メッセージ
その日、グリーンバンク望遠鏡やパークス電波望遠鏡など、世界中の地球外知的生命体探査を行っている観測所や電波望遠鏡では一つの信号を捕らえていた。
そして、その信号は日本の日本異星文明探査センターでも確認されていた。センター職員の私、高橋 美智子は、この正体不明の信号について、木村センター長に報告を上げる。
「木村センター長、この信号、どうやら規則的な間隔で送信されているようです。二分、三分、五分、七分、十一分、十三分…これは十六進数の一桁で表すことが可能な素数です」
「素数…?」木村センター長の眉が動いた。
「はい、しかもこの信号の内容は日本語で『私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十八日後にお会いしましょう』と繰り返されています」
世界中の観測者や研究者は、地球外知的生命体発見の可能性に心躍った。
しかし、彼らはこの信号についての情報を観測者や研究者以外には漏らさなかった。
なぜならば、この通信信号は、地上で一般的に使われている携帯電話のプロトコルであり、他の天体から発信された電波としては、あまりにも強すぎる電波強度であったからだ。
本来であれば、通常のSETI探査では捉えられないはずの周波数帯の信号。
しかし、その極めて強い信号は、本来の観測対象を覆い隠すほどの影響を与えたため発見されたのだ。
さらに繰り返される通信内容が、「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十八日後にお会いしましょう」という日本語のメッセージであったこともあって、観測者や研究者が、この信号を新作アニメのプロモーション活動の一環だと想像するのも当然のことであった。
彼らは、まずこの信号についての情報を共有し、精査することを優先した。
観測者と研究者は困惑していた。地球に到達した電波の時間差から、この信号の発信地点は太陽系外であることが確認できた。
太陽系外と言っても、他の恒星系からではない。精確に言うなら太陽圏外。ボイジャー1号よりも少しだけ地球から遠い位置から発信された信号であったのだ。
この時には、メッセージは「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十六日後にお会いしましょう」に変わっていた。
そして、この強すぎる信号はアマチュアの異星人研究家やSFファンにも発見され、世界中のSNSでは、多数のスレッドが立っていた。
信号の発信源がボイジャー1号の進行方向にあることから、NASAはボイジャー1号に信号の発信地点と考えられる宙域の撮影を命じた。
ボイジャーがNASAからの信号指令を受信するまで約二十二時間。そして撮影された映像を地球で受信するまで、さらに約二十二時間。
世界中の地球外知的生命体探査に関わる観測者や研究者が、ボイジャー1号が撮影した映像を確認した時には、メッセージは「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十三日後にお会いしましょう」に変わっていた。
ボイジャー1号が撮影した映像。そこには驚愕すべき光景が広がっていた。一面を埋め尽くす宇宙船の船団。そして、その中央には、写真に写っている全ての宇宙船を収納できるであろう巨大な円盤状の母艦とも呼ぶべき宇宙船の姿があった。
地球外知的生命体探査に関係していた全ての観測者や研究者は理解した。この計画が始まって以来最初に受信した異星人からのメッセージは、何十光年も遠く離れた恒星系の惑星が放った電波信号ではなく、地球との接触を目的として太陽系に接近した宇宙船から送信されたメッセージであったことを。
そして、未知の異星人との接触、ファーストコンタクトが、二十三日後に起こるであろうことを。
「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十三日後にお会いしましょう」
そう、このメッセージは、異星人からのカウントダウンでもあった。
観測者や研究者はそれぞれの政府の関連部署に、この異星人からのメッセージについての報告を上げた。
しかし、この報告を真面目に受け止める政府機関は、どこにもなかった。
「日本語による異星人の地球への来訪メッセージが、携帯電話の通信プロトコルで送信されています」
世界中の地球外知的生命体探査を行っている機関で確認された事実であっても、研究者本人が信じられないような報告を、他の誰かに信じさせることは無理であった。
そして、「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。二十一日後にお会いしましょう」にメッセージが変わった後に、SNSの書き込みに変化があった。
『ノクティス帝国外交団』というアカウントが情報発信を始めたのだ。ボイジャー1号を取り囲む大宇宙船団の一枚の写真とともに。
その宇宙船の姿は、いまだNASAが公開していないボイジャー1号が撮影した船影と同じであった。
そして、その投稿には、『地球からの友好の使者、ボイジャー1号との近影』のメッセージが添えられていた。
私は、異星人の計略により地球は一週間という貴重な時間を無駄にしたのではないかという思いに恐怖した。
私の想像に反し、『ノクティス帝国外交団』を名乗るアカウントの書き込みは、極めて温厚なものであった。
このアカウントへ書き込みを行っているユーザの大多数は、宇宙船来訪ネタに作られたジョークサイトと考えているのだろう。
『どうして、メッセージが日本語なのですか』 → 『我が帝国の皇女殿下をお救いいただいた恩人が日本人だからです』
『どこの星から来たんですか』 → 『アンドロメダ銀河のアウローラ恒星系のノクティスと呼ぶ惑星です』
『銀河系間の移動なんて時間がかかりすぎて無理ではないですか』 → 『ノクティス帝国は三つの銀河系からなる国です。各銀河系間は、ギャラクティック・ゲートと呼ばれる人工のワームホールで結ばれており、瞬時に移動できます』
無邪気にSNSを楽しむ人達と違い、異星人の来訪の事実を知っている私は、書き込みの内容に恐怖を覚えるしかなかった。
そして、異星人からの通信を初めて確認してから二週間後。通信内容が変わる。
「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。十五日後にお会いしましょう。明日私達は火星の衛星軌道に移動します」
この時点で、異星人の来訪という史上初の出来事に公式に対応している国家はなかった。
しかし、民間はちがった。大口径な天体望遠鏡を持つアマチュアは言うに及ばず、数多くの天文台や天体観測の施設を持つ大学は、火星に向けた観測態勢を整えていた。
これは、SNSへの書き込みが原因だ。
『どんな宇宙船で来たんですか』 → 『一番大きな宇宙船は、地球の単位で直径十二キロメートルの宇宙船です。その他、百艦以上の全長五百メートルから七百メートルの宇宙船からなる宇宙艦隊です』
この大きさの宇宙船であれば、地上からの光学式の天体望遠鏡でも確認できるかもしれない。皆がそう考えたのだ。
SNSにアップされていた白銀色に輝く巨大な円盤状の宇宙船。宇宙船の光の反射率が非常に高ければ、地上の大口径光学天体望遠鏡で観測すれば、夜間に火星上に輝く点として見えるだろう。
テレビ局によっては、民間の天文台を訪れ、特別番組を組んでいた。これは日本だけのことではなかった。
そしてこの日、ハッブル宇宙望遠鏡やチリのベリー・ラージ・テレスコープ(VLT)やハワイのケック望遠鏡といった地上のいくつかの大型望遠鏡では、火星付近に輝く点が発生したことを確認したのだった。
「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。十四日後にお会いしましょう」
世界各地の地球外知的生命体探査を行っている機関が情報を共有する。そして、この信号の発信地点が火星付近であることを確認する。
たった二分前の「私達は友好的な異星人です。恩人にお礼を言うために来ました。十五日後にお会いしましょう」の信号の発信地点が太陽系外部であったのにだ。
この時点でも世界各国の対応は分かれた。異星人の来訪を信じる国と信じない国に。
日本は、異星人の来訪を信じる国であったようだ。私は日本で最初に異星人からのメッセージを確認した専門家として政府の会議に呼び出されていた。
会議室には日本初の女性総理大臣である桜庭 明日香総理大臣をはじめ、政府の主要大臣が参加していた。
そして、その表情には強い焦燥感が現れていた。
「日本の政府関係者で、異星人の来訪を信じていない者はいません」
「異星人との接触についての専門家など、いないことは判っています。それでも専門家や研究者の意見を聞く必要があるのです」
「異星人の宇宙船は十四日後に、この東京に来ます」
総理が語る言葉は、私には重過ぎるものであった。