貴族院大会議
「ルードヴィヒ・ノクティス皇帝陛下の招集による緊急の貴族院大会議を開始します」
貴族院議長であるイオリス・アストラリス議長により、貴族院大会議の開催が告げられる。
貴族院議事堂の大会議室には、帝国中の貴族議員が参集しており、その人数は千名をこえていた。
数名の参加者はホログラムのようだ。急な会議開催のため、貴族院議事堂への移動が間に合わなかったのであろう。
今回の緊急の貴族院大会議の開催目的は、この会議に参加したどの貴族にも知らされていない。もちろん、アストラリス議長も開催の意図を知らない。
ノクティス帝国宰相である私、コンラッド・プルーデンスは、政策支援AI“ドラドツァ”と共に傍聴席から会議の行方を見守っていた。
そして、後世ノクティス帝国の歴史に「皇帝ルードヴィヒの問い」として語られる皇帝陛下の演説から、緊急貴族院大会議は始まった。
「諸君、我が帝国の貴族たちよ。急な召集にもかかわらず、本日の貴族院大会議に参集してくれた事に深く感謝する」
会議場に低く力強いノクティス皇帝陛下の声が流れる。
この会議が開催された理由を知らない貴族院議員の面々は、訝しげな表情を浮かべながらも皇帝陛下に注目し耳を傾けている。
「先日は、我が娘ルナリアの遭難で、卿らにも心配をかけた。そして、この件に関しては、卿らにも秘密にしていたことがある。まずは、それを謝罪したい」
ノクティス帝国は、科学技術を背景とした理想的な君子政治とはいえ専制君主制の帝国。貴族院大会議という公式の場での皇帝陛下の謝罪。貴族院議事堂に静かなざわめきが満ちる。
気づけば、汗ばんだ手のひらを強く握りしめていた。隣のドラドツァのホログラムも食い入るようにノクティス皇帝陛下を見つめている。
「天の川銀河の辺境に、太陽系と呼ばれる恒星系があり、この恒星系の第三惑星は、将来我が帝国の隣人、もしくは帝国の一員ともなりえる未成熟惑星、その惑星の住民による呼称で『地球』と呼ばれる惑星がある」
「第七皇女ルナリアは、この未成熟惑星『地球』に隠密りに潜入し、ある調査を行う目的で該当宙域を航行していた。この行動については、卿らに深く謝罪したい。そして、この宙域で遭難事故は起こった。これは偶発的な事故ではなく、調査を妨害するためにルナリアの謀殺を目的としたテロ行為であったことを併せて報告したい」
議事堂内のざわめきが大きくなる。
皇帝陛下は、アストラリス議長、そして議事堂内の貴族院議員に視線を移し、淀みなく言葉をつむぐ。
「未成熟惑星への接触禁止政策に抵触する行為だ。しかし、なぜルナリアにその命を下したか、その理由を聞いてほしい」
貴族院議員の視線は、ノクティス帝国の諮問機関である貴族院の一員である責任感と自負に満ちた強く、そして冷静な視線であった。
「貴族院議員の表情からは、皇帝陛下に対する疑惑と信頼の葛藤が読み取れます」
ドラドツァは、表情も変えず冷静な声で議事堂の様子を伝える。
そんなことは判っている。私はさらに拳に力を込めていた。
「我が帝国は、未成熟惑星への接触禁止政策を行っている」
「接触禁止政策の第一項、自らの恒星系外への探査が可能な科学力を有すること。第一項は、科学技術の発達が進んでいない惑星住民が、高度に発展した科学技術を魔法や神といった超常の存在と誤認しないようにとの配慮からの条項である」
「接触禁止政策の第二項、異星人の存在を肯定し、友好的な交流のメッセージを宇宙に向けて放っていること。第二項は、我が帝国の接触が、未成熟惑星住民のパニックを誘発しないようにとの配慮からの条項である」
「接触禁止政策の第三項、千年以上にわたり、政治問題の解決方法として戦争という手段をとっていないこと。第三項は、未成熟惑星とのファーストコンタクトが星間戦争という不幸な結果を招くことなく、理性的な会話による接触という希望からの条項である」
陛下は未成熟惑星への接触禁止政策の条文と、その条文が作られた背景を落ち着いた声で説明する。
議事堂につどう数名の貴族院議員が頷いていることが見て取れる。過去に未成熟惑星であった惑星が、帝国との交流を元に良き友人、帝国の一員となり、この会議に参加しているものも少なくない。未成熟惑星への接触禁止政策の意図は、元から帝国臣民であった貴族院議員よりも身にしみて理解しているのであろう。
「未成熟惑星への接触禁止政策は、この宇宙に生まれた友人や兄弟姉妹として、それぞれの星々に生まれ育った多様な文明を尊重したいという我が帝国全ての臣民の願いであると私は理解している。この考えに異を唱える者はいるか」
陛下は語気を強め、議場を見据える。貴族院議員達は、無言の首肯により皇帝陛下の言葉を肯定する。
「ありがとう」
皇帝陛下は、短いが心からの感謝を感じられる言葉を述べた。
アストラリス議長は、目を見開き皇帝と議場の貴族議員を見つめ続けている。
貴族院議事堂の厳粛な建築様式は、ノクティス陛下の言葉にノクティス帝国の歴史と責任という威厳を与えているかのようだった。
「我々皇族は、一つの情報を得ていた。卿らには明かしていなかった情報だ」
陛下は言葉を切り、長い沈黙をはさみ言葉を続けた。力強い声だ。
「我が帝国に反意を持つ者が、この未成熟惑星である地球に潜入していた。その目的は、『接触禁止政策の第三項、千年以上にわたり、政治問題の解決方法として戦争という手段をとっていないこと』、この条項を実現させないために、この惑星に介入し、この惑星の住民達に止むことの無い永続的な戦争を続けさせることであった」
ノクティス皇帝陛下は、拡声された言葉にノイズが入るほど、強く発言台を叩く。この議事堂にいる全ての者が皇帝陛下の怒りを感じたであろう。
「接触禁止政策の第三項を逆手にとった帝国の理念に反する者達の行為に、ノクティス帝国は目をつぶってよいのか。我が帝国の接触禁止政策の第三項のために、この未成熟惑星で戦争の犠牲者が日々生まれているやもしれぬ状況へ手を差し伸べずによいのか」
皇帝陛下の言葉に、議員達は驚愕の表情を浮かべ、やがてその瞳は怒りの炎が浮かぶかのように厳しいものに変わる。
「私は、この未成熟惑星『地球』から不当な介入を排除することが、この遠因を作ったノクティス帝国の責務であると考えている。しかし、ノクティス帝国皇帝である私の意思が、娘をテロで殺害されそうになった私怨に基づくものであってはならない」
そして、幾度かの深呼吸の後、落ち着いた声で、この貴族院大会議の開催意図を告げた。
「未成熟惑星『地球』への不当な介入に私が強く感じている義が、諸君らの義と同じであるか。卿らに意見を求めたい。」
ノクティス帝国にも「正義」という言葉はある。しかし、この帝国で正義が語られることは極めて少ない。
自らの考えを正義として肯定し、その正義の名の下に起こした行動は誰にも止めることが出来なくなることを、この国の臣民はその長い歴史から学んでいるのだ。
だからこそ、皇帝陛下は専制君主制の皇帝という立場にありながら、政策の諮問機関である貴族院に対して大会議を招集し、皇帝自身が考えている義が、貴族院議員が考えている義と同じであるかを問うている。
『ノクティス帝国の総意を持って、地球に対する不当な介入を排除する』
先日の宮廷会議室でのノクティス皇帝陛下の言葉を陛下は実現しようとしていた。
これで、介入禁止が正しいと判断する議員が多ければ、帝国は公式に地球を支援することはできなくなる。私は、祈るような気持ちで議事堂の貴族達を見つめる。
パチパチという拍手の音が議事堂に生まれる。その小さな拍手の音は、やがて割れんばかりの音となって議事堂を飲み込んだ。
ノクティス帝国の総意を持っての、地球に対する不当な介入を排除する目的での未成熟惑星への接触が決まった瞬間であった。
「ありがとう。卿らの貴族院議員としての責任ある判断に深く感謝する。ありがとう」
ルードヴィヒ・ノクティス皇帝陛下は、この貴族院大会議が始まってから初めての笑顔を浮かべた。
政策支援AI“ドラドツァ”のホログラムが私を見つめるが、私は右手を上げドラドツァの言葉を封じた。こんな自慢げな表情をしたドラドツァの発言を聞いても苦笑いしか出ないことを、私は長い付き合いから理解していたからだ。
議場に目を向けたドラドツァ。会議用のAIに、非言語コミュニケーションが可能なインタフェースが必要と考えたエンジニアに、私は少しだけ感謝していた。