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願望

 明け方。

 木枝の隙間を抜けてくる払暁の光が、疲労した瞼をさらに重くする。

 各員、配置についた状態で放水口を監視し始めて数時間。メランたちが最速で移動している場合、もう間もなく姿を現す頃だ。


 堀の上からお互いが視認できる距離に身を隠す。

 魔術師組は二手に分かれ、アリアーレは俺と、ミーティアはカイルと同じ場所に身を潜めている。カインとユーリスの遠距離隊は、放水口からほど近い爆破の余波がギリギリ届かないであろう位置だ。


 極度の緊張からか、呼吸が浅くなっているアリアーレの背中を何度か(さす)る。

 木製の杖を握る手に力が入り、みしっ、と軋んだ。アリアーレにとっては事実上初めての実戦だ。無理もあるまい。


 俺は背中を擦るのを止め、代わりに心臓の鼓動を真似るように指先でトントンと叩く。放流口から視線を外さぬまま、声を潜めてアリアーレに問いかけた。


「不安か?」

「うまく、いくでしょうか……?」


 杖が再度音を立てて軋む。俺は穏やかな声音であることを務めた。


「心配するな。その為に集めた仲間だろ?」


 視界の端で、アリアーレが視線を上げたのがわかる。

 つられて同じ方を見やると、大きな木の幹に隠れているミーティアがいた。大柄なカイルはその背後で身を低くしている。美女と野獣。いや、別にカイルは野獣と言うほど浪人じみた見た目ではないのだが。


 こちらの視線に気づいたミーティアは、にまっと笑んで片目をパチッと閉じる。さすがの余裕である。アリアーレの表情にもかすかに微笑みを宿し、いくらか緊張が和らがせたようだ。


「通路を爆破したら詠唱開始ですよね」

「そうだ。詠唱文、ちゃんと暗記してるか?」


 からかうように言うと、アリアーレはこちらをきっと睨みつけてきた。


「ば、馬鹿にしないでください。今だって忘れないよう毎日暗唱してるんですから……」

「失敬。兄貴譲りの勤勉さだな」


 そう言うとアリアーレは少しだけ誇らしげな表情をする。

 その顔を見てから、俺は視線を元に戻す。

 いや、厳密には元見ていた場所の少し上。ユーリスが潜んでいるであろう場所だ。姿は見えないが、待機し始めてから動いた気配がないのでいる筈。気配を消すことに相当気を払っているようだ。


 思わず深い息が漏れる。

 まるで心の中にわだかまる何かが溢れ出すような溜息だった。


 ユーリスのことはまだ誰にも伝えていない。

 カインから話を聞いた後、迷わなかったわけではないのだ。傭兵経験のない素人。経歴は嘘で実戦経験もない。このまま作戦を続行すれば彼の存在自体が綻びになりかねない、と。


 しかし、彼が抜けてどうなるだろうとも考えた。

 まず頭数が減る。明確な痛手に違いない。人員が欠けることによる動揺や不安もあるだろう。仮に個々の実力や経験がその穴を埋めてくれるとして、じゃあ新米のアリアーレはどうなるか。


 ユーリスは彼女が自ら勧誘した男だ。経歴に嘘があったと知れば少なからず、否、酷く動揺するだろう。我が身の振り方に今この瞬間も思い悩み、極度の緊張状態にあるアリアーレに対し、これ以上の心理的負担を強いるわけにはいかない。


 故に、作戦には参加してもらうことにした。野営地で待機させていても意味がないし、なにより彼の嘘は悪意によるものではなく、単なる見栄に過ぎない。カインに嘘を見破られても逃げ出すことなく、その後も粛々と作業を続けたのであれば、その見栄を現実にしようという覚悟は持ち合わせている筈だ。


 想い人の気を引く為についた嘘を、現実にしようと足掻くのなら。

 英雄に恋い焦がれたという彼が、その拙い夢に手を伸ばそうというのなら。

 ならば今は信じるしかあるまい。ユーリスという男を。


 カインには言われた。状況を鑑みたとしても甘すぎる対応だ、と。

 俺は言った。上等だ、と。


 嘘も、不安も、(さい)()(しん)も、まとめて俺が背負えばいい。

 その為に俺は、鉄を纏い、剣を取ったのだから。


「……はっ」


 自覚もなく漏れ出した声に、アリアーレは疑問符を浮かべて首を傾げる。


「どうかしました?」

「いや、なんでもない」


 彼女と目を合わせ、小さく首を振って返す。

 なんてことない、単なる思い出し笑いだ。


 生きることに必死だったこの十年で、いつの間にか彼方へと追いやられ忘れていた、原点の記憶。


 生まれ育った村を出てまでも、あえて傭兵の道を選んだ理由を。


「安心しろ。俺が全部守ってやる」


 ぽかんと呆けた表情をするアリアーレは、しかし満面の笑みを湛えると、はい、と小さく返事をした。

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