アムラー系ギャル 『マナミ』の話 (前編)
「そのカラオケ店には……ま、カラオケの怖い話あるあるというか、いわゆる『開かずの間』ってやつがあった。ほら、夏の怖い話特集みたいな番組とかでよくある、お化けが出るから混んでてもお客さんを入れられないみたいな、ああいうベタっちゃベタな部屋。わたしたちが通ってた店には、そんな噂の部屋があった──」
アムラーギャルの彼女が語るところでは、その『開かずの間』では、入力していない曲が勝手に入るといった機械の誤作動やパンパンと手拍子のようなラップ音がするといった怪現象が頻発していた。
そのため苦情が多く、その部屋には混雑時でもあえて利用客を案内しないよう店側が自粛していたのだという。
もちろん、店側はそうした怪奇現象を心霊的な要因とは正式に認めてはおらず、誤作動は単にカラオケ機器の不調、ラップ音はおそらく建物の湿気や気圧の変化による家鳴りではないかと、利用客へ説明していた。
だが過去にその部屋を利用したお客やアルバイト店員の間では、おそらくはナ二カが居るのではないかと、もっぱらの噂となっていた。
ここでのナニカとは、もちろん心霊的なナニカである。
そんな奇怪な話がまことしやかに噂されていたカラオケ店へ、この話の語り部であるアムラー系ギャルの『マナミ』は、ある日、友人と連れだって来店した。
「わたしも友達もカラオケは普通に好きでよく通ってたんだけど……ま、こんな田舎町だから遊びに行くところも多くはないし、普通の女子高生の財力じゃ遠出もそうそうできないし、普通にカラオケするだけじゃ、やっぱり飽きてきてさ。だから肝試しの感覚で、噂の『開かずの間』に入ってみよう……ってことになった──」
そういうことでマナミとその友人たちは、受付の店員に無理を言って頼み込み、「あとからの苦情も、機器の不調等による利用料金の減額にも応じられませんが、それでもよろしければ……」ということで、その問題の部屋に通してもらったのだという。
「そのカラオケ部屋に最初入った時は……わたしとしては特になんとも感じなかったね。いや、わたし霊感ないから感じるもなにもなかったんだけど……ま、あえていうなら、あんまり使われてないせいか、なんとなく空気が澱んでるような感じはしたけど、定期的にちゃんと清掃はしてたらしくて、店としてお客さんを入れられないほど不清潔ってわけもなさそうだったかな。……むしろその部屋、ファミリー向けの大部屋だったから、本当に機器の不調や家鳴りが原因だっていうなら、機械入れ替えたり建物補修したりして使えるようにしないのが不自然な程度にはスペース広く取ってる部屋だった。確か……部屋の角の方にパステルカラーで区切られた、小さい子が遊ぶスペースみたいなのもあったっけ」
(それでいえば、気にしていなかったけど私たちのいるこの部屋も、広さ的にファミリー向けなのかな……)
マナミの話を受けて、舞夏は自分たちがいるカラオケ部屋を改めて見回していた。
この部屋も彼女たち五人だけが使うには広めの部屋だった。マナミの語る話のような子供の遊戯スペースこそないが、ファミリーや十人前後の団体客なら十分に収容できそうな広さがある。
そんな風に今居る部屋とマナミが語る話の部屋との相似関係を見出していると、
「フフ……わたしの話は、この部屋でのことじゃないから安心していいよ。というかその店、もう潰れたらしいから」
と、軽く笑って、マナミは話の続きに戻った。
「それで、肝試し感覚半分で入ったわけだけど、ま、せっかく来たからね。噂の怪奇現象が起こるまでは普通にカラオケしてようってことになって、友達もわたしもそれぞれ歌ってた。……『CAN`T SLEEP, CAN`T EAT, I`M SICK』とか、わたしも最新の曲を歌ったっけ。ま、見ての通り、姉の影響で、わたしもファンなんだ。……それでその時一緒にいた友達も全員一巡以上歌った頃になって、ついに噂の怪現象が本当に起こったんだけど──」
まず起こったのは、機械の誤作動だったのだという。
マナミ自身を含め、その場にいた他の友人全員、誰も入力していないはずの曲のカラオケが開始された。
「そのかかり始めた曲っていうのがさ……まさかの子供向けアニメのテーマ曲だった。ほら、『勇気100倍』のアンパンのヒーローのやつ……」
と、マナミは怪談めかして真面目に声を潜めながらそう言った。
「そ、それは……か、怪奇現象ですねぇ…………くっ、くふふっ」
舞夏はその光景を想像して、思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪える。
誤作動とはいえ、心霊現象で入力されたカラオケ曲はどんな怖いタイトルの曲かと身構えていたら……現代日本人ならば必ず一度以上は見たことがあるはずのあのヒーローのテーマ曲とは、それはとんだ肩透かしだ。
証拠に、話しているマナミ自身も、「フフフ……まぁ、そりゃ笑うよね。わたしたちもその時、思わず笑ったもん。こんなのが怪奇現象? って」と、笑いながらそう言った。
「だから一緒に来てた友達も悪ノリして、その曲、全員で歌っちゃったりしてね。……しかもね、歌ってたら例のラップ音まで聞こえてきたんだよ。それがまた、パチパチって手を叩く、手拍子みたいで……もしかしたらここに居る幽霊って、子供なんじゃないの? って、友達のうちの誰かが言ったっけ。実際、その後も、小さな子供向けのアニメソングとか童謡が勝手に入力されてて、その度に誰かがおちゃらけながら歌って、手拍子みたいなラップ音が鳴る……そんな感じで、確かに怪奇現象自体は起こってるんだけど、怖いとか全然そんな雰囲気じゃなかったんだ……でも──」
そこで、マナミは一気にトーンを下げて、
「そのまま、楽しいまま終わってくれたら良かったんだけど……ま、残念ながら、そうはいかなかった──」
と、不穏な雰囲気を醸し出しながら、彼女が体験した怪奇現象についての話を続ける。
「……何度目かの誤作動で、また童謡が楽曲予約に入力されてた。それまでも『シャボン玉』とか『とおりゃんせ』とか『はないちもんめ』とか『てるてるぼうず』とか……最初のアニメの曲とか、アニメの昔話の歌とか以降は、そんな妙に古い童謡ばかりだったんだけど……その時入力されてた最後の曲が……『かごめかごめ』……だったんだ……」
と、雰囲気たっぷりに暗いトーンで語るマナミに、舞夏は、
「え……でも、『かごめかごめ』は確かに曲調は不気味ですし、いろいろと都市伝説もあるらしいですが、あくまで子供たちが遊ぶ時の童謡じゃないですか……きっと、そのカラオケ店の幽霊はお友達が仰っていた通り、マナミさんたちと遊びたかっただけ……なんじゃないでしょうか……?」
と、絵に描いたような希望的観測を口にした。
が、アムラー系ギャルのマナミは舞夏のその言葉に首を横に振った。
「……わたしたちも最初は気づかなかった。だから深く考えずに入力された曲を軽率に歌って、はしゃいでしまった……でもさ、よくよく考えてみたら、入力されてた童謡って……どれも、怖い意味のある曲だったんだよ──」
童謡の『シャボン玉』は、作者の夭折した子供のために作詞されたという説がある。
『とおりゃんせ』は神に生け贄を捧げる様を歌っているとの説もあり、『はないちもんめ』もまた貧しさからの身売りを歌にしているとも言われている。
さらには雨の日に吊す『てるてるぼうず』とは元々、雨乞いのための生け贄の風習をなぞったものであるらしい。
確かにマナミの言うとおり、どの歌も、怖いいわくを示唆する都市伝説が付帯している童謡だ。
そして、極めつけ……『かごめかごめ』にまつわる怖い都市伝説といえば──
「……『かごめかごめ』って、流産した母子のことを歌った童謡らしいね。しかもさ、あの歌を歌いながらするあの遊びって実は……『降霊術』だった……ていう説もあるんだって……──」
マナミはそこまで言うと、顔を両手で覆うようにしてから、深い息を吐いた。
そして──
「──わたしたちは、その『開かずの間』の幽霊の意図に、まんまと引っかかってしまったんだ……」
と、鼻の前で両手を合わせた、拝むような姿勢のまま、目だけで舞夏を見やって、そう言ったのだった。