魔術師、とても張り切る
治療院の一室で少女は眠りについている。
軽い打撲と裂傷の他、頭を打ったことによる軽い意識障害に陥っていた少女は、運び込まれた治療院で適切な処置を受け、深い眠りについた。医者が言うには数日の経過観察は必要とのことだが、とりあえず命に別条のある事態ではないとのこと。それを聞いて俺はほっと胸を撫でおろした。
その後、救護院を出て街の正門へ向かうとミーティアが戻ってきているところに遭遇した。
その隣には若輩くんことアマナ・ガブオットーの姿もある。
俺が街に戻ってきた時、遠征帰りの彼とばったり出会ったのだ。
声を掛けてきた彼に事情を話すと「こないだの借り返すのまだっすよね」と快く応援を引き受けてくれた。未だに俺の中での印象は『距離感終わってる若造』だが、それ以外は普通に良い奴。しかも出会ったその日に距離詰められてるからもはや欠点ですらない。急な応援要請にも二つ返事で来てくれたし、アマナほんと良い奴だなぁ。
俺に気づいたミーティアとアマナが、片や腕を大きく振り、片や腕を大きく上げ、快活な笑顔を見せた。
「お疲れー! 戻ったよ!」
「おっす。御者もミーティアさんも無事っすよ。荷物はだいぶダメになってたけど」
アマナが背後の馬車を親指で指しながら言う。
横転の仕方からして車軸が破損したかと思っていたが、どうやら無事だったようだ。馬の亡骸は魔物が寄ってこないようヒヒ共々ミーティアが灰になるまで焼き払ったそう。後始末もばっちりだ。
「急な仕事頼んで悪いな。団長の方には俺から言っておく」
「いやいや、いっすよ気にしなくて。借り返すって話だったんすから」
「そーそー。アマナ君、私たちの捜索勝手に頼んだんでしょ? エルザくんから聞いた時はほんとびっくりしたんだから」
ミーティアが言うと、アマナは少しだけばつが悪そうに頬を掻いた。
「あん時は『ラッキー!』って思っちゃったんすよねぇ。人手増えたーっつって。あの後団長にめちゃっくそ絞られましたっすわ。人命掛かってんすからもう少し優しくしてくれてもいいと思うんすけど」
「団長に話を通してなかったってとこが問題なんだよ。まぁそれを分かってて首突っ込んだ俺も悪いが」
「下手したら二重遭難だからねぇ。遭難した身で言うのもあれなんだけど」
「っすねー。不肖アマナ、今更ながら深々反省っすわ」
冗談めかして言うアマナは、反省などしていないであろう間でついでに問うてきた。
「んで、頭打ったって女の子は大丈夫だったんすか?」
「無事だ。二、三日療養は必要らしいがな」
「荷物見た感じたぶん学生さんっすよその子。魔法の指南書とか学術書ばっかでしたわ。来月の試験でも受けに来たんすかね?」
「この時期ならそうかもな。まだ一か月あるし、怪我のせいで受けられないってことはないだろう」
言うと、アマナは安堵したような様子でこくこくと頷いた。
「すねー。てか、マジで馬車壊れてなくて良かったすわ。最近は本も馬鹿にならんくらい高くなってんで、あんな場所に放置してたら野盗に持ってかれちまう。買い戻しなんてまず無理だし」
アマナの言葉に腕を組んだミーティアが項垂れながら同意する。
「そうなんだよねぇ。私も新しい専門書買おうと思ったら、昔と比べて二倍近くなっててびっくりしたもん」
「そんなにか?」
元値の二倍とは中々な値上げ幅だ。渋い顔をするミーティアがぶつぶつと愚痴る。
「私も店主さんに聞いただけなんだけどね、年々需要は増える一方なのに供給は増えないんだって。ほら、ここ何年かは大型の魔物の目撃情報多かったじゃん? 森が焼けたりで紙を作る為の材料が足らないんだって。そのせいで魔法の筆写本とかはもう羊皮紙使ってる本と変わんないくらい高いの。やばくない?」
「羊皮紙って、さすがにそれは言い過ぎだろ。正確な値段を知らなくてもわかるぞ」
羊皮紙は製造に手間が掛かる為、通常の紙より高価になってしまう代物だ。現在の用途は主に親書や聖典、それと一部の画家が画材として使う程度なので、昔よりも値段は高騰している。
そんなミーティアのどうでもいい嘘を看破すると、ノリが悪いぞぉーと肘で小突かれた。
「気持ち的な話だってば。いざ勉強って思ってお店行ったら目的の半分も買えなかったんだよ。ちょっとはお財布のこと労わってよ~」
およおよとしな垂れてくるミーティア。お財布をどう労われとな。撫でればいいのか。お金を入れればいいのか。どっちも嫌なのでとりあえず肩をぽんぽんと叩いて慰めると、ミーティアはにまっと笑ってこちらを見た。
「まぁ魔物の生態についてはエルザくんが教えてくれることになったからその手の参考書は買わずに済むわけですが」
「俺は教本代わりか?」
「言い方~。先生だよ、先生。エルザくんから私に、そして私からアリアーレちゃんに。師から弟子へと知識は脈々と受け継がれていくの」
「ミーティア省いても成立しそうだな、その師弟関係」
「……そーんな寂しいこと言う子はこうだっ」
ミーティアの両手が俺の頬を摘まみ上げ、みょんみょんと引っ張られたり伸ばされたりする。じゃれつき方がありえないほど子供。しかし身体は大人なので凄く照れる。近い。柔らかい。良い匂いする。こいつホントに年上か? それにしても可愛いな……。
というか、今は人前なのでそういうじゃれ合いも控えて欲しいところ。当のアマナはさして気にした様子もなくぼけぇっと俺たちを眺めているが、知り合いに見られるには存外恥ずかしい光景だ。
そんなことを思いながらアマナを見ると、ふと目が合う。
しばし熟考の末、アマナは蟹みたいに指をチョキチョキとしながら宣った。
「……付き合ってんすか?」
「ないよー!」
言いながらも、ミーティアはじゃれつきを止めない。
「それ止めねぇで言われてもあんま説得力ねぇっすわ」
「これはね、不愛想なエルザくんの表情筋を解きほぐしているのですよ。なので付き合ってません!」
「いやまぁ別にどっちでもいいんすけど」
アマナは突然興味を失ったようにすると――というか最初から興味など無かっただろうが、手の甲で荷台を叩きながら言った。
「じゃあ俺はコレ協会まで届けるんで、あとの対応諸々は任せてちゃっていいっすかね?」
「おお、悪いな。あとはこっちでやっとく」
「おつかれー!」
二人でアマナを見送り、しばし無言。
肩をちょんちょん突つかれたのでミーティアを見ると、眉を寄せて首を傾げていた。
「んで、どうする? 勉強会中断されちゃったけど」
「治療院には身元伝えてあるし、続けたいなら続けても良いぞ」
「んー……まー、エルザくんも戦って疲れただろうから、今日は切り上げましょっか!」
そう言いながらミーティアは背中を叩いてくる。たぶん貴方が疲れただけですよね。別にいいけど。
実際、ミーティアとアマナで横転した馬車を直した上ここまで引っ張って来ているので、相当疲れている筈だ。
それに俺も死骸処理にヒヒとの戦闘、少女を街まで走って運ぶなど、まったく疲れてないわけではない。
「朝からぶっ続けだしな。あの子、目ぇ覚ましてるかもしれないし俺は治療院に戻るけど、ミーティアはどうする?」
「私も行く! 心配だしね!」
「じゃあ勉強会はまた今度な。……アリアーレにも頼まれてるし」
気持ちボリューム抑え目の声でそう呟くと、ミーティアは驚愕を顔全体に張り付けた。
「えぇっ!? なにそれ聞いてない!」
「俺から言うのもなんだけど、聞かなくてもわかるだろ」
「た、たしかに……魔物生物学の勉強でアリアーレちゃんがエルザくんを頼らないわけがない……」
あわわ、と口元に手をやって慄くミーティア。だから言ったじゃない、あなた抜きでも成立する師弟関係だって。
そもそもアリアーレがミーティアを頼った経緯からして試験勉強の為だ。座学の試験範囲に魔物生物学が含まれている以上、アリアーレが俺を頼るのは当然の帰結。好きな人に勉強教えてもらえる絶好のチャンスなのだ。……好きな人とか、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
慌てふためくミーティア。どうやら自分が置かれている立場を改めて認識したらしい。このままでは後輩に置いて行かれる、と表情から焦りが如実に伝わってくる。
その結果、ミーティアは半ば投げやりな感じで宣誓した。
「わたくし、不肖ミーティア・コメット! 魔術師の先輩として後輩に後れを取られるわけにはいきません! ので、十年ぶりに勉学に励むショゾンです! 応援よろしくお願いします!」
「おう。がんばれー」
「その為にはあの子が持ってた本使いたい! めっちゃ良い本ばっかあったんだよね。早く治療院行こ!」
「いきなり他人任せかよ。試験受けに来てる子が貸してくれるか?」
「心配無用! 助けたお礼を盾にして借りるから!」
「信じられないほど厚かましいな……」
鼻息を荒くして張り切るミーティアを、俺は冷めた目で見ながら呆れ半分に呟く。良い笑顔です。
まぁ確かに、あの子にとっての俺たちは命を救った恩人と言っても過言ではない。何も丸ごと寄越せというわけではないし、勉強の為に本を一時的に貸してもらうくらいは認めてもらえるだろう。
おーっ、と腕を天に掲げて張り切るミーティアの後ろをついてゆき、俺たちは未だ名前も知らぬ少女の待つ治療院へと向かった。




