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勉強会への闖入者

 魔術師にとって最も必要な素養と何か。


 それを端的に表すならば、こうなるだろう。

 すなわち、『魔法』への深い造詣である。


 ほとんどの魔法は、非常に複雑な術式から成り立っている。様々な性質を併せ持つ魔力を、記号や紋様、あるいは言語に置き換えることで、魔術師は超常的な現象を引き起こすことが出来るのだ。


 術式とは、端的に言えば魔力の通り道だ。

 形成された術式に魔力が通うことで魔法に性質が付与され、結果、火炎や突風を引き起こす。


 では、術式を機能させる『魔力』とは何か。


 魔力は自然界の至る所に存在する、多様な性質を持つエネルギーの俗称だ。

 地底の鉱物に作用すれば、その性質を変容させて魔晶へと変える。魔晶を介して野生動物が魔力を取り込めば、やがて面影を無くすほど風貌を変化させて魔物と化す。そして人間が過剰な魔力に侵されれば、さながら病魔が如く肉体を蝕む。


 このように魔力とは、多様で、便利で、尚且つ危険な代物だ。


 故に魔術師たる者、それら全ての事柄に対して深く正しい知見と優れた技量を兼ね備えねばならない。


 その点で言えば、アリアーレ・マクギネスは非常に優秀な魔術師だと言えるだろう。教職さえ言葉を失う膨大な知識量に、たゆまぬ研鑽によって培われた繊細な技術。傭兵としての実戦経験こそ不足しているものの、学院で十年掛けて積み上げてきたモノは彼女の中にしっかりと根差している。


 では、同様に十年間傭兵として戦い続けている赤髪の魔術師ミーティア・コメットはどうであろうか。


 キヴァニアの魔術学院を在籍期間としては最短である九年で卒業し、即ハーレイ傭兵団に所属した彼女。卒業に十年掛かったアリアーレと比べれば、当時基準でも一年分優れているように思える。


 ここで思えると言ったのは、実際にはそうではないからだ。

 歴代卒業生を含めた上で『稀代の火力馬鹿』と評された彼女は、魔術師としての知識不足を軽々と帳消しにするほど凄まじい技術の持ち主である。


 中でも、魔力操作は皇国でも随一の才を誇る。


 それがどれほどの技量かと問われれば、わかりやすい逸話が残っている。同学院卒業生のアリアーレ曰く、並の魔術師が十分から十五分掛けて臨界させる金剛石の魔晶をわずか一分足らずで臨界に至らせたのが、ミーティア・コメットその人なのだそうだ。


 当のアリアーレも、その逸話の正体がミーティアだと知った時は驚きすぎて言葉を失ったらしい。さもありなん。魔術師ですらない俺でさえそれを聞いた時は目を剥いた。なんなら剥きすぎて涙が出てきた。そうです、ドライアイに悩んでいます。


 そんなどうでもいいことは置いておいて、とにかくミーティア・コメットは『大砲』として非常に優れた魔術師であると同時に、『魔術師』として大きな欠点を抱えている人材でもあるという事だ。


 しばらく瞬きをしなかったせいで目の渇きを覚えた俺は、両目をぎゅっと瞑って一時凌ぎをした。その様を互いの頬が触れるほど近くから見ていたミーティアが、こしょこしょと小声で呟く。


「蒸しタオルとか当てるのおすすめだよ。じゅわぁって感じになるの」

「それ目元焼けてないか?」

「ちがうちがう。肉汁が出る感じで疲れがじゅわぁっと出てくの。帰ったら私のタオル貸したげる。絶対にじゅわぁってするから」

「あそう。とりあえず目の前のこと集中してくれな」

「あいさー!」


 声は小さく、されど元気よく、ミーティアは敬礼した。


 現在、俺とミーティアは二人だけで街の外に出ている。

 街の近くの森に入り、すぐ先に小道が見える位置で茂みの中に並んで身を潜めている状態だ。気配を殺し、道行く動物や魔物の観察を行っている。


 何故そんなことをしているのかというと、元々は協会から魔物の死骸処理を依頼されたのがきっかけだ。討伐に当たった傭兵団が想定以上に負傷者を出したらしく、代わりに後処理を済ませて欲しいとのことだった


 ちなみに協会にも掃除屋はいるが、基本的には処理に苦慮するような大型の魔物専門の組織だ。小型の魔物に関しては、依頼書の発行数を増やす為という名目で傭兵側に斡旋することになっている。どれだけ些細なことでも仕事がなければ傭兵は続けられない。それ故の施策である。


 処理した魔物は『狂狼(ハティ)』の群れと一羽の『八咫烏(ヤタガラス)』。


 ハティはおおよそイヌ科の動物から変異した魔物だ。野犬のみならず狸や狐が変異することも多く、魔物化すると体毛の色や骨格などに差異は残るものの、変異前の種を問わず群れを成して行動する為、一括りにハティと呼ばれるようになったという経緯がある一風変わった魔物だ。


 しかもイヌ科の魔物の中では特に凶暴性が強く、獲物と見るとどれだけ反撃を受けようが見境なく襲ってくる蛮族として知られており、その対処法は「やられる前にやる」という極めて脳筋的なもの。蛮族を相手にするにはこちらも蛮族にならねばならないという、切なすぎる世の理を体現した魔物である。


 そして八咫烏は、名前の通りカラスから変異した魔物だ。


 こちらはハティとは異なり基本的には群れから離れて単独で活動する。魔物化に際して身体と共に脳が肥大化し、元々高かった知能がさらに向上。その結果、凶暴性が極限まで抑えられており、中には人間の言葉を覚えて共生する個体もいるほどだ。


 そんな稀な生態を持つ八咫烏最大の特徴は、鳴き声で他の魔物を操るというもの。


 八咫烏は持ち前の高い学習能力を活かし、己の心臓に蓄積した魔晶を狩りに利用する。というのも、心臓に繋がる血管が術式の役割を担い、魔法を鳴き声に乗せて放つことで、他の魔物を催眠状態に陥れることが出来るのだ。そうして意のままに操った魔物で狩りを行い、それが終われば操っていた魔物同士で争わせて最後には成果を独り占めするという、自然界きっての狡猾な狩猟者なのである。


 さて、話は戻るが何故俺たちは動物や魔物の観察をしているのか。


 答えは単純。死骸処理の最中、ミーティアから「エルザくんって魔物に詳しいんでしょ。いろいろ教えてくれない?」という申し出があったからだ。


 技術はあっても知識は足りていない魔術師ことミーティア・コメット。

 なんでも来月に迫る高位資格取得試験に向けて勉強に励むアリアーレから、魔術師の先達として指南を仰がれたらしい。この十年でそれなりに経験を積んで、知識が増えたという自負もあったから、二つ返事で快諾したと。


 しかし、首席に近い成績で学院を卒業したアリアーレと火力一本でのし上がったミーティアでは、それでも知識量に圧倒的な差があったのだ。自分を頼って教えを乞うてくる可愛い後輩の前で言葉を失ってしまったことで、彼女は己の不甲斐なさをこれ以上ないほど痛感したらしい。


 故に、できればそれを解消したい、と。

 そして身近に専門家がいるならその分野から学ぼうと、魔物生物学の権威フォレスティエの子息に頼ってきたわけである。


 しゃがんだ状態で膝を抱えるミーティアが、視線の先で野兎の死骸を喰らって去って行くハティを眺めながら、唇を尖らせて呟く。


「ハティはどこにでもよくいるけどさ、やたがらす? だっけ。私聞いたことないや」

「皇国どころか大陸じゃほとんど見かけないからな。東洋由来の名前で呼ばれるのもそれが理由だ」

「どゆこと?」


 小首をこてんと傾げるミーティア。端正な顔が目と鼻の先にある。正面から見つめ合うと耐えられなさそうなので、俺は顔を前に向けて言った。


「要するに馴染みがないんだよ。東洋では八咫烏は神の化身とも呼ばれているほど身近な存在だ。まぁ神の化身が身近かどうかってのは置いておいて、少なくとも大陸では改めて名前が付けられるほど知られた存在じゃない。巴蛇も元は東洋側の地域でつけられた名前だしな。そういう魔物は結構多い」


 長々と語った言葉に、ミーティアは小さくへぇと漏らした。


「じゃあ八咫烏は東洋では信仰の対象なんだ?」

「龍樹と違って理性的で言葉も通じるからな。不思議じゃない」


 自虐的に皮肉った言葉を言うと、ミーティアは軽く難色を示した。


「もー、弄りづらいところ自分から言わないでよね」

「もうバレたんだ。変に話題を避けられても気になる」

「気持ちはわかるけど、たぶん周りはエルザくんが思ってるほど気にしてないよ~? 私も含めてさぁ」


 ミーティアはにまっとした表情でうりうりぃと指先で頬を弄ってくる。気にするなという心遣いだろう。嬉しく思う。


 フォレスティエという姓に対して、俺が世間体を気にし過ぎているだけというのは否定できない。当のフォレスティエ(村)には龍樹信仰などもう形しか残っていないし、この姓を人に知られたところで、龍樹存命の当時ほど迫害を受けるという事もない。


 要は、単なる俺の気持ちの問題。


 フォレスティエは良くも悪くも辺境の村だ。情報の流動は少ない上に遅い。姓を名乗れば迫害を受けるというのも、あくまでそういう村の中で増幅された話であって、実際に外の世界に出てみれば、フォレスティエの名を聞く機会自体がほとんどなかった。


 改めて思えば、クルトの団の連中は誰一人として俺の姓を気にしなかった。たぶん興味すらなかったと思う。当時はそれを奴らの性格故だと思っていたが、おそらく違うのだろう。


 そもそも人々がフォレスティエという姓に嫌悪感を覚えたのは、龍樹の脅威に晒されていた時代にスカライールが信仰を始めたからだ。今では伝聞の中にしかいない悪魔を崇拝していたというだけで、昔と同じような迫害を受けると思い込むのは、いささか自意識過剰なのかもしれない。


 そんな思いが、短い同意の言葉となって口から漏れだす。


「……かもな」

「だからエルザくんはフォレスティエなんて気にしてないで、私に魔物の授業をしてくれればいーの。で、あれなに?」


 ミーティアが指した先にいるのは、長い四肢を持つ猿。体毛や体格からしてテナガザルから変異した『狒々(ヒヒ)』と呼ばれる魔物だ。向こう側から来る馬車の前に躍り出て、両手を頭の上で叩き合わせながら笑っている。


「ヒヒだ。扱いを間違わなければ安全に抜けられることもある魔物だが……あの御者がそれを知っているとは思えないな。行くぞ」

「りょーかい」


 茂みから出るのとほとんど同時に、御者が馬に鞭を打った。おそらくヒヒの脇を抜けて振り切ろうとしたのだろう。それは愚策中の愚策。やはり対処法を知らなかったようだ。


 馬は速度を上げてヒヒに突っ込んで走る。ヒヒはそれを身軽な動きで躱すと、長い腕を振り下ろし、鋭利に尖った爪でもって馬の首を丸ごと切り落とした。


 当然、馬車は制御を失い横転する。

 地面に投げ出された御者に嗤いながら爪を振り下ろそうとしているヒヒ。俺は走り出しながら短く指示を出した。


「牽制で良い、一発撃て」

「おっけい」


 杖の一振りで放たれた光弾がヒヒの顔面に直撃する。

 反動で仰け反るヒヒは、こちらを向いてけたたましく嗤いながら地面を蹴った。突貫してくるヒヒを大剣の一振りでもって迎え撃つ。


 ヒヒは猿でありながら熊とも渡り合うほどの強固な肉体を持つ。腕の肉を断たれながらも重い大剣を受け止めたヒヒは、長い脚を存分に活用した蹴りを見舞ってくる。


 ヒヒは脚の先にも鋭利な爪を持つ。鞭のようにしなる蹴りが直撃すれば、鎧など容易く引き裂いて肉や骨を持っていかれるだろう。


 故に、防御ではなく回避。

 大剣の柄をぎゅっと握り、身体をぐるりと回転させる。ヒヒの蹴りが空を切ったのを見てから、地面を打ち上げるように大剣を振り上げた。


 刀身はヒヒの股間を捉えたが、しかし骨を断つには至らず、振り上げた方向へ向かってヒヒが飛び上がる。


 これも狙い通り。何故ならヒヒの骨は密度が高くて断ちにくい。

 故に有効なのは、魔法のように強烈な衝撃を伴う攻撃。


 そして如何なる身体能力をもってしても、寄る辺ない空中では無防備を晒す。


「ミーティア!」

「えいやっ!」


 合図と同時にミーティアが魔法を放った。

 それまで嗤っていたヒヒが初めて形相を変えた。しかし今から出来ることなどない。迫りくる火炎にあえなく飲み込まれ、一瞬で焼死したヒヒの亡骸が落下してくる。


 大剣を背に携えると、背後から声が掛かる。


「見た感じたぶん剣じゃ無理だと思ったんだけど。今のであってたかな?」


 小走りで駆け寄ってきたミーティアがそんなことを言う。当然答えはこうだ。


「完璧だった」

「んへへ、でしょー? って、いけないいけない」


 自慢げに笑顔を見せたミーティアは、すぐに御者の元へ駆け寄って身体を起こしてあげた。


「大丈夫ですか? 怪我とかないですか?」

「ええ、私は。私よりも、お客さんは……?」


 倒れた馬車の荷台を見ながら言う御者。

 御者はミーティアに任せて俺が荷台の後ろに回り、幕間を開いた。横転の影響で荷物が散乱しており、酷い有様だ。


 よく見れば、乱雑に積み重なる荷物の下に人が居る。


「大丈夫かっ!」

「ぅ……ん……っ」


 返事というにはあまりに曖昧な反応。

 すぐに荷台に乗り込み、荷物を除けて安否確認をした。息はあるが意識は朦朧としている。荷物が擦れたらしき裂傷がいくつかあり、目立った大怪我はない為、おそらく頭を強く打ったのだろう。

 俺は前方の幕間から顔を出し、ミーティアに向けて告げた。


「いちおう無事だが、たぶん頭を強く打ってる。街に戻って医者に見せないと」

「わかった。こっちは任せて。エルザくんはその人お願い。足早いでしょ」

「頼んだ。応援も呼んでくる」


 そうして俺は気を失った女の子を背負い、街へと戻った。

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