とある深夜のカラオケ店で……
「ふぅぅー……うん。結構、歌ったねー。ちょっと休憩……っと」
そう言って、片手に握ったマイクをそのままにピンクのカーディガンを羽織った制服姿の女子高生は、『ヘビーローテーション』を軽く振り付けつきで歌いきったその余韻に浸るようにカラオケボックス備え付けの合成革のソファーへと背中を預けていた。
そして、そのすぐ隣に座っていた、地元商業高校の白いブレザー式学生服を身にまとった眼鏡の女性、篠原舞夏へ視線を向けると、
「あ、おねーさんも歌う?」
と、黒髪ではあるが内側にオレンジのインナーカラーの入ったサブカル系らしいピンクカーディガンのギャルJKは、舞夏へ微笑みかけながら手に持ったマイクを差し出す。
しかし、当の舞夏は、
「い、いえ、私は……あまり歌うのは得意ではないので」
と、いつの間にか小鼻に沿ってずり下がってきていたリムレスの眼鏡を直しながら、遠慮してそう答えていた。
カラオケボックスに来ておいて、歌を歌わないというのはどうなのか? とも思われるが、垢抜けない童顔な顔立ちに眼鏡を掛けたボブカットという文学少女系の見た目の舞夏は、まさしく見た目通りの気弱な少女のようにどこかあせあせとしながら、部屋に集まった顔ぶれを改めて見回した。
N県某市、人口約八万人の田舎町のカラオケ店で、23時を過ぎようかという今、この一室に揃っているのは篠原舞夏の他に四人。全員、それぞれ女子高校生の制服をまとっていた。
一人は今ほど舞夏の隣に腰を掛けたピンクカーディガンのギャルJKであるが、残りのもう三人はというと、まず一人は脱色したらしい金髪に、しっかりと焼かれた浅黒い日焼けの肌に鼻ピアス、スカート丈を膝上の際どいところまで詰めたミニスカートのセーラー服の制服に、足にはルーズソックスという、まさしく懐かしのガングロ黒ギャルJKだった。
またもう一人は、セミロングの明るめの茶髪に、程よく小麦色の顔に全剃りして細く描き入れた眉、リボンを省いてブラウスの胸襟を大きく開けた紺のブレザー式制服で、下は黒ギャルの彼女と同じくミニスカート、そしてそのさらに足下は厚底ブーツという、こちらもまた懐かしいアムラー系のギャルJKだった。
さて、そして最後の四人目はというと、これまでのギャル三人とは系統が一気に変わって、絹のような黒髪ロングをポニーテールに結わえ、透き通るような白い肌に、切れ長の目と通った鼻梁の、ここに居る五人の中で一番と言ってしまって過言ではない程に顔立ちの整った美人だった。
上下黒色で統一された古式ゆかしい黒セーラーに、血のように赤い三角スカーフを締めたその清楚系美人は、出入り口にもっとも近い位置のソファーの左端で一人、顎を引いた良い姿勢で、淑やかに座っている。
が、カラオケボックスにそろった面々をそれぞれ改めて観察するように見回していた舞夏は、瞬間、テーブル向かいのその美人と視線がバッチリとかち合ってしまっていた。
まるで見た者の内面を見透かそうとするような、その切れ長の目に見つめられて……舞夏は思わず、自分から目をそらしていた。
他は、舞夏の右隣にはアムラー系のギャルJKがカチカチと携帯をいじりながら座っており、もう一方のガングロの黒ギャルの方はつけ爪のラメの状態でも確認しているのか自身の手元を眺めながら、カラオケ機材とモニター前の、部屋の最奥に位置する一人掛け席に足を組んで気怠げに座っている。
「……じゃあ、そっちのポニテの美人さんは? まだ歌ってなかったよね?」
と、舞夏にカラオケの交代を断られてしまったピンクカーディガンのサブカル系ギャルは、今度は黒セーラーの美人へマイクを差し出した。
30分ほど前に舞夏がこの部屋に訪れた際、他の四人はすでにそろっていたが、おそらく、舞夏と黒セーラーの美人以外は、すでに一巡以上は歌っているらしい様子だった。
そのため、ピンクカーディガンの彼女は気を使って二人に順番を回そうとしたようだが、当の黒セーラーの美人は、声を発さず、両目を瞑って、ゆっくりと首を横に振っていた。
そんなミステリアスかつ優美な所作で拒否を表明した黒セーラーに、「ああ、そう……? まぁ、歌いたくないのなら、無理に歌わなくても別にいいけど……せっかく来たのにもったいなくない?」と、カーディガンの彼女は困惑したように苦笑しながらマイクをテーブルの上に置いたのだった。
「んー、それならカラオケはちょっと休憩して、なんか話でもする?」
と、カーディガンの彼女は気を使ったように話題を切り替えて、舞夏の方を見ながらそう言った。
「なんか面白い話ない? ほら、最近身近で起こった変わった出来事とか、偶然聞いたうわさ話とかさ? ……このままカラオケもしないで過ごすのも暇だし……何かない?」
と、誰もカラオケをしないのならば、せめて何か話でもして暇を潰そうではないかと、カーディガンのギャルは舞夏へ視線を向け、提案した。
舞夏としてもその気遣いの意図は十分に理解はしていた。
だがおそらくはお互いについ先ほど顔を合わせたばかりの、まったく初対面の五人が集まっているに過ぎないこの場で、カーディガンの彼女の言うような話題で面白く話せそうなものなど舞夏にはさっぱり思い付かなかった。
そもそも篠原舞夏は見た目の通り、気の利いた雑談を初対面の相手に気兼ねなくできるような陽キャではない。それは舞夏自身、自認するところだった。
(うあぁ! ど、どうしようっ! そういう雑談とか、コミュニケーション取るのが苦手だから未だにちゃんと就職決められてないくらいなのに! ……で、でも、陽キャっぽいのに陰キャな私なんかに気づかいしてくれる年下っぽい女の子相手に、これ以上気を使わせるのはさすがに申し訳ないし……うぅ~……)
と、内心で非常に焦る舞夏に、
「ん~……じゃあさ、今、夏だし、怖い話とかでもいいよ? ほら、怖い噂話……とか。そうだね、ちょうど今私たちが居るみたいなカラオケ店の怖い噂……なんて、知らない? あたし、そういうの結構好きなんだよねぇ~。『歌ってみた』だけじゃなくて雑談動画の投稿とか、人気出るならしてみたいし?」
と、助け船のつもりか、カーディガンのサブカル系ギャルの彼女は思わぬ方向に話の水を向けてきたのだった。
そうしてそんな風に話題を振られ続けた舞夏は、これを言って良いものだろうかと悩み、「うぅ~っ」と呻きつつも、ついに──
「うーんと……む、昔、私が二歳か三歳の頃に、この町のカラオケ店のトイレで首つり自殺がでちゃって閉店になっちゃったなんて……ずいぶん前に、そんな噂を聞いたことがあるくらい……ですかね……私なんかが知ってる、カラオケ店にまつわる怖い話となるとぉ……」
必死に記憶を探った舞夏は、どうにかそう答えて、「あ、あはは……」と、取り繕うように笑って、噂話としても、怪談話としても、ボリューム不足な薄っぺらい話の内容を誤魔化した。
だが意外にもカーディガンの彼女は舞夏のそんな薄い話に「うんうん、なるほどね」と頷くと、
「お店になにかしら悪い事が起こって、そのまま閉店しちゃうって、よくあるらしいもんね? ……特に、こういうカラオケ店みたいな、建物の中を細かく各部屋で仕切った構造で、防音設備のために最低限の窓数や空調で密閉空間をあえて作り出す……みたいな建物って、どうしても空気がこもっちゃって澱むらしいもんね……そういう場所って、悪い気が溜まる一方だから、悪いことが起こりやすくなるなんて、よく言うよね? ……悪い空気が溜まってるから、働いている人たちの心身もそれに引っ張られちゃって、人間関係まで悪くなったり、人だけじゃなくて機械も調子が悪くなって誤作動を起こしたり…………そうして、時には、心霊騒ぎまで起こったり……ね?」
と、笑顔で同調して話をしていたはずの彼女は、気づけば徐々にトーンを落としながら、そんなオカルト的な内容を舞夏に向けて語り出していた。
にこやかだった彼女は、そのオカルト的な話の内容に比例させるかのように、表情でも暗い雰囲気を作って、
「どうせだし、聞いてくれないかな? あたしの怖い話。……エピソードトークの練習に付き合うと思ってさ」
と、ピンクカーディガンにオレンジインナーカラーのサブカル系ギャルは、雰囲気に飲まれ、生唾まで飲み込んだ篠原舞夏に有無すら言わさぬうちに、怪談話を語り始めてしまったのだった。
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