雇い主
「じゃ、そういうことで、ウチもトイレ行くわ~」
と、先程の怪談話の結末としてはあまりにも軽い調子で手を振ると、ガングロギャルの『サオリ』は「話はもう終わった」とばかりにさっさと立ち上がり、「えっ……えっ?」と混乱している舞夏の前を引き留める間もなくさっさと素通りして、カラオケボックスの個室から出て行ってしまった。
あとにはついに篠原舞夏と黒セーラーの美人の二人のみが部屋に残された……。
「──さぁて……ところで、気づいてるかい?」
「うっ!? うえぇっっ!??」
するとそれまで一切口を開かず、一言も声を発さずに過ごしていたはずの黒セーラーの美人が唐突に舞夏へ問いかけていた。……の、だが、舞夏はつい先ほど聞かされたサオリの話の最後以上の衝撃を受けてしまい、質問の意図を汲み取るどころではなくなっていた。
というのも……
「お、男の人ぉっ!?」
そう。黒セーラーの美人から発せられた声は、完全に男性のそれだったのだ。
古式ゆかしい黒セーラーを着込んだ美人は、男の声で「あぁ」と思い出したように、
「ふふん、どうだい? 実に美人に仕上がってるだろう? 我ながら自分でも思った以上で、姿見の前で笑ったよ」
と、今までのマネキンのようなアルカイックスマイルを悪戯っぽい含み笑いに変えて、そう言った。
そうして、
「だけど、“気づいてるかい?” というのは、ボクのことの方ではなくてね──」
と、自分の正体に動揺する舞夏を制しながら、
「今さっきのギャルの子たちの話に隠されていた意図について……ひいては、このカラオケボックスで今まさに起こっている怪異について、ちゃんと気づいているかい? ってことなんだけれどね……篠原舞夏さん?」
と、本当に舞夏の動揺を落ち着かせる気があるのかないのか、まだ自己紹介もしていないはずの舞夏のフルネームをさらりと口にしていた。
「えっ……なっ、なんで私の名前を……?」
なぜ自分のフルネームをこの女装美人は知っているのか……もはや怪談とは別の意味で舞夏は怖くなってくる。
だが悪戯心が過ぎる彼は、動揺する舞夏の様子を完全に楽しんでいるらしい。
ほくそ笑んだまま、彼は彼自身のスマホを取り出すと、
「今回キミを雇ったのが、ボクだからだよ。24歳フリーターの篠原舞夏さん?」
と、スポットバイトアプリの採用者側のみが閲覧できるはずの応募者プロフィールの画面を証拠として舞夏へ見せつけていた。
「えっ? えっ? じゃ、じゃあ、あ、あなたが……この店の店長さんってことですか?」
大混乱状態の舞夏はそのような的外れな質問を返したが、彼はニヤニヤしたまま首を横に振った。
「いいやぁ? むしろボクはこのカラオケ店のオーナーから依頼を受けた立場さ。この店で起こっている怪奇現象の解決を依頼された、委託業者。いわば、お祓い屋といったところかな……というか、アプリの募集にも簡単に仕事内容は書いておいたと思ったんだけどねぇ? 『お祓いアシスタント』ってさ」
篠原舞夏は、『18~20代女性限定、高収入バイト:お祓いアシスタント(未経験OK)』という、即金で金銭を得るためにやむを得ずだったとはいえ、思えばあまりにも怪しいバイト求人の見出しを今更ながら思い出していた。
どうやら就労先の現場が地元のカラオケ店となっていたために、雇い主を混同してしまったらしい。
「で、でも、それなら……なんで『お祓いアシスタント』に、わ、私の女子高生時代の制服が必要だったんです?」
お祓いの助手をするというのなら、百歩譲ってせめて巫女服なのではないのか。それがなぜ、舞夏はともかく、雇い主の彼までJK制服を着ているのか。と。
ごもっともな疑問に、「ああ、それかい」と相変わらず見た目に似合わないハスキーな声で答える。
「ちゃぁんと、そこは今回の怪奇現象に関係してるんだとも。いやね、どうも今回の怪異は、劇場型とでも言おうか……巻き込まれるのは決まって女性。それも女子高校生がお好みらしくてねぇ。ボクではこの通り見た目はともかく、喋った瞬間に男だとバレてしまうじゃないか。それでも起こっている事象を実際に確認するために、ボク自身も女装して潜入してみたわけだが……だからこそ、キミのようなJKに扮した本物の女性が彼女たちに対するデコイとして必要だったというわけだよ」
だからキミを雇ったのさ。と、彼はなぜだか愉快そうに付け足して言った。
「えっ、ええっと……そ、それはつまり……さっきまで私に怪談話を披露してたあの子たちは……」
とても信じられないのか、言葉を詰まらせる舞夏に対し、あっさりとその続きを引き継いで、
「つまり、ついさっきまでこの町のカラオケ店に関する怖い話をキミに聞かせていた三人のギャルの彼女たちこそ、怪奇現象の一端……ということだね」
と、言ってのけてしまったのだった。
「で、でも……さっきまで私とちゃんと会話してたじゃないですか……! わ、私、別に霊感とかないのに……」
思わず言い返した舞夏に、「お祓いのアシスタントの仕事に応募してきたのに?」と意地悪く笑ったが、
「ま、そこも含めて、劇場型なんだよ。普段から霊を視る力のない人間すら巻き込み、取り込んでしまう……ということは、それだけ強力で厄介な怪異である可能性が高いというわけさ」
と、彼は黒セーラーのスカートの下で脚を組み、その膝の上に頬杖をついた。
美脚補正機能付きの物なのだろうか。デニールの濃い黒ストッキングを穿いている彼の脚がスカートからチラ見えしていた。
相手は女装だというのに、どういうわけか組まれたその脚や頬杖の所作に妙な艶めかしさを感じてしまった舞夏は一瞬ドキリとして、彼の脚に目を奪われてしまっていた。
カラオケボックスの薄暗い照明で誤魔化しがきくのかもしれないが、ストッキングまで穿く程の本格的な女装をしている彼は体格が細身なのもあって本当に女性にしか見えない。きっと素も美男子なのだろうということはまったく想像に難くないように思えた。
……そんなふうに少しばかり見惚れてしまっていた舞夏の内心を知ってか知らずか、
「さぁて、と……それじゃあ、改めて『お祓いアシスタント』としての仕事をしてもらおうかな? 篠原舞夏さん」
と、頬杖をついたまま言って、
「ここまでのあの三人のギャルの彼女たちについて総括し、考察する。そこに今回の怪異の正体のヒントがあるようにボクには思えるんだよねぇ。これは、『祓い魔師』としての経験則から来る勘なんだが……ということでだね、付き合ってくれ給えよ。ボクの推理に……」
と、白狐のような顔でほくそ笑んだのだった。
ということで、『祓い魔師リョウ』登場ですわ~。
作品的には1ページ目からずっと出てたんですけどね。なんか、こういう叙述トリックっぽいやつってホラーミステリーっぽいかなって思いました。
で、しかも、事情に精通してるっぽい様子の意味深でミステリアスな登場人物……さらには男の娘属性も……!
みんな、こういうの好きでしょ? 三國さんは好きです。
そんなこんなでせっかく出したので、なろうホラーは終わりましたが引き続き連載していきますので、よろしくお願いします。