俺の中に根付いてきた彼への印象に大きな齟齬があるからだ。


 グリード・アヴァリティアという人間は、確かに十人中十人が最低な男だと評するような性格の男ではある。


 しかし奴の粗暴な物言いと横柄な振る舞いは、弱い者から死んでいく劣悪な環境を生き抜く為に会得した言わば外殻。それが長年掛けて心骨に馴染んでしまったというだけで、けして根から腐っているわけではない。


 表面的には難のある性格なので勘違いされることはままあるも、利己的な考えで他者を貶めることや、大義と称して弱き者から搾取するようなことは絶対にしない男だ。


 そうでなければ『高位』という食い逸れることのない引く手数多の資格を有していながら、身を粉にして世の為人の為に尽くす『傭兵』という職に自ら進んで就くはずがない。


 露悪的だが利他的。それがグリード・アヴァリティアという男だ。

 だから、やはり勘違いか、やむを得ない不理解があるように思う。


 ラグナがどうしてそう思ったのか、まずはそれを知りたい。


「どうしてそう思う……のか訊いてもいいか?」


 これではまるで詰問するような言い方だと喋っている途中で自覚し、そういう意図はないと言葉を付け足す。旧友へのあらぬ疑いに俺もそれなりに動揺しているのかもしれない。

 が、ラグナの放った言葉は、それ以上に衝撃的なものだった。


「ああ、あの人は、あ、あたしの村の人達を殺したんです!」


 穏やかではないことを言い、ラグナは膝の上で拳をぐっと握る。


 握り込んだ手を震わせるラグナを見て、ミーティアが困惑したような顔で俺を見た。俺だって困惑している。なにしろ仲間へ向けられた度の越えた中傷とも取れる言葉だ。反論・異論含めて言いたいことがないわけではない。


 しかしラグナの表情や仕草を見ると、何の根拠もなく嘯いているようには見えなかった。故に、俺は続けて問うた。


「殺したってどういうことだ。具体的に話してくれ」


 今度こそ詰問のような言い方になる。ラグナは一旦深呼吸をして、それから話し出した。


「ああ、あたしが生まれたのはニヴルヘイムといって、き、北の方にある雪の多い村です。そそ、そこでは――」


 聞けば、ラグナが生まれ育った村はヴァリアント皇国を出た大陸の最北端にある『ニヴルヘイム』という村らしい。


 一年の半分は雪が積もっているというまさに雪国らしい特色を持つニヴルヘイム最大の特徴は、他の地域と比べて魔物の被害が極端に少ないという事。


 無論、寒冷地というだけで魔物の被害が少なくなるわけではない。


 魔物も種によっては他の生物の例に漏れず冬眠を必要とする為、秋前になると冬越えに必要な栄養をとにかく蓄え始めるのだ。例えば熊であれば、果実、根菜、木の実、川魚など。竜のように大型の魔物であれば必要な栄養も多くなるので、他の動物や魔物なんかも見境なく食らう。


 すると毎年秋頃には中型以下の魔物は適度に間引きされた状態となる。

 この時点で、冬季の魔物の脅威はこと『数』という点では他の地域より安全。


 しかし『危険度』となるとそうもいかない。

 春が到来すれば大型の魔物――つまり竜が目覚める。


 補足だが、恒温動物は生息地域の気候によって体積が異なるという法則がある。

 具体的には暑ければ小さくなり、寒ければ大きくなる。これは当然魔物にも適用され、寒冷地であるニヴルヘイム周辺に生息する魔物は、大陸の中でも魔物一体当たりの危険度が非常に高いとされているのだ。ちなみに竜は広義には変温動物の部類なのでこれには当てはまらない。


 さて、話を戻そう。

 獲物が減った状態で雪解けを迎えれば、当然飢えた竜が野に解き放たれることになる。

 そうなれば当然、垂涎に濡れる龍の牙は人間へと向けられるわけだ。


 そうならない為の対策として、ニヴルヘイムでは毎年冬眠の時期になると巣籠りしている竜の元へ傭兵団を遠征に向かわせているらしい。理屈は単純だ。目覚めた直後の竜が脅威であるというのなら、冬眠中の無防備なところを襲撃して倒してしまえばいい。

 それでも犠牲はつきものだが、冬眠明けの竜と比べればよほどマシなのだ。


 故に、竜の巣への遠征は毎年のこと。

 冬眠中とはいえ竜を相手取る為、負傷者が出ることも毎年のこと。


 唯一違ったのは、その年の冬は外部からの来訪者がいたことだ。

 それこそが他でもない、グリード・アヴァリティアである。


 ラグナが言うには、彼に殺されたのは遠征から帰還して療養中の傭兵らだったらしい。


 当時、大陸中を旅していたグリードはニヴルヘイムに着くなり遠征の話を聞くと、患者の容体を見せろと診療所に押し入り、そこにいた傭兵六名を全員手に掛けたのだという。


 まさかの発言に俺はラグナの言葉を知らず内に復唱していた。


「グリードが患者を殺した?」

「そそ、そうです。あ、あの人は、け、け、怪我をして弱ってる六人を全員殺したんです」


 ラグナは何度か小さく首肯しながらそう言った。

 にわかには信じがたい発言に、俺は胸の内に抱く疑いをそのまま発露する。


「すまない。君を疑うわけじゃないがそれは本当のことか? グリードとは旧知の仲だ。間違ってもそういうことをするような男じゃない」

「でっで、でも実際殺したんです! こここ、こんな嘘を吐く意味があると思いますか?」


 真に迫るラグナは悲鳴にも似た声を上げた。

 彼女の言葉には感情が乗っている分、人を誑かそうという意図が感じられない。それはつまり、今し方ラグナが語ったことは彼女にとっては全て真実であるという事だ。


「何か、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない」


 さすがに苦しいかとも思うが、今はそう言うしかない。

 そしてラグナ側から返ってくる反応も、当然同意などではなく。


「か、関係ないです。ああ、あの人は人を殺したんですから」


 にべもなくそう言い放つラグナ。取り付く島もない。


 ラグナが抱く(てき)(がい)(しん)は、言ってしまえば『人を殺す』という行為そのものに対する忌避感だ。誰もが当たり前に持つ極めて一般的な感性だが、おそらく彼女のそれは人一倍強いのだろう。


 たとえば、重罪人に対する処刑。これも人を殺す行為に他ならないが、十一年前に皇都に魔物を放った和平派の首魁ガリアド・ルブルクの処刑に際しては、声高に異論を唱えた者は和平派の連中以外にはいなかった。


 さらには軍人や傭兵。俺もその一人だが、これらの職業は魔物のみならず人と戦うこともある上、場合によってはその命を奪うこともある。これに関しては正当性が認められれば、非難されるどころかむしろ賞賛されることも珍しくない。


 無論、殺された六名に殺されるだけの理由があったと言いたいわけではない。


 俺が言いたいのは『殺人』という行為に対する忌避感というのは、それに見合うと思える『代償』さえあればかなり薄れるということだ。


 しかしラグナにとって、人の命を奪う行為に値する代償は一切存在しない。

 人一倍というのは、要するにそういう意味だ。


 そして存在しないからこそ、六人もの人を殺めておいて自分は不相応な権威を笠に着ている――少なくともラグナにとってはそう見えるグリードのことが許せないのだろう。


 そんな彼女へ、俺はどう声を掛ければいいのだろうか。


 こちらの我儘で話をしてもらったのだから、何かは言うべきだ。

 ただ、情けのないことに何も思い浮かばない。グリードを庇いたいという気持ちが邪魔をしているというのもある。誤解を恐れず言えば、ラグナに対する疑念や懐疑もあるだろう。


 俺が人知れず言葉を失っていると、おもむろにミーティアがラグナの隣に腰を下ろした。彼女が一瞬だけこちらを見、目が合う。

 どうやら、私にまかせて、と言っているようだ。

 ミーティアは膝の上で握られているラグナの拳にそっと手を重ねた。


「たぶんなんだけどさ、ラグナちゃんも心のどこかで納得してる部分はあるんじゃない?」

「どど、どうしてそう思うんですか?」


 ミーティアは小首を傾げながら唸ると、ラグナの目を見ながら言った。


「んー、なんとなく」

「な、な、なんとなく?」

「ほら。ラグナちゃん、最初っから『殺した』とは言わずにまず『命を軽んじる人』って言い方したでしょ。グリード・アヴァリティアって名前を聞いて咄嗟に出た言葉だったから、もしかしてそっちが本音なのかなーって」


 ミーティアは軽妙な調子を崩さずに重ねて尋ねた。


「あとはエルザくんに『事情があったのかも』って言われて、それに『関係ない』って返したことかな。それってつまり事情自体はあったってことじゃん?」


 ラグナは言葉に詰まると下唇を軽く噛んだ。そして顔をしかめると、酷く苦々しい表情になる。まさに図星をつかれたという表情に、ミーティアはあえて素知らぬふりをした。


「全然見当違いなこと言ってたらごめんなんだけど」

「い、いえ……ああ、謝らないでください」


 ラグナはそう言うと、俯いて目を伏せた。


「……け、け、怪我の具合が酷かったんです。な、何日経っても一向に回復する気配がなくて」

「うん」

「こ、このまま苦しみが続くくらいなら、おお、終わらせてくれた方がいいなんて言い出して」

「うん」

「そそ、それで……み、みんなが言うならそれが正しいのかもしれないって」

「うん」

「でっで、でも、い、命を奪うことを仕方がないとか、た、正しいことだなんて思えるわけないじゃないですか」


 ラグナは最後に、溜まったものを全部吐き出すように言った。


「はは、高位魔術師(ハイメイジ)は、へ、平気で人の死を選べてしまえる人がなっていいものじゃない。た、助けを求めている人の力になれる人だけが、そそ、そう呼ばれるべきなんです」


 そうして一度唾を飲み、それからふーっと息を吐き出すと、ラグナはこちらを向いた。


「でで、ですからあの人とお知り合いなのであれば、い、言っておいてください。あ、あ、貴方のような人が高位魔術師(ハイメイジ)だなんて絶対に認めませんと!」


 まっすぐな強い眼差しでそう宣言するラグナ。

 その迫力に押されたというわけではないが、俺は小さく首肯だけを返した。

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