プランA・プランB
貴族院議事堂の大会議室。不当な介入を排除するために未成熟惑星に介入することが、万雷の拍手をもって承認される。
私は、ノクティス皇帝陛下に代わり壇上に上がった。
「ノクティス帝国外務大臣イザベラ・フォーサイトです。具体的な未成熟惑星『地球』への接触プランについては、私から説明いたします」
ルードヴィヒ・ノクティス皇帝陛下の演説の熱気が拍手の残響と共に残っている。
貴族院議事堂の大会議室に集まった千人を超える帝国貴族議員。そのすべての視線が私に集まる。
『なんとしても未成熟惑星への不当な介入を排除する』そんな意思が感じられる強い視線だ。
私は陛下が残した熱気を取り込むように深呼吸し、地球への接触プランについての説明を始めた。
「今回の地球への接触プランですが、プランAとプランBの二重のプランで実施する予定です」
貴族議員達の首肯を確認し、私はそれぞれのプランについての説明を行った。
「今回、ノクティス帝国が接触しようとしている地球は未成熟惑星です。本来であれば、私達の帝国が地球と接触するのは千五百年から二千年先の未来であったでしょう」
今回の帝国の介入が地球文明の独自進化に与える影響の大きさについて、言外に述べる。
「プランAは、地球との接触を最低限に抑えることを優先したプランです」
壇上の後ろに太陽系のイメージ図が空間投影される。
「まずは、ステルス機能により存在を隠した帝国宇宙軍の艦船で、地球および太陽系に対して三層の包囲網を形成します」
帝国宇宙軍による地球と太陽系に対する包囲網が、空間投影された太陽系のイメージ図に追加される。
「この包囲網は、地球から逃亡を計るであろう反帝国勢力の宇宙船を捕獲するのが目的です」
貴族議員達は頷いており、質問は上がらない。私は説明をつづける。
「次に、プリンセスガード7艦隊全艦に要塞級星間宙航艦ロザリウムを加えた大艦隊を編成します」
貴族院議員の口々から驚きの言葉が漏れる「プリンセスガード7艦隊全艦……」、「要塞級星間宙航艦ロザリウム……」
議員達が驚愕するのも不思議ではない。いくら反帝国勢力が潜伏しているとはいえ、地球は隣の惑星にすら有人宇宙船を送れない未成熟惑星なのだ。
明らかに過剰過ぎる戦闘能力を有する大艦隊の編成であった。
「こちらの大艦隊は、地球に潜伏している反帝国勢力に対するブラフです。太陽圏の外部から地球時間で四週間の時間をかけ、カウントダウンメッセージとともに徐々に地球に接近します」
プリンセスガード7艦隊とその航行経路が太陽系のイメージ図に追加される。
大艦隊の意味するところが理解できたのか、大会議場には安堵のため息とともに、落ち着いた空気が戻ってくる。
「このブラフに驚いた反帝国勢力が、地球から脱出したところを、帝国宇宙軍のステルス艦隊が捕獲します」
「以上がプランAです。プランAが成功した場合には、帝国と地球との接触は、電波通信によるメッセージの送信のみで済むでしょう」
大会議場を見渡す。頷く議員、首を傾げる議員、首を傾げる議員の方が多いか……。
プランAは、幸運を期待した楽観的なプランだ。実際に効果があるのかと疑問に思う貴族院議員が多いであろうことは想定済みであった。
故に私は、プランAに対する質疑応答は行わずに、速やかにプランBについての説明に移る。
「プランBは、プリンセスガード7艦隊からの最初のメッセージ送信から二週間の後発動します。つまり、プランAとプランBは二週間併用されます」
再び貴族議員達の強い視線が私に集まる。
気がつけば手のひらが汗ばんでいる。プランBは、地球人との直接接触を前提としている。地球文明に与える影響を考えると、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。
「プランBは、地球人と直接接触することを前提としたプランです」
貴族院議事堂に議員のざわめきが広がる。私は気持ちを落ち着けつつ、貴族院議事堂が静けさを取り戻すのを待つ。
「地球にも、私達ノクティス帝国の臣民が交流を持つに値する人々が住む国があります。その国は一万年以上の長きにわたり戦争を行わなかった国です」
「その国は、一万年にわたる平和の後、不幸にして幾度もの戦争を経験しましたが、現在では法により戦争を放棄しています」
少なくない拍手が、大会議場のあちこちからあがる。
「プランBは、この国に対して接触を図ることを原則として計画されています」
「プランBを実施するにあたり、私の右腕であるゼノ・エンボイ外交官が主担当となります」
頷く議員が多い。「彼であれば大丈夫だろう」との声も聞こえる。
「ご存じの通り、ゼノ・エンボイ外交官はベテラン中のベテランです。数多くの未成熟惑星が成熟した時、帝国との交流を取り持ったのは彼です」
「そして、今回の外交団の長となるのは、ルナリア第七皇女殿下です」
地球に派遣する艦隊が、ルナリア皇女殿下の親衛隊艦隊であること。そして皇族しか所有していない要塞級星間宙航艦も動員されることから、議員の皆も予想していたのだろう。混乱や動揺はないようであった。
「プランBの詳細をご説明いたします」
空間投影されていたイメージ図から、地球がズームアップされる。
「この大陸の隣に位置する小さな島国が、今回私達が接触を図る国『日本』です」
「日本は民主主義の政治体制をとっています。最初にエンボイ外交官が先触れとして、ホログラムでこの国の施政者のトップと会談します」
「これがプランBの第一段階です。この時点で、地球との接触はエンボイ外交官の姿を、日本の施政者トップが目にし、そして会話を行うだけです」
帝国が地球の独自文明へ与える影響を考えているのであろう、議員達は真剣な表情で私の説明を聞いている
「プランAの失敗が確認できるまでは、ノクティス帝国から地球に接触するのは、ホログラムで投影されたエンボイ外交官だけとなります」
「そして四週間を過ぎても反帝国勢力が、地球から離脱することがなかった場合は、プランAは失敗と見なされ、プランBの第二段階へと進みます」
熱を帯びる貴族院議事堂大会議室。しかし、大会議室は静寂に包まれていた。議員の皆は、私の説明に全神経を傾けているかのようであった。
「プランBでの第二段階は、先日の遭難事故の折、ルナリア皇女殿下を保護した“タチバナリョウヘイ”氏に、ノクティス帝国男爵位を授爵します」
大会議場に先ほどよりも大きいざわめきが広がり、議員達の視線は、壇上横のルードヴィヒ・ノクティス皇帝陛下に集まる。
陛下の静かな頷きとともに、ざわめきは静まり私に視線が戻る。
「つまり、日本人である“タチバナリョウヘイ”氏を、領地を持たないノクティス帝国の儀礼貴族とすることで、“タチバナリョウヘイ”氏を支援するという名目で日本に留まります」
呆気にとられた表情をした議員が多い。「なんと大胆な……」そんな呟きとともに目を大きく見開く議員もいる。
未成熟惑星『地球』の住民に対しての、ノクティス帝国爵位の授爵。
帝国臣民であれば、皇族の生命を救ったことに対して授爵が行われることに不思議はないが、未成熟惑星の住民である“タチバナリョウヘイ”氏への授爵となると意味合いが異なる。
これが、皇帝陛下の命をうけ、政策支援AI“ドラドツァ”を交え、私達三大臣で考え出した奇策であった。
「具体的には、要塞級星間宙航艦ロザリウムを、ルナリア皇女殿下が住まうプリンセスタウンとして、日本の領海内に停泊する許可を貰います」
「そして、日本と正式な国交を結び、プリンセスタウンに日本の大使館を、日本国内にノクティス帝国の大使館を用意します」
「プランBの第二段階では、地球の住民と数多くの接触が増えることが予想されます。双方の大使館を通じての交流を優先することで、接触を制限することが目的になります」
説明を熱心に聞いていた貴族議員から質問があがる。
「男爵位の授爵、それに伴う正式な国交の樹立も判った。しかし、それがどのようにして、地球からの反帝国勢力の排除につながるのだ」
そう、プランAはブラフに驚き、自分達から逃げ出すことを期待したプランであったのに対して、プランBは地球に潜伏する厄介者を見つけ出し拘束するプランであるのだ。
「今現在、反帝国勢力が地球上のどこに潜伏しているのか判らない状況です。地球上に拠点を作り探し出すしか方法はありません。数年に及ぶかもしれない介入排除作戦の一手目なのです」
重苦しい雰囲気が、貴族院議事堂の大会議室を包んだ。