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星の邂逅  作者: 酒囊肴袋
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ライブ中継

「プランAの実施期限まで後一週間になりますが、地球上の反帝国勢力に動きはありません」

エリュシオン・ガライル中将から報告が入る。プリンセスガード7近衛騎士団の団長だ。皇女である私が要塞級星間宙航艦ロザリウムに搭乗して地球に向かっているため、騎士団長がロザリウムの艦長の任にあたっている。


「やはり、プランAは幸運頼み過ぎの計画だったようですね」

私は残念そうにつぶやく。


「はい、さすがに我々が月にまで接近してしまえば、それから地球を脱出することはないでしょう」


「“タチバナ”様と、日本にご迷惑をお掛けすることになってしまいますわね」

これからプランBの第二段階に入る可能性を考えると、私の心は痛んだ。

「エンボイ外交官、今回の地球との接触が、非常に困難なことであることは判っているつもりです。しかし……」

「しかし、可能な限り地球や、日本の方々の負担にならないような接触を心がけるようお願いいたします」


「お心のままに」

エンボイ外交官は、模範のような帝国式の一礼をして席を外した。


「ルナリア様、火星から地球の衛星である月まで移動します。移動速度はプランAの計画通り、ワープ航法ではなく、光速の五分の一の低速度の亜光速で移動します」

私は、静かに頷く。地球と接触する事実は、私には重圧であった。

そして、ロザリウムとその護衛艦隊は音も立てずに火星を離れた。


異星人の来訪まで七日間と迫った夜。異星人の宇宙船が移動し始めたとの連絡が入る。

「急いでください。火星から月まで一時間前後で到着しそうなもの凄い速度です」誰かの叫び声が聞こえる。


「村上総務大臣お願いします」

国民のパニックを防止するための対応を依頼する。

そして、事前に官邸内に設置していた緊急記者会見室を開放し、テレビ局のクルーを集める。


緊急対策本部にいたメンバーは、官邸の一室に集まりテレビのライブ映像を見ていた。

ロケット工学の専門家の肩書きがついた若い男性が興奮ぎみにしゃべっている。

「速い。ブルーシフトが起きている」


隣の女性アナウンサーは冷静さを保ち質問している。

「ブルーシフトとは何でしょうか。すごいことなのですか」


ロケット工学専門家は、何を当たり前のことをと言わんばかりの態度で、ライブ映像を見つめたまま答える。

「光のドップラー効果です。青方偏移とも呼ばれています。非常に速いスピードで近づいてくる物体は、青く見えるのです。」

「救急車やパトカーのサイレンの音が、近づいている時と遠ざかる時で、音の高さが変わる現象が光でも発生するのです」


「チッ」

部屋の中から舌打ちが聞こえる。

人選ミスだ。この程度のことで興奮する専門家をテレビ出演させるなんて、国民に動揺が広がる不安が脳裏をかすめる。


「一部テレビで専門家の方が興奮気味に説明しているようですが、驚くことではありません」

村上総務大臣は、にこやかに頷きながら、こう切り出した。

「あの宇宙船は、三つの銀河系の星々からなるノクティス帝国の宇宙船です。銀河を超える航行性能がある宇宙船が、亜光速で航行するのは当たり前のことです」

「むしろ、今回ワープ航法を見ることができないことが残念なくらいです」

上手い。さすがに総務大臣、放送機関を束ねる長だけのことはある。


正直、ライブ映像を見ても、素人目には青い点が映っているだけだ。みるみる青い点が大きくなる訳でもない。

おそらく、今ライブ映像を見ている大半の人も私と同じ感想を持っていることだろう。むろん、一部の専門家は驚愕しているのかもしれないが。


しかし時間がたつにつれて、女性アナウンサーも、声に動揺が感じられるようになってきた。

青い点にしか見えなかった宇宙船が、徐々に円盤状の宇宙船と判るようになる。

そして、円盤状の周囲に浮かぶ光の点。

「無数の光の点の中に浮かぶ円盤状の宇宙船が見えます」


さらに数分が過ぎる。

「円盤状の宇宙船を取り巻く光は、それぞれが個別の宇宙船です。何十、いや百を超える宇宙船の船団です」

アナウンサーの声は、悲鳴に近くなる。

ライブ映像を見ていた私も、知らず知らずのうちに拳を握り、その拳の中には汗がにじんでいた。


「あの中央に位置している円盤状の宇宙船が、ノクティス帝国の第七皇女殿下が乗船している宇宙船です」

再び、村上総務大臣のコメントが入る。未知の宇宙船を目にしたことにより湧いたであろう漠然とした不安を、明確な事実で上書きしていく。


『第七皇女殿下』のキーワードに、アナウンサーが反応する。

アナウンサーの性なのであろう。アナウンサーは、村上総務大臣へ質問をあげる

「村上総務大臣、あの大きな宇宙船には、ノクティス帝国の皇女殿下が乗っておられるのですか?」


「そうです。ノクティス帝国の高貴な方ですので、周りの宇宙船は護衛のための宇宙船団です」

「ノクティス帝国の皇女殿下が、わざわざ日本人青年にお礼を言うためだけに、あの宇宙船団で地球に来るのですよ。同じ日本人として、このような歴史的な瞬間に立ち会えることが、誇らしいですよね。そう思いませんか」

さらなる事実で不安を上書きし、そしてアナウンサーに同意を求める。


村上総務大臣がライブ中継を計画し、したたかであるとの感想を持ったのは早計であった。彼女は、宇宙船が接近することによる不安を払拭するためライブ中継を計画し、それに出演したのだ。


アナウンサーは村上総務大臣の問いに同意する。いや同意させられた。

「そうですね。ノクティス帝国の皇女殿下は、どうして日本人の青年にお礼を言いたいのでしょうか」


接近する無数の宇宙船から話題が逸れる。皇女殿下と日本人青年の話題が中心になる。

そして、ライブ映像のテロップも変わる。「未知の巨大宇宙船」が、「皇女殿下ご搭乗の巨大宇宙船とその護衛船団」に。

私は、村上総務大臣のメディア対応の巧みさに舌を巻いた。

今、彼女が日本の総理であったほうが、遙かに日本の国益になったであろう思いが心を覆う。

そして、宇宙船の一団は移動を止め、月を背に停泊した。火星を出発してわずか一時間後のことであった。


テレビに映し出された、月を背にした宇宙船団は、美しかった。月よりも明るく白銀色に輝く宇宙船。

「かぐや姫を思いだすような幻想的な景色ですね」

村上総務大臣が、女性アナウンサーに問いかける。

「そうですね」と女性アナウンサーが、うっとりとした表情で映像を見ながら落ち着いた声で応じる。

パニックが防がれたことが実感できた瞬間であった。部屋の中には、安堵のため息が零れた。


異星人の宇宙船が、敵対するものを威圧するような外見であったならば、これほど上手くはいかなかっただろう。

宇宙船の外見によっては、すべての宇宙船が地球に向かってビーム砲を発射してもおかしくないと思えるような大艦隊なのだ。

『異星人は地球への被害や影響を最小限に抑えようとしているようです』

秋山警察庁長官の言葉を思い出す。

期待と不安、問題はまだ山積みだ……。私はまた別の意味のため息を一つついた。


テレビの中のロケット工学専門家は、相変わらず興奮気味に叫んでいる。

「光速の五分の一の速度で、火星から月へと……」

『だって、異星人だもん』このライブ映像を見ていた大多数の人の感想だろう。

それは、村上総務大臣の卓越した手腕による驚愕すべき成果であった。


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