アムラー系ギャル 『マナミ』の話 (後編)
「開かずの間の幽霊の意図……ですか?」
不安感いっぱいの表情をした舞夏がそう訊ね返すと、マナミは重く、深く、頷いた。
「……今話した通り、勝手に入力された童謡は全部子供のための歌ではあるんだけど……どれも子供が酷い目にあうものばかりなんだ」
確かに、『シャボン玉』は夭折した子供に対する歌だと言われている。『とおりゃんせ』は、『七歳までは神のうち』とも言われる子供を生け贄に捧げることで神の下へ返す様を歌っているとも、『はないちもんめ』は貧しい農村から子供を身売りに出す様の歌だとも言われている。
だが、それで括るには──
「で、でも、『てるてるぼうず』は別に必ずしも子供が酷い目にあう歌ってわけじゃ……」
と、舞夏は身を縮こませながらも指摘した。
が、マナミは即座にそれに答える。
「確かに、てるてるぼうずって、逸話的に、寺のお坊さんのことだっていうけど……でも、子供のこと『ぼうず』とも呼ぶよね?」
「っ!」
言葉を詰まらせる舞夏に、マナミは、
「それに赤ん坊って……産まれた直後からしばらくは髪の毛、頭の形に沿うみたいにペタッとしてて……あれ、まるで『てるてるぼうず』……みたいじゃない?」
と、追い打ちのように問いかけた。
だがそれに対する舞夏の反応を待つまでもなくマナミは続けて、
「そして、『かごめかごめ』は……妊娠した女を後ろから突き落として、赤ん坊もろとも殺した内容を歌う童謡……全部なんらかの形で小さい子供……特に赤ん坊が犠牲になる歌ばかり……でも、その時のわたしたちは誰一人として気づいてなかった……フフ……わたし含めて五人も居たのにね」
と、自嘲して笑った。
「だけど、さすがに『かごめかごめ』が流れ出した頃には、わたしたちもさすがになんだか不気味に思えてきて、もう誰も茶化して歌う子はいなかった……今さら怖くなってきたわたしたちは押し黙ったまま、ただお互いの顔を見つめ合いながら、一ミリも動けずに固まっていただけのはずだった……それなのに、『かごめかごめ』のカラオケ音に被さるように、パチパチ、パチパチって……小さい子が手を叩くような音がしてきて……極めつけに、泣き声が響き始めたんだ……そこには居ないはずの赤ん坊の泣き声が……部屋中に……っ!」
叫びを押し殺すように凄んで、アムラーギャルのマナミは、そう言った。
俯いて顔を覆い、自身を落ち着けようとしているらしい少しの間の後、彼女は続ける。
「その直後、ポルターガイストってやつなのかな……テーブルの上のソフトドリンク……受付の横のドリンクバーから取ってきた、わたしたちの分の5つのグラスの中に紛れて……いつの間に、誰が持ってきたのか……小さい子供用のプラスチックのコップがあった……中になみなみ入っていたオレンジジュースがテーブルの上で勝手にこぼれて……その滴が垂れていったテーブルの下……そこに──」
指の間から舞夏を上目遣いに見上げたマナミは、ついにソコに居たモノのことを口にした。
「──青白い赤ん坊の顔があった……しかも、床一面に巨大で……完全に生きてる赤ん坊のじゃない、青白いバケモノみたいな顔が、大口を開けて……赤ん坊の声で泣いていたんだ……」
あまりの内容に舞夏は絶句していた。
このような、とても現実に起こったとは思えない内容の恐怖体験を語られては、それも無理はないだろう。
そんな彼女に、マナミは、
「実は、この町のカラオケ店にまつわる噂……前にもう一つ別のを聞いた事があるんだ──」
と、この町のカラオケ店についての、もう一つの噂について、静かに語り始めた。
「……確か、わたしがこの体験をした2、3年くらい前に、町のカラオケ店の店長がトイレで首つり自殺してたらしいんだ。それで、その自殺の原因が、バイト? だったかの女の子と揉めた末に、その女の子のこと殺しちゃって、どこかに隠したからだって話で……もちろんあくまで噂だし、憶測の域を出ないけど……男と女が刃傷沙汰になるレベルで揉めるっていうのは、やっぱりそういうことだったんじゃないかなって。……もしかしたらだけど、その殺された女の子って、妊娠してたんじゃないかって……行き過ぎた妄想かもしれないけど、わたしはそう思うんだ──」
産まれて来られなかった怨み、無残に殺された怨みっていうのは、想像以上に簡単には癒やせない、怨霊を生み出すのかもしれないね。
と、マナミは最後にそう付け足すと、彼女の怪談話はそれで終わった。
「……じゃあ、わたしもちょっとトイレに行こうかな」
徐にソファーから立ち上がったマナミを、舞夏は呆然と見上げていた。
だが、彼女が先のカーディガンのギャルと同じく部屋を出て行こうとするその背中に、同じく舞夏は咄嗟に問いかけていた。
「あ、あのっ! すごい話だったと思いますし、十分過ぎるくらい怖い話だったんですけど……一つだけ教えてください! ……マナミさんは、その赤ちゃんのお化けが現れてから、どうなったんですか? どうやって、助かったんです?」
マナミは厚底ブーツの足を止めて振り返ると、
「ごめん。それは答えられないんだ。……その時、そのまま気を失ったらしくて、覚えてないから」
と、肩を竦めて言った。
「……でも、あえて言うなら、わたしが今ここに居ること自体が答え……って、ところかな?」
と、最後は意味深にそう言って、アムラーギャルのマナミもまた、舞夏たちを残し、カラオケボックスから退出していったのだった。
───
──
─
2024夏ホラーは終わりましたが、完結はせめてさせたいと思いますので、気が向いたら更新していきます。