救難活動
「クレイオン艇長、近衛艦隊より未成熟惑星の周辺を重点的に捜索するよう通信が入りました」
センサーオペレータのアイリスが、緊迫した声で報告する。
宇宙救難艇カニーナには、ステルス機能はない。接触が禁止されている未成熟惑星の周辺宙域への捜索命令が近衛騎士団から入るということは、遭難者は皇族かもしれない。
今回の救難活動の難易度が上がったことにため息をつきたくなった。
「了解。周辺の未成熟惑星宙域に捜索範囲を変更する」
「リアナ、至急長距離ワープで移動だ」
クレイオン艇長の命令に、操縦士のリアナは迅速に反応した。
宇宙救難艇カニーナ、帝国で最高の遭難者探索能力を誇る宙航艇だ。メインのワープエンジンの他に8機のサブワープエンジンを搭載し、超長距離のワープ航法による捜索宙域への即時移動を実現している。
カニーナの前方に、周囲の星々の光が集まる。ワープリングだ。青白い環状の光が、カニーナの船体をゆっくりと包み込む。
次の瞬間、宇宙は静寂に包まれ、カニーナの姿は見えなくなった。
遭難者の捜索時には、通常空間と亜空間を数秒間隔で連続的に航行する「ホッピング・ドライブ」と呼ばれる独自の航法を用いる。
8機のサブワープエンジンを相互に切り替えることにより、連続的な短距離ワークを繰り返し行い、膨大な宇宙空間を1艇の宇宙救難艇で捜索する。
これにより、1艇で100隻の宇宙船団に匹敵する捜索能力を発揮できるのだ。
探索時の情報は、もはや人で対応できるデータ量ではなく、高速コンピュータとAIの支援が必須だ。
「救難者の捜索を開始する。ホッピング・ドライブ起動」
「ワープエンジン、オールグリーン、同期を開始します」
AIの無機質な声が、ホッピング・ドライブの起動を告げる。
ワープリングの残光が複数連なって見えるほどの連続するワープ航法。しかし、この高速な航行方法は船体に大きな負担をかけ、常時ナノマシンによる船体修復を行いながらでなければ、数刻も持たずカニーナとその乗員が救助対象になるだろう。
乗員に与える影響も大きく、特殊な訓練を受けた隊員が、耐衝撃スーツを着用しなければ、一瞬で気を失う。
ウサギが飛び跳ねるように、通常空間を短距離ワープで連続的に跳躍しながら遭難者の痕跡を探す航行方法。これが、この暴れ馬のような衝撃をもたらす宇宙船にウサギに由来する皮肉めいた艇名がついた由来でもある。
「未成熟惑星への避難であれば、脱出ポッドは自壊している可能性が高い」
「アイリス、遭難者のエマージェンシースーツからのシグナルを見落とすな」
「了解」
乗員はカニーナと一体になり、遭難者の些細な手がかりを探す。
「捜索区域アルファ1から捜索を開始します」
「アルファ1クリア、アルファ2探索開始、アルファ2クリア……」
一瞬の通常航行時に収集した捜索情報から、遭難者の痕跡がなかったことをAIが報告する。
ホッピング・ドライブのリズミカルな衝撃音と、9機のワープエンジンが奏でる轟音のセッションは、まるでライブ会場にいるかのような、熱狂的な興奮を誘う。
「チャーリー9クリア、チャーリー10探索開始、チャーリー10クリア、捜索区域デルタ1へ捜索区域を移行します」
無機質なAIの報告の声が、遭難者捜索を行っている現実につなぎ止める。
「エコー7、脱出ポッドの自壊が原因と考えられる重力場発生の痕跡を発見。通常空間での深捜索への捜索方法の移行を提案します」
遭難者の痕跡。その一報で、艇内の空気が一変する。一瞬の静寂が、隊員の決意の強さを雄弁に語った。
「ホッピング・ドライブ停止。エコー7にて、通常空間での深捜索を行う」
「「了解」」
リアナ操縦士は、カニーナを捜索区域エコー7に移動させ、センサーオペレータのアイリスは、センサーモードを深捜索へと移行する。
「太陽系、第三惑星の周辺宙域で、脱出ポッドの自壊が原因と考えられる重力場発生の痕跡を発見しました」
「通常空間での深捜索で、遭難者の捜索を続けます」
私は、近衛騎士団へ遭難者の痕跡発見の報を入れつつ、未成熟惑星の住民にカニーナが発見されるリスクを憂慮していた。
カニーナは宇宙救難艇、宇宙での遭難者を救助することを目的に建造された宇宙船だ。
そのため、カニーナ自体が遭難者から発見されやすくする思想で設計・建造されている。カニーナが遭難者にとっての希望の光であること。救助されるまでに、絶望を感じさせないことを目的に建造された船、それがカニーナだ。
しかし、未成熟惑星での救難活動となると話が違う。未成熟惑星の科学レベルで、音波や電磁波を使った探査技術が実現されていれば、カニーナは容易く発見されてしまう。
「遭難者が未成熟惑星に避難していた場合、カニーナでは救助不可能。ステルス艦の早急な派遣を要請する」
一瞬の躊躇の後、この一言を報告に添えた。乗員に緊張が走る。
「いつもと同じだ。遭難者の救助を最優先にする。しかし、法は法だ」
コンソールに視線を落とすと、深い溜息が漏れる。
脳裏に浮かぶのは、絶望の淵に立たされている遭難者の姿。遭難者を救わねばならぬという強い使命感。
カニーナは、遭難者にとっての最後の望みの光となる船。だが、その光が、未成熟惑星の接触を引き起こす火種となる可能性も否定できなかった。
「重力場発生の痕跡箇所に、多数のクロノンセル微粒子を発見しました。脱出ポッドは、この場所で自壊しています」
アイリスは、メインスクリーンに映し出された青く輝く惑星を困惑の表情で見つめ、捜索先が特定できたことを告げた。
クロノンセル微粒子が発見された場所から脱出ポッドの転送装置で転送可能な惑星は一つしかない。それは、未成熟惑星として帝国が接触を禁止している太陽系第三惑星であった。
「太陽系第三惑星での遭難者捜索を開始する」
一瞬だが言葉に詰まる。惑星上で救助を待つ遭難者の姿が脳裏をよぎる。深呼吸の後、次の命令を下した。
「ただし……、未成熟惑星であることを考慮し、現時点では現在位置からの遠隔捜索に限定する」
復唱が遅れる。当たり前だ、自分も同じ思いなのだから。
「リアナ、船体表面のナノマシンを使って、擬似的なステルス機能を付与できないか。少なくとも電磁波の吸収は欲しい」
リアナは、視線を上げ私を見つめた後、静かに頷きながら力強く答えた。
「ナノマシンによる電磁波の吸収可能です。至急ナノマシンによる電磁波の吸収に対応します」
彼女は、操作コンソールを素早く操作し、ナノマシンの調整を開始する。
「光学迷彩については、宇宙空間へのアイリス擬態程度しか実装できません。完全なステルスには……」
光学迷彩の可能性について、少し歯噛みするように言った。
ナノマシンの静かな起動音とともに、船体が藍色に変わる。光が届かぬ宇宙の暗闇ではない。カニーナは希望の光なのだから。
「現時点より、太陽系第三惑星へ接近し捜索を開始する」
「了解」
宇宙救難艇カニーナ、帝国が誇る救難チームだ。
しかし、カニーナが経験する初めての未成熟惑星の遭難者救助は、困難を極めていた。
「惑星上の生体反応は、人類に限定しても80億を上回ります。メタモルフォーゼ機能による小動物への変化を考えると生体反応での遭難者発見は事実上不可能です」
「惑星上および衛星軌道上から多数の電磁波を検出。しかし、エマージェンシースーツからのシグナルは検出できません」
無機質なAIの否定的な報告音声が、苛立ちを誘う。
「未成熟惑星のため、エマージェンシースーツからのシグナル発信がロックされていることが考えられます」
「この惑星からの亜空間通信は検出されていません。亜空間通信を通じてエマージェンシースーツのロック解除命令を送信することを提案します」
AIの否定的な報告に、アイリスが冷静な声で応じる。
その言葉は、乗員たちの間に新たな希望をもたらし、困難なミッションの中でチームの士気を高めた。
「エマージェンシースーツへのロック解除命令を亜空間通信で送信」
接触が禁止されている惑星に対する亜空間通信の発信という、帝国の法に抵触する命令。
しかし、その決断が正しかったことは、エマージェンシースーツから送信されてきたバイタルデータが示していた。
遭難者の生存が確認されるまで、それほど時間はかからなかった。
「遭難者の生存を確認。遭難者のバイタルは安定しています」
私は安堵の息を漏らしながら、近衛騎士団への報告を行った。