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星の邂逅  作者: 酒囊肴袋
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重要人物

大学の春休み、大学は夏休みよりも春休みのほうが長いなんて、2回目の春休みになって、やっと実感する。

小中学生のころから、親父のお古のパソコンを使っていたこともあり、情報系の大学で生成AIを学び始めて二年、僕は春休みの半分を生成AIの研究という名の趣味に使っていた。

AIによるSNSの書き込み内容の真偽判定。このまま卒論の研究につなげるつもりだ。

個人でも利用できるようになったAI技術の進歩は、子供の頃に遠い未来に思えていたことが、手の届く距離に近づいてきたようで楽しい。

できることなら、その未来への扉を自分自身の手で開けてみたいというのが最近の夢だ。


トントントン! 突然、アパートのドアがノックされる。

「橘さん、いらっしゃいますか」トントントン、「橘さん」

来客の予定もなければ、通販の配達の予定もない。ドアスコープをのぞき込む。

二人組の男性。二人とも短髪のスーツ姿。

「橘さん、大切な要件で伺いました」

一人がポケットから取り出した物を、ドアスコープの前に掲げる。警察手帳であった。


訳が分からないが、ロックを解除してアパートのドアを開けた。

「通路では話せないので失礼します」

言うが早いか、八畳一間のアパートの玄関に入り込む二人。

狭いたたきに窮屈そうに立った二人組は、意外な言葉を口にした。

「橘良平さんですね。あなたは、二月の中旬に雪の中で凍えていた子猫を保護しましたか?」

このアパートはペット禁止。あの子猫の鳴き声を隣人が聞いていたのかと観念して答える。

「はい、雪の中に埋もれて命が危なそうな子猫がいたので、保護して連れ帰りました。ゴメンナサイ」

「あの子猫は、翌日には元気を取り戻したんですけど、翌々日の朝、目を覚ましたときには、部屋から消えていたんです」

手帳に書かれたメモを見ながら、警察官は質問を続ける。

「二月十四日の二十時五十分頃に、駅前のスーパーで子猫用のミルクを購入されたのは、橘さんで間違いありませんか?」

無言で頷く僕。


僕とのやり取りの後、二人組のスーツ姿の警察官は、目配せをし携帯電話で連絡を入れていた。

「橘良平氏を発見しました。二月十四日の夜に子猫を保護しています。至急、車を手配してください」

状況が理解できずに、呆然とした表情を浮かべていたであろう僕に、上役と思われる警察官が告げる。

「日本の、いや世界の未来がかかっています。我々と同行してください。お願いします」

なんで子猫が、日本や世界の未来に影響するの?

「どういうことなんでしょうか?」

きっと端から見たらクエスチョンマークが沢山浮かんでいたであろう僕に向かって、上役さんが答える。

「私達には、その問いに答える権限が与えられておりません。車が到着するまで、少しの間お待ちください」

八畳一間のアパートの狭いたたきに身を縮めた二人組の警察官は、僕の問いに敬語で答えたのであった。


数分の後、新たな四人組が僕のアパートを訪れる。

「申し訳ありませんが、急いで移動していただきます」

僕は訳も判らずに、六人の屈強そうな警察官に囲まれ、見たことがないほど分厚いドアの黒塗りの車に押し込まれていた。

フロントガラス越しに見える街の風景は、ゆがんで見えていた。僕はこれが防弾仕様の車であることを理解し冷や汗をかいた。


そして今、僕は都内でも超一流と呼ばれるホテルの一室で、桜庭 明日香総理大臣と向かい合ってソファーに座っていた。

僕のマナー知識が確かならば、僕が座っている長椅子のほうが上座のはずだ。

「あのぉ、これは、なんなんでしょうか」

僕は、かすれた声で質問することが精一杯だった。

「混乱していることは理解しています。私を始め日本政府の面々も、橘さん以上に混乱しているのですから」

桜庭総理は口早に答えてくれた。

そして、信じられない言葉が続いた。

「橘さんが、二月十四日に助けた子猫は、異星人の皇女殿下でした。そして、皇女殿下が橘さんにお礼を言うために、火星まで来ています」

とても嘘を言っているとは思えない真剣な表情で、桜庭総理は続けた。

「異星人の宇宙船が地球に到着するまで、後十一日しかありません。ご協力をお願いします」

僕はただ気圧されて頷くしかなかった。


「十一日後に到着する異星人は、皇女殿下の恩人である橘さんとの会談を希望しています。まず、この会談への出席を了承してください」

テレビなどで見かける柔和な表情とは違う。桜庭総理でも、こんな真剣な表情をすることがあるんだ……。

状況への理解が追いついていない僕の口から出た言葉は、「すいません。コーヒーを一杯頂けないでしょうか」だった。

ルームサービスで届いたコーヒーがテーブルの上に並ぶ。

熱いコーヒーに口をつけた時に、自分の喉がカラカラであることに気づく。アイスコーヒーにすれば良かった。

そして、少し落ち着いた僕は尋ねた。

「異星人は、猫っぽいんですか」


桜庭総理は、目を大きく見開いた後、深いため息をつきながらも、未だ混乱の最中にいる僕に根気よく状況説明をしてくれた。

総理の話を頷きながら聴く。一通りの説明が終わる。

「つまり、こういう理解で良いでしょうか」

「僕が一月前に助けた子猫は、宇宙船の事故が原因で地球に遭難していた異星人のお姫様だった」

総理は大きく頷く。

「でも、異星人は猫っぽくなくて、なにかスゴイ技術で猫に変身していただけで、本当は自分達と同じような人類のような見た目をしている」

再び頷く総理。

「そして、そのお姫様が僕にお礼をしたいと、巨大な宇宙船団とともに地球に向かっていて、十一日後には、その会談が開かれる」

「その通りです」と桜庭総理。

「本当に申し訳ありません。自分が子猫だと思ってお姫様を助けたばかりに、大変なことになってしまって……」

と、とんでもない出来事の原因が自分にあることを知り謝る僕。

「いえ、橘さんが皇女殿下を保護して助けてくれたおかげで、この状況で済んでいると考えています」

総理は言葉を切り、つづける。

「もしも、皇女殿下が誰にも助けられないままだったとしたらと想像するとぞっとします」


自分自身を取り巻く状況が理解でき、少しだけ落ち着いた僕は、その後、桜庭総理からの「ご協力をお願いします」の内容について、話し合いをつづけた。

話し合いが終わるころには、カーテンは閉ざされ、ホテルの部屋に灯りがともされていた。

「一つ、十一日後に開かれる異星人の皇女殿下との会談には、必ず出席してほしい」

「二つ、その会談の席にて、日本と異星人との対話の橋渡し役をやってほしい」

「三つ、異星人との会談の後には、マスコミや諸外国の関係者との会談が発生する可能性が非常に高くなることを了承してほしい」

「そして、僕の心身の健康を護るために、警護の要員と心理カウンセラーを用意することを了承してほしい」

「以上で、間違いないでしょうか?」

こうして僕は、非日常の世界に巻き込まれた。いや、一月前にあの子猫を助けた時から、非日常の世界に巻き込まれていたことに気がついた。


その後は、缶詰めの生活であった。食事の話ではない。僕の身の安全を守るという理由で、僕は二十四時間ホテルの部屋から出ることが許されなかった。

ただ、ホテルの部屋の中の生活は快適であり、今までに経験したことがない沢山のことを経験した。

異星人との会談では、異星人は日本の礼儀作法に合わせるとの予想から、マナーと呼ぶにははるかに厳しい儀礼を叩き込まれた。

そして、会談用のスーツの採寸。成人式のスーツですら既製品だったのに。

ただ、外部との連絡は一切許可されなかった。パソコンやタブレットでインターネットに接続することはおろか、スマホでさえ触ることを許されなかった。

なんでも、僕の居場所が特定できるような行動は完全に防止する方針のようであった。


銀河系を渡るほどの文明を持った異星人との会談の準備をする日々。

子供の頃に遠い未来に思えていたことが、手の届く距離に近づいていた。

ただその扉が、自分自身の手で開けるのではなく、異星人の皇女殿下の手で開かれたことは、些か複雑な心境であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 会談への段階が、とてもスムーズで、現実でも行われてそうな 臨場感でした。 [気になる点] 突然の訪問での描写は、もう少し、不安感や疑心感があれば、 一般市民っぽかったかな。
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