外交官
桜庭総理から時間を惜しむような、ストレートな質問を受ける。
「異星人の宇宙船から発信されていると言われているメッセージは、本当に異星人からのものですか。もし、異星人からのメッセージであれば、その根拠を説明してください」
あまりにも直接的な質問に、私は一瞬言葉を失った。しかし、私は日本異星文明探査センターで長年、地球外知的生命体からの信号を探してきた信号解析の専門家だ。
「私は、あのメッセージは地球に接近している宇宙船から発信されていると確信しています」
桜庭総理はじめ、会議の出席者には、ため息とともに、“やはりか”という表情が浮かぶ。
「理由は三つあります。一つ目は、素数の時間間隔で送信される強力すぎる携帯電話の通信プロトコルです」
「意図的に、素数になる分単位でのメッセージの送信は、自然発生した信号でなく人工的な信号であると判断できます。また、ご存じの通り、携帯電話の電波は非常に弱いものです。日本国内でも電波が届かない場所があるほどです」
「異星人は、地球上で最も多く使われている音声通信が携帯電話であることを熟知した上で、地球の科学では再現できないような強い携帯電話の信号を使用したと考えられます」
私は、専門用語が入らないように言葉を選びながら、一つ目の理由を説明する。
「あぁ、異星人は携帯電話について熟知していた……」と出席者からの呟きが聞こえる。
「二つ目は、SNSにアップされていた宇宙船の写真です。あの写真に写っていた宇宙船は、いまだに公開されていないボイジャー1号が撮影した宇宙船と同じでした。さらに、ボイジャーからの映像よりはるかに解像度が高い映像でした」
「そして、三つ目は、メッセージの発信地点の移動です。太陽圏外から火星付近への短時間での移動。少なくとも、光速に近いか、それ以上の速度で移動したとしか考えられません」私は、このメッセージが異星人の宇宙船から発信されたものであると考える根拠を説明した。
「信号発信地点の変化に間違いはありませんか?測定ミスの可能性は?」
桜庭総理から質問があがる。そう、私達研究者や観測者が何度も何度も自問自答した質問だ。
「世界中の何十という観測所が協力して検証した結果です。技術的なミスも人為的ミスもありません。」
私は、呼吸を整えた後で質問に答える。
「信号発信地点が、太陽圏外から火星付近に一瞬で移動したことは間違いのない事実です」
私の答えに、桜庭総理は深いため息とともに俯き、小さく呟いた。
「日本初の女性総理というだけでも荷が重いのに、異星人と会談を行う史上初の国家元首になるなんて……」
私は、この呟きで、日本政府が異星人との会談を行うことを知った。
桜庭総理は顔を上げ、この会議が一区切りついたことを私に告げる。
「高橋さん、ありがとう。あなたの意見で、日本のそして世界の科学技術で検証を行っても異星人が来訪している事実が確認できました」
「これから、異星人来訪を前提とした政府の会議を行うので、本日のところはお引き取りください」
そして、私は帰りしなに関係者と思われる人物から、IDカードと政府支給の携帯電話を渡された後、帰宅するのであった。
異星人の来訪は判っていたが、地上からの観測でも、異星人の宇宙船が地球に接近していることが確認できているのであれば、覚悟を決めるしかない。
日本の政治を担う総理大臣として、私は早急な対応を行う必要があった。
「このまま、会議の内容を『異星人との接触への対策会議』と変更します。時間がありません。会議出席者の強い協力をお願いします」
私、桜庭 明日香をはじめ、日本の閣僚が異星人の来訪を信じているのには、理由があった。
昨日行われていた閣僚との会議中に、携帯電話が鳴ったのだ。私の政府支給の携帯電話だけではなく、会議に出席しているすべてのメンバーの携帯電話が。
着信した電話からは、異星人との遭遇を描いた有名な映画のテーマ曲がながれた。そしてその音楽は、会議の出席者全員が電話に出るまで続いた。
全員が電話に出たとき、電話から聞こえてきたのは、落ち着いた口調で話す男性の声だった。
「会議の最中、申し訳ございません。ノクティス帝国外交官のゼノ・エンボイと申します。日本政府にお願いがあり、ご連絡いたしました」
会議室の音が止まる。いや、携帯電話のスピーカーから流れる同じ男性の声だけが、この会議室で発される音に変わる。
「会ったこともない日本政府の皆様に、お願いを申し上げるのに、姿をお見せしないのは失礼ですので、ホログラムで恐縮ですが、そちらに伺います」
そして、ノクティス帝国外交官を名乗る男性は、会議室の末席に姿を現した。
「お初にお目にかかります。ノクティス帝国外交官のゼノ・エンボイです。このホログラムを通じて会話ができますので、皆様は電話を仕舞って頂いて結構です。」
会議室に現れた男性は、ダークネイビーのスーツにミッドナイトブルーのネクタイを締めていた。そのネクタイは、光の当たり方によってわずかに星屑のような光沢が見えた。そして、そのスーツの襟には、ノクティス帝国の国旗と思われるシンボルが輝いていた。
挨拶をする笑顔と穏やかな声は、彼が友好的な異星人であることを思わず信じてしまいそうになるほどであった。
魔法や集団幻覚と言われたほうが納得できるような状況から、私や、会議の出席者が理性を取り戻し、状況を正しく判断できるようになるには、数分を要した。
長い沈黙の後、私はゼノ・エンボイ外交官の挨拶に答える。
「日本の総理大臣をしている桜庭 明日香です。初めて異星の方とお話できたことをうれしく思います」
日本の国家元首として、異星人の外交官であっても対等な立場で言葉を交わさねばならない。予想もできない事態に考えられることは少なかった。
「こちらこそ、貴重な会議の時間を奪うようなことをして申し訳ございません。どうしても、日本政府の方にお願いしたいことがございます」
会議室が静寂に包まれる。
銀河系を超えてきたとSNSで公表している異星人。お願いという命令ではないかと、全ての会議出席者が考えていたのだろう。
「貴国と友好的な関係を築くために、できる限りの協力を惜しみません」
一瞬の躊躇の後に言葉を続ける。
「しかし、日本政府として、対応できないこともあることをご理解ください」
長い政治家生活で、これほど胃が痛くなったのは初めてだった。
そして、その後語られたノクティス帝国からの依頼とは、「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました」のメッセージの通りであった。
エンボイ外交官の話は、まるでSF映画やアニメの話であった。
ワープ航行中の宇宙船が爆発して、その宇宙船に搭乗していたノクティス帝国の第七皇女殿下が脱出ポッドで地球に避難した。
その際、地球人に異星人とばれないように子猫にメタモルフォーゼ機能で変身した。
だが、生命維持装置が故障していたため、体温低下を招き、意識を失っていたところを、日本の青年に助けてもらった。
この青年に第七皇女殿下が直々にお礼を言いたい……
ワープ航法や脱出ポッド、メタモルフォーゼ機能など、理解できない部分が沢山あったが、理解できた範囲で会話を続ける。
「日本政府に対する依頼とは、第七皇女殿下を保護した、日本人青年を探し出して、謝意を伝える会場を用意して欲しい。でよろしいでしょうか」
エンボイ外交官は、我が意を得たりとばかりの満面の笑みを浮かべる。
「その通りです。皇女殿下の命をお救い頂いたこと、ノクティス帝国皇帝陛下をはじめ、すべての帝国臣民が感謝しております」
「ルナリア第七皇女殿下の恩人である“タチバナリョウヘイ”様に謝意を伝える場所を設けていただきたいのです」
皇女殿下を助けたお礼を伝えたいとの気持ちに、私は応える。
「日本国民が、遭難された貴国の皇女殿下の救助の一助になったことは喜ばしいことです。日本政府も喜んで協力しましょう」
皇女殿下を保護した恩人に対する謝意を伝えたいという依頼に、一瞬安堵した私は、外交戦で完全に負けていたことに、この後気づかされる。
「私達のノクティス帝国は、皇女殿下の恩人である“タチバナリョウヘイ”様に爵位を与える用意があります」
「ルードヴィヒ・ノクティス皇帝陛下の許可は、もちろん出ているのですが、手続き上、貴族院議会の許可が必要です。貴族院議会の許可が下りるまで、しばしの間、日本国の領域内に留まることを併せて許可していただきたいのです」
「もちろん、私達の宇宙船は原子力を動力に使っておりませんし、核を使用した兵器も搭載しておりませんので、ご安心ください」
エンボイ外交官の笑顔は、ベテラン外交官のそれであった。