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サブカル系ギャル 『きらら』の話(前編)

「今からする話は、あたしと同じく『歌い手』に憧れてた子の話でね……実際、『歌ってみた』の動画も投稿してたらしいんだけど……名義は……んー、今回は一応、仮の名前で話させてもらおうかな?……その子は『きらら』ってチャンネルネームだったんだけど、そのきららは、まぁ、歌い手やってる子なら普通みんなそうだと思うけど、有名になりたい、人気になりたいって思ってたんだよね。だから友達と一緒に遊びに来る時以外でも、歌の練習するために、時々、一人でカラオケ店に通ってたんだね。いわゆるヒトカラってやつ。それで、きららは、普通になんていうこともない、地元のカラオケ店に通ってたんだけど──」


 くだんのきららの通っていたカラオケ店は、数年前に潰れたカラオケボックスの建物を別の運営業者が買い取って改装し、新たなカラオケ店として再オープンさせたものだったのだという。

 そのため、立地や建物自体は潰れてしまった以前の店とほぼ変わらないものの、内装や機器などは一新され、最新の物に入れ替えられていた。

 独立した二階建ての建物で、一階二階共にカラオケ店の店舗。改装されたばかりのため、全体の清潔感は申し分なく、その上カラオケ機材も最新となれば、人気の歌い手になり、ゆくゆくは歌手デビューをしたいと考えていたきららにとってその店は恰好の練習場であった。また同時に、歌ってみた動画の撮影録音ができるような専門のスタジオもない田舎町の女子高生の彼女にとっては、最良の収録現場でもあった。

 きららは当時、親に頼み込んで買ってもらった最新のスマートフォン、『iPh〇ne4』で、自らの歌声を録音したり、テーブルに設置して歌っている自身の姿を動画で撮影してみたりと、いろいろと試行錯誤を繰り返しながら、日々、歌唱力やパフォーマンスを研究していた。

 だが、そんな日々が一、二ヶ月ほど続いた頃、異変に気づいたのは些細なことからだった。


「一人で来てるはずなのにさ……どこからか、()()を感じる時があったんだって……」


 カーディガンのギャルは雰囲気いっぱいに声を潜めて、そう言った。


「え、えっと……誰かに部屋を覗かれてたってことですか?」


 怪談として話をしているというのに、そのまますぎる相槌で訊ねた舞夏に、カーディガンのギャルは少し呆れたように苦笑しながら首を横に振った。

 確かにカラオケ店の個室は風営法や防犯上の関係で、大抵、扉にはガラスがはめ込まれており、隙間から中が見えるようになっているものだ。

 トイレに向かう他の客やルームサービスを運ぶ店員などが通りがかりにチラ見していくということも時には起こりえるだろう。

 だが、今回の彼女の話の『きらら』については、どうやらそういう単純な話ではなかった。


「最初は、どこから見られているのか、はっきりわからなかったらしいんだけど……どうもその視線は、()()()()()()、向けられているように感じたんだって……ほら、そういう時ってあるじゃない? 特別に勘が良いとか、霊感があるとかじゃなくてもさ、なんとなく誰かから見られているような視線を感じる時って……例えば、かくれんぼで鬼の役をしている時に、見えなくても近くに隠れている友達の息づかいとか、視線とか、そういう()()を感じる時みたいな……ああいう感じ……」


 と、カーディガンのサブカル系ギャルの彼女は、舞夏へ向けて補足説明をした。

 ともかくそういうことで、歌い手としての練習や収録のためにヒトカラをしている際、きららは時々そういった()()()()を感じることがあるようだった。

 だがその度、カラオケボックスの部屋中を見回してみたところで、その視線の正体を捉えることは結局できなかった。

 きららは霊感も霊視能力もない普通の女子高校生だったので、それは当然のことだった。

 それに、件の店は改装したてで最新機材まで導入された新しい店舗だ。真新しい店のため、この手の話によくある『お客を入れられない開かずの部屋』や『機材のトラブルやラップ音』などといった定番の()()も確認できなかった。

 実際、新しい店舗になって客入りも上々なため、きららも毎回同じ部屋に入れるわけではないし、その視線を感じるのはその時によってまちまちで、少なくとも、特定の部屋を使用したからといって必ず起こるといった性質のものではないようだったのだ。

 そのため、きららとしても「きっと、気のせいだよね……」と気にしないように努めて、せっかくの最新機材の揃ったその店を利用するようにしていた。

 だが、そんなある日のことだ。


「その日は久しぶりに友達と一緒に歌いに来て、友達にスマホを預けて、歌ってる所を録ってもらってたんだけどね──」


 彼女は歌い手『きらら』としての歌ってみた動画投稿するために、その日は友人に撮影係をしてもらいながらカラオケを歌っていたのだという。

 当時の流行りのアイドルグループの楽曲をノリよく振り付けつきで歌う彼女の姿を撮影し、歌ってみた動画は問題なく撮影できていたのだが、その友人はスマートフォンを返す際に動画撮影を止め忘れていたらしい。


「まぁ、投稿する前にその余分な部分は編集して削除しちゃえばいいだけだから、どこから部分削除の編集すればいいのか確認するために、その場で動画を確認してみたんだよ……そしたらね──」


 カーディガンのギャルはそこで如何にもそれっぽく言葉を溜めると、琥珀色のカラーコンタクトを入れているらしい目で、舞夏の両目を真っ直ぐ見据えながら、徐に右手の人差し指を上へと向けて言った。


「──天井の、業務用エアコンの羽の隙間から、()()()()()()()()……()()()()()……あぁ……()()()()()()()()()……」


「っ!?」


 と、カーディガンのギャルの視線にまんまと誘導され、舞夏は思わずカラオケボックスの天井埋め込み型の業務用空調を見上げていた。

 が、もちろん、そこには()()()()()()()()()()()など、存在していなかった。

 空調は真夏のカラオケボックスの室内を快適に保つために冷風を送り続けているのみで、なんの問題もなく稼働している。


「……ふふっ、引っかかっちゃった?」


 まさかと思いながらも目を凝らして送風口の羽の隙間をしばらく視線で辿っていた舞夏に、カーディガンのギャルはイタズラが成功したとほくそ笑みながら、ネタばらしをしたのだった。


「えっ、えぇ~! ……ひ、酷いです!」と、舞夏は自分を騙したことに対する非難を口にしたが、


「……まぁ、でも、まんまと騙されてしまうくらいには、話、お上手でしたよ。それこそ、そのまま今の怪談話、スマホで雑談配信とかされても良かったんじゃないでしょうか? ……あぁ、でもそれだと、歌い手じゃなくて怪談配信者になっちゃいますかね? あ、あははは……」


 と、社交辞令半分の愛想笑いで取り繕いながら、内心で胸をなで下ろしていたのだった。

 なぜなら、目の前のカーディガンのサブカル系ギャルの彼女が「()()()()()()()()()()……」と天井の空調を指し示したその時、舞夏は確かに……()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 そんな舞夏が人知れず感じた嫌な感覚を知ってか知らずか、カーディガンの彼女は舞夏のお世辞に肩を竦めながら「それはありがと」と軽く返すと、


「でもほんと……その時のきららも、素直にそのまま動画を削除しちゃっていればよかったのに……ね」


 と、意味深な言葉と共に、『きらら』の話の続きに戻ったのだった。



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