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星の邂逅  作者: 酒囊肴袋
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劇場型犯罪

緊急対策本部での会議時間が急遽延長される。異星人からの月への移動のメッセージを受けてのことだ。

秋山警察庁長官は深い皺を刻んだ眉間をさらに寄せ、困惑の色を浮かべた表情で口を開いた。

「総理、私の考えすぎなのかもしれませんが、お話ししたいことがあります」


私は穏やかにうなずいた。だが、その眼差しには隠しきれない不安が見て取れたことだろう。

「どのようなことでしょうか。異星人との会談に向けて、見落としがあってはなりません。お話ください」


出席者の視線が、秋山警察庁長官に集まる。

秋山警察庁長官は一瞬の間を置き、部屋を見渡した。重苦しい沈黙が流れる。

「異星人のこれまでの一連の行動が、何か意図を持った劇場型犯罪のように感じられるのです」

参加者に劇場型犯罪の意味が通じていないと感じたのか、秋山警察庁長官は説明を続けた。

「犯罪をあたかも演劇のように演じてみせる。それを劇場型犯罪と呼んでいます」

「犯人が主役です。被害者が脇役、観客はマスコミや一般の人達です。」

「そして、劇場型犯罪として成り立つには、もう一人、重要な登場人物が必要です。敵役となる警察です」


秋山警察庁長官の発した一言は、今回の異星人の来訪について感じていた違和感を説明するには十分な一言だった。

秋山警察庁長官の発言の意図が判った出席者の顔色が青白く変わる。

たぶん、私が発した声は震えていただろう。

「異星人が主役、日本政府が脇役、観客は地球人類」

「つまり、敵役となる異星人の敵対勢力が日本に存在する可能性があると……」


「わかりません。敵役が日本にいるのか、この地球上のどこかなのか。そもそも、異星人の敵対勢力が存在するのかも」

「ただ、皇女殿下の恩人に謝意を伝えるだけなら、ここまでの大規模な行動は不要なはずです」


そうだ、あの時ホログラムで現れた異星人の外交官はなんと言っていた。

「宇宙船の事故で、皇女殿下が地球に遭難」その皇女殿下は今どこにいる。おそらくは地球に近づいてくる宇宙船の中のはずだ。

事故を起こした宇宙船も、皇女殿下を救助した宇宙船も、地球人の誰一人気がついていないのだ。

なぜ、大船団で時間をかけて地球に近づいてくる必要がある。

今回も、地球上の誰にも知られずに恩人に謝意を伝えるなど、造作もなかったであろう。

異星人の一連の行動に感じていた違和感が、一瞬にして鮮明な輪郭を帯びた。

私達はミスリードさせられていたのかもしれない。深い後悔が襲う。


「しかし、異星人との会談への対策に限っては、方針変更は必要ないと考えます」

再び、出席者の視線が秋山警察庁長官に集まる。

「劇場型犯罪に例えて今回の件を説明しましたが、異星人は地球への被害や影響を最小限に抑えようとしているようです」


「根拠は何かあるのでしょうか」

弱々しい声で、質問する。


「メッセージは、当初、新作アニメと勘違いするようなメッセージとして、意図的に発信していたと考えられます」

「そして、SNSでの段階的な情報公開」

軽いため息が聞こえる。

「それに、異星人との会談予定日である八日後は……」

「四月一日、エイプリルフールです」

秋山警察庁長官は、憮然とした表情でつづけた。


「私も秋山警察庁長官の意見に同意します。軍事的な観点から見ても、今回の異星人の行動には違和感を感じています」

藤原防衛大臣が秋山警察庁長官の発言を引き継ぐ。その表情には微かな冷や汗が滲んでいた。

「SNSの書き込みです。ある書き込みが、友好的な異星人ですのメッセージにそぐわないのです」


「どういう意味でしょうか」

私は尋ねる。


「ノクティス帝国外交団を名乗るアカウントでは、『どんな宇宙船で来たんですか』の質問に『百艦以上の全長五百メートルから七百メートルの宇宙船からなる宇宙艦隊です』と返信しています」

「宇宙船は通常『隻』で数えます。大型の船の数え方と同じです。しかし、これには例外があります」

「戦闘能力を持った船、つまり戦船については『艦』で数えるのです。そして宇宙船群のことを『船団』ではなく『艦隊』と言っています」

藤原防衛大臣は、少しの沈黙をはさみ発言をつづけた。

「つまり異星人はSNSの発言で、百を超える戦闘能力を持った宇宙船で地球に向かっていると言っているのです」


会議室を重い沈黙が包む。会議室の温度が急に下がったような錯覚さえ感じる。


「さらに防衛大臣という立場から見て不可解なのは、その宇宙船の数です。」

「百艦以上の宇宙艦隊に、その宇宙艦隊を全て収容できるほどの巨大な母艦。乗務員も数万人にはなるでしょう」

「ノクティス帝国という国家が、どのような巨大国家なのかは判りませんが、恩人に謝意を伝えたいという、お姫様のワガママだけで運用できる規模とは到底思えません」


緊急対策本部で異星人に関する情報を共有し、対策を話し合ってきたからなのか、緊急対策本部の設置当初には気づかなかった点について、各専門家から見解が挙がる。


「私たち緊急対策本部が感じていた違和感には、異星人にとって正統な理由があると考えるべきと言うのですね」

私は、思わず拳を握りしめ、言葉を選びながら問いかけた


「はい、少なくとも秋山警察庁長官が言われた劇場型犯罪の敵役が地球にいると考えると、すべて説明できます」

藤原防衛大臣が自身の意見を締めくくる。


秋山警察庁長官の独り言のようなつぶやきが、静まり返った会議室に響く。

「あの大艦隊やメッセージは、地球にいる敵役へのパフォーマンスやデモンストレーションと考えると……」

「敵役の燻り出し……。それが失敗したら地道な敵役の捜索に移行するはず……」


老眼鏡を外して目を揉みながら、井上内閣官房長官が発言する。

「緊急対策本部の仕事は、会談が終わってからが本番になりそうですね」

「秋山警察庁長官、藤原防衛大臣のご意見は、十分に納得できるものです。であれば、皇女殿下の恩人に対する謝意のための会談は口実」

「先日のゼノ・エンボイ外交官が話した、日本国の領域内に留まる許可、こちらが本命でしょうね」

そして私をまっすぐに見つめる。

「総理、会談までに、ノクティス帝国外交団の滞在許可についての検討が必要です。秋山警察庁長官の推測が正しければ、年単位での滞在になる可能性があります」


会議室の全員が頷く。この地球上のどこかに、ノクティス帝国の敵対勢力がいる。それが出席者全員の同意事項となった。

私は総理として無理な依頼を投げる。

「井上内閣官房長官。可能な限りノクティス帝国と対等の交流が持てる方法を検討してください」

「地球上に領土を持たず宇宙船しかない国を、国際法、国内法から見て国と認められるのか。国交を持つことが可能なのか」


「あと一週間しかありませんが、ベストな案をまとめ上げます」

井上内閣官房長官が、緊急対策本部に残ってくれたことは、僥倖であった。父、高照とは当選同期であるが、時に協力し時には反発して政権を支えてきたベテラン政治家だ。

井上内閣官房長官が本気で補佐をしてくれるのであれば、安心して背中を任せられる。


「本日の会議は、ここまでにしましょう。申し上げるまでもありませんが、異星人の敵対勢力の存在は推測の範疇をでません。口外は禁止します」

私は会議の終了を宣言した。


緊急対策本部の会議は、ノクティス帝国の滞在についての対応案を検討する以外は、これまでの対応方針に大きな変更は行わないことで落ち着いた。

存在するかどうか判らない異星人の敵対勢力、それに備えるような余力も対応策も日本政府は持ち合わせていなかったのだ。

ただ、敵対勢力が存在し、想定外の事態が発生した場合に備えた人員を用意することになった。

そして、会議の出席者は、異星人との会談後、日本政府の役どころを選ばなければならないだろうとの共通認識を持った。

このまま脇役でいるのか、異星人と協力して共犯者となるのか。それとも、異星人の敵対勢力の協力者になるのか……

いずれにせよ、この決断は日本の将来を決めることに疑問の余地はなかった。



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