サブカル系ギャル 『きらら』の話(後編)
「動画を確認したきららも、天井のエアコンの中からおかしな物が映っていることに気づいた時、最初は気持ち悪く感じて、投稿はしないでまるごと削除しようかとも考えた。でもそこで、今おねーさんが言ったのと同じような考えが過っちゃったんだよね。……この、どう見ても、どう考えても人間が入れるスペースなんてない場所から、人間の目みたいなモノが覗いてる……そんな怪奇現象を捉えた動画……それを上手く利用してバズることができればさ、それをきっかけに自分の歌い手としてのチャンネルも有名になるかもしれないって、そう思っちゃったんだよね。だからきららは、問題の部分を削除せずそのまま投稿してしまった。……そしてその結果、さすがに大バズりとはいかなかったけど、ある程度は目論見通りにその動画は『本当に起こった怪奇現象動画』として有名になったんだ。確かにそのおかげで、きららはネットでも学校でもしばらくちょっとした噂の有名人になることができたよ。……でも、きららは歌い手として最終的には歌手デビューをしたいって思っていた子だったし、そういう本筋から外れたところで盛り上がった人気なんて、やっぱり一時的な物でしかなかったんだよね──」
テレビの芸能人の世界では、心霊・怪談ネタは『最後の駆け込み寺』とも言われているらしい。
オカルト話は固定の人気があり、芸人やアイドルにとってその手のネタは仕事に繋がること自体は事実である。
が、その種の人気というのは、どうしてもイロモノの枠に入ってしまうもので、そこから抜け出すだけの魅力を改めて見せられなければ、そのまま飽きられて埋もれていってしまうのが、オカルトネタに手を出した芸能人のあるあるなのだという。
まして、この話の主である『きらら』は、ネットへの動画投稿活動を通して歌手を目指していたとはいえ、そもそもは一介の女子高生の身でしかない。
故に、オカルトネタという劇薬を十分に御しきれなかったのだろう。
件の『空調の隙間から何かが覗く心霊動画』ばかりが注目され、『歌ってみたの動画』の閲覧数はそれに比べると奮わずに埋もれていく。しかもその上、移ろいやすいネットの注目は、一、二ヶ月もすれば自然と落ち込んでいくもので、いつしか心霊動画の方も話題の一線級から脱落していってしまった……。
「だから、そうなったきららは、安直かもしれないけど、二番煎じを狙ったんだ。……きっと、必死だったんだよ。偶然転がり込んだこのチャンスを、どうにかモノにしたくって……」
カーディガンのギャルは、嘆息混じりに憂うような目つきでそう言った。
「そんなだったから、いつの間にか、ヒトカラで歌の練習をするよりも心霊現象を動画に録るためにカラオケ店に通うようになっていった秋の終わり頃……いつでもカメラで撮れるようにiPh〇neを握りしめたまま、カラオケボックスの個室の中で、きららは、ぼーっと天井の空調の隙間を見上げてた……。カラオケで盛り上がってるらしい他の客の喧噪を遠くに聞きながら、天井を見上げ続けていた時……ソレに、気づいたんだ──」
カーディガンのギャルは、天井のエアコンを見上げてから、
「ズルズル、カンゴン……ズルズル、ゴッ、ガスッ……ズルズルズルッ……って感じの、何かが天井の中を這い回ってるみたいな音に……」
と、舞夏を見やって言ったのだった。
「……あたしたち、普通に暮らしててそんなところ意識しないから気づかないけどさ。家庭用にしろ、業務にしろ、エアコンって冷やしたり暖めたりした空気を送り込むんだから、空気の通り道のダクトがあるのが当然なんだよね。まして、それが業務用なら、映画みたいに人が入れるくらいのスペースがあるのかもしれない。……カラオケ店の二階建てビルの天井に埋め込まれたエアコンのために、本当にそこまでの広さのダクトが必要なのかは、あたしにもわからないけど……でも確かに何かが、天井の空調のダクト管の中で、時々、壁に擦れるみたいにぶつかりながら、ズルズル這いずってるみたいな……微かだけど耳を澄ませば確かに聞こえる……そんな音がしていたんだ」
カーディガンのサブカル系ギャルの彼女は、ポケットからスマホを取り出すと、まるでその時のきららを再現して見せるかのように天井へと掲げた。
「……カラオケ店に来る客ってさ、普通、歌を歌いに来てるわけだよ。だから空調の中で多少そんな物音がしてても、カラオケの音楽とか自分たちの歌ってる声で普通は気づかないの。……普通にカラオケに遊びに来てる限りは気づかないんだよ。なのに偶然、空調の隙間から覗くおかしなモノがいることに気がついてしまったきららは……結果、その物音にも気づいてしまった……だからこうして……その這いずる音の方向を辿るように、スマホでその動画を録ったんだ──」
スクールシャツにピンクのカーディガンを羽織ったサブカル系ギャルの彼女は自らのスマートフォンを、その時の“彼女”の行動を再現するかのように天井の左から右へと振って見せた。
そして彼女は、iPh〇neのカメラを天井の埋め込み型空調設備を中央に捉えて──
「──這いずる音が天井のエアコンの辺りで止まったその時、スマホのカメラが、送風口の羽を伝って滴り落ちてくる滴を捉えてた。ポタッ……ポタッ……って、垂れてくる赤い滴……新装開店したばっかりの店なんだから、故障したエアコンから錆びた滴が流れてくるなんて、そんなことはありえないんだよ。だからね……ちょっとねばっとしたその赤い液体……その液体の正体に、漂ってきた饐えた臭いで気づいたその時にはもう遅かった──」
篠原舞夏は、カーディガンのギャルがスマートフォンを向けるその先の天井へ視線を向けることもできず、虚空を見上げるようにスマホ越しに天井を見る彼女の横顔から目が離せなくなっていた。
その蝋人形のように表情の乏しくなった横顔は、もはや舞夏に目を向けることもなく、怪談の結末を口にする。
「──送風口の羽の間から、どろりとした血にまみれて垂れ落ちてきた眼球と、iPh〇ne4の画面越しに、目が合ってしまっていたんだよね……」
カーディガンのギャルは天井に向けていたスマホの画面を、舞夏へと向けた。
そこに映し出されていたのは、まさしく彼女の言葉通り、カラオケボックスの天井の送風口から滴り落ちようとする眼球の動画だった。
「ッ!?」
その映像にギョッとした舞夏は思わず、半ば反射的にカーディガンのギャルから天井へ、ばっと振り向いていた。
……だが、幸いにも、そこには動画のように『カラオケボックスの空調の隙間からテーブルの上へ向かって滴り落ちてくる眼球』などという光景は存在せず、相変わらず気怠げに足を組んで手持ち無沙汰につけ爪を眺めているガングロ黒ギャルの姿がテーブル越しに確認できたのみだった。
「……まーた騙されちゃったね? おねーさん?」
左隣に座るカーディガンの彼女が戯けるように言ったその言葉を舞夏は理解すると、安堵の深い溜め息を吐いて、
「はぁぁ~~っ……お、驚かさないでくださいよぉ……もう、ほんとにそこから出てきたのかと……」
語り口だけでなく仕草まで交えた演出に本気で引き込まれ、存分に恐怖を味わった舞夏は、ソファーの背もたれに脱力した。
そんな舞夏の様子に、ニヤリと意地悪くほくそ笑むとカーディガンのギャルJKは、
「ふふっ……こんな時のために消さずに保存しておいてよかったよ。そんなに話にのめり込んで怖がってくれるのなら、話したかいがあるってやつだよね。これならあたしも、今度こそ有名になれるかな? ……ふふっ、なーんてね? ……いやぁでも、おねーさんって本当に騙されやすい性格みたいだね? そんな調子だと、これから大変かもだよ~?」
と、笑って軽口を叩きながら、ソファーから立ち上がった。
「それじゃあ、話のキリもいいし、あたしトイレ行くね」
と、そう言って腰を上げたピンクカーディガンのサブカル系ギャルは部屋を出て行こうと踵を返した。
のだが、その背中へ、舞夏は咄嗟にわいた疑問を投げかけていた。
「ん? あれ? で、でも、待ってください? きららさんの話って、そ、それで終わりですか? その、さっきみたいな動画を録った後、彼女は……どっ、どうなったんです?」
と、どうやら怪談話はあまり聞き慣れていないらしい舞夏はドモリながら言って、トイレに行こうとしていたカーディガンの彼女のことを呼び止めていた。
その質問に、カーディガンのサブカル系ギャルは半身で振り返って、
「ん? ああ、それね……きららはね、噂じゃその後、行方不明になったらしいよ? その場にスマホとか財布とか荷物だけ残して、行方不明になっちゃったんだって……。チャンネルも消えちゃって、現実の世界でも、ネットの世界でも、もう完全に消息不明になっちゃったんだ。……スマホの中に、その時に録った……この動画だけを残して……ね」
と、舞夏に向けて自身の手に持つスマホを突き出して、再び動画を見せようとしたが、「あっ! もっ、もういいですっ! 動画はっ! 気持ち悪いし、怖いですっ! もう十分怖かったです! ありがとうございましたっ!」と慌てた舞夏は目を瞑りながら、画面を見ることを拒絶した。
そんな怯えた舞夏の姿に、いい加減に満足したのか、彼女は「ん、そっか」とほくそ笑み、カーディガンのポケットへiPh〇ne4をしまうと、宣言通りトイレへと向かうためか、一人、カラオケボックスの個室から退出していったのだった。
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実はまだ結末が書けていないです……
でも、未完OKなようなので、今日は書き上がっている部分だけ順次投稿して後日完結させたいと思っています。