宮廷会議2
二日の後、私達は再び宮廷の会議室にいた。
出席者の表情に悲壮感はなかった。しかし、皆の堅い表情は、この会議の困難さを予想させるものであった。
「此度の会議は、ノクティス帝国と太陽系第三惑星に多大なる影響を与える。そのため、政策支援AI“ドラドツァ”も会議に参加させる」
政策支援AI“ドラドツァ”。帝国の重大な政策を決定する場合に使用されるアドバイザー役のAI。
膨大なデータベースと積層コンピュータによる迅速なシミュレーション結果から、広大な領土に生きる貴族や臣民、そして未だ交流のない未成熟惑星の住民に対する帝国の政策が与える影響を予測する。検討中の政策が実現不可能な空論になることを防ぐ助言者である。
皆が静かに頷く。この会議の結論が与える影響の大きさを誰もが理解していた。
空席の一つにドラドツァのホログラムが出現する。中性的な容姿、黒を基調とした落ち着いたフォーマルな服装。老齢と見える姿は、経験と知識の深さを感じさせる。
「ドラドツァ、起動しました。今回の会議でのアドバイザーを勤めさせていただきます」
そして、落ち着いた声で会釈をする。
会議用のAIには、非言語コミュニケーションが可能なインタフェースが必要と最初に考えたエンジニアの発想には呆れるしかない。
内務大臣オットー・ハーモニアスの報告から会議は始まった。
「内務省で行ったシミュレーションでは、未成熟惑星への反帝国勢力の排除の介入を行ったほうが良いとの結果がでました」
「むしろ、反帝国勢力の策謀により戦争が継続させられている未成熟惑星とその住民を放置するほうが臣民の怒りを買うと考えられます」
そう、この報告に違和感はない。前回の会議でも、皆にこの想いがあったからこそ、今回の会議が開かれているのだ。
「肯定します。ノクティス帝国の貴族、および、その臣民の多くは、善良で慈愛に満ちています。反帝国勢力が帝国法の隙間をついて未成熟惑星に不当な介入を行っている事実を知って、怒りを覚えない、そして、救いの手を差し伸べたいと思わない貴族や臣民は、ほぼ皆無と想定できます」
ドラドツァが、ハーモニアス内務大臣の報告を肯定する。
「外務省としては、太陽系第三惑星への接触の可能性についての検討を行いました。太陽系第三惑星、今後は現地住民の呼び名を使い“地球”と呼称します」
イザベラ・フォーサイト外務大臣は、現行の帝国法のもと、太陽系第三惑星“地球”と接触するための可能性について丁寧に説明を行った。
「接触禁止政策の第一項、自らの恒星系外への探査が可能な科学力を有すること。こちらについては、無人探査機による恒星系外への探査を実現しています」
フォーサイト外務大臣は、出席者を見渡した後、報告を続ける。
「接触禁止政策の第二項、異星人の存在を肯定し、友好的な交流のメッセージを宇宙に向けて放っていること。こちらについても、二進数による地球および地球に住む人類の紹介メッセージの他、多数の電波による友好的メッセージの発信を確認しております。また、先に報告した無人探査機にもメッセージプレートが収納されていることを探査機に対するトレースから確認できております」
そして、深いため息をつき、第三項に対する報告が行われた。
「接触禁止政策の第三項、千年以上にわたり、政治問題の解決方法として戦争という手段をとっていないこと。第三項については、地球は戦争が継続され続けております。ただし、この戦争の継続が反帝国勢力の介入によるものかどうかの確認までは取れておりません。以上のことから、現行の帝国法の下では、地球と公式に接触することは非常に困難であるといわざるを得ません」
フォーサイト外務大臣は、残念そうに発言を締めくくった。
ドラドツァの発言を視線で制しながら、フェリックス・クロイツ法務大臣が申し訳なさそうに発言を引き継ぐ。
「接触禁止政策の第一項、自らの恒星系外への探査が可能な科学力を有すること」についてですが、過去に帝国が未成熟惑星と接触を持ったケースは、有人探査機による恒星系外への探査のみで、無人探査機による探査の時点で接触を図ったことはありません」
ドラドツァが、フォーサイト外務大臣を見つめ発言する。
「おっしゃるとおり、地球はいまだ戦争による問題解決を行っており、接触禁止政策の第三項を考えると接触条件を満たしていないと考えるしかありません」
そして、クロイツ法務大臣に視線を移す。
「たしかに、過去において無人探査機による恒星系外探査で接触を図った事例はありません」
そして意味ありげな笑みを浮かべて、政策支援AIとは思えない文字通り法外な発言を行った。
「ご存じの通り、接触禁止政策は、未成熟惑星の保護を目的とした法令です」
未成熟惑星への接触を制限する法令を制定したのは、ノクティス帝国から与えられた文明により、各惑星固有の文明の発達が阻害されることを防止することが目的であったはずだ。
複数の銀河系で生まれた多種多様な文明、それぞれの文明を尊重した多様性のある宇宙の実現に向けた法令。接触禁止政策が作られた背景を思い出す。
ドラドツァの発言が続く。
「では、ノクティス帝国が未成熟惑星と接触しないだけで、各惑星独自の多様性のある文明は実現できるのでしょうか……。そう、不可能なのです。ノクティス帝国に属さない異星人による未成熟惑星への接触が当たり前になれば、独自の文明の成長が困難になるのは、想像に難くありません」
ドラドツァは、言葉を切り出席者を見渡し、明らかな笑顔を浮かべ言葉を続けた。
「だからこそ、接触禁止政策は、穴の多い条文しか記載されていないのです」
「フン」と皇帝陛下が嗤う。
「我らのご先祖様は、宇宙にある文明の多様性を守りたければ、利己的な無法者どもよりも知恵を出せと仰せだ」
「であれば、帝国宇宙軍が集めた情報は有用やも知れぬ。このデータをドラドツァを含め、皆に共有したい」
リーベンタール元帥は、ポケットから取り出したメモリーカードをテーブルの上に置きスキャンさせる。
ドラドツァは驚いたように眉を上げ、そして呟いた。
「これは、使える情報です。感謝いたします」
リーベンタール元帥は、満足げに、ただ黙ってうなずいた。
「説明せよ」皇帝陛下の命に元帥が答える。
「ルナリア皇女殿下の遭難のおり、未成熟惑星の捜索に注力せよとの命により、地球?でしたかを帝国宇宙軍の艦で包囲捜索いたしました。その時に受信した地球からの電波放送です。その放送内容を信じるならば、地球の一部の地域では、一万年の長きにわたり戦争を行わなかった時代があったようです」
ドラドツァが、一部の地域について捕捉する。
「一万年の間、戦争が行われなかったのは土器や石器が使われていた先史時代ですが、この民族の末裔が作る国家は、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄を法で定めています。これは、ノクティス帝国の平和の理念と通じるものがあります」
メモリーカードに記録されていた放送映像を見ていたハーモニアス内務大臣も、何か映像を見つけたのか声を上げる。
「未成熟惑星との接触で、一番危惧するのは住民のパニックなのですが、この国の住民であれば問題ないかもしれません」
内務大臣が見つけた映像は、この国の住民が大規模な自然災害に遭遇していることを記録したニュース映像であった。
「これほど大規模な自然災害の被害に遭いながら、パニックにもならず暴動も起きていないとは……」
思わず私の口からも驚きの声が漏れる。
メモリーカードに記録された情報が、出席者に与えた影響を確認したリーベンタール元帥が、ルナリア皇女殿下を見つめて告げる。
「この国は、ルナリア皇女殿下を保護した御仁の住まう国、『日本』です」
しばしの沈黙が会議室を包んだ後に元帥は、三人の大臣に問いかける。
「この手駒があれば、ご先祖様の謎かけにも気の利いた答えが出せるのではないかな」
ハーモニアス内務大臣、フォーサイト外務大臣、クロイツ法務大臣の三人は、力強く頷いた。
会議室にルードヴィヒ・ノクティス皇帝の力強い声が響く。
「ノクティス帝国の総意を持って、地球に対する不当な介入を排除する。プルーデンス宰相は、至急貴族院の大会議を招集せよ」
「ハーモニアス、フォーサイト、クロイツの三大臣は、貴族院の貴族を納得させられるだけの地球との接触計画を立案せよ」
「ドラドツァは三大臣を支援し、地球との接触計画をより完璧なプランとせよ」
かくして、ノクティス帝国皇帝の叡慮により、ノクティス帝国と地球の邂逅に向けた歴史の歯車が回り始めた。