06.帰還の魔法と愛想うキス。
民子達に2つ目の里が強襲を受けるよりも僅か前。
自分が聖女だということを受け入れたアデリアは聖女が使える能力について聖域に住まう妖精達に尋ねていた。
何故レティエルやエルフ達に尋ねずに妖精達に尋ねてみようと思ったのか?
理由は自分でも分からない。
しいて言うなら、妖精達が呼んでいるような気がしたから。
導かれるまま、誘われるままに妖精達の元に行ったアデリア。
妖精達はアデリアを歓迎して聖女の能力について教えてくれた。
聖女の能力・属性は光。その光の力を持って瘴気を消し去っている。
では消し去った瘴気は何処へ行くのか。
それは聖女の体内。それを聞いた時はアデリアは自分の生命に関わることなのではないかと"ぞっ"としたが、妖精達はアデリアの心中を読み取ったかのように彼女の心配事を否定した。
魔素と瘴気の共存。聖女の能力の一部なので問題はないと。
これは勇者でさえも出来ないこと。聖女だけの特権。
それを聞き終えたアデリアは、『もしかして聖女って化け物的な存在なのでは』と戦慄した。
「つまり聖女は魔素も瘴気も魔力の糧に出来るってこと?」
恐る恐る妖精達に尋ねたアデリア。
妖精達はにこやかに「そうだよ」とアデリアに応えて、彼女はこの世界に転移をして来てから何度目だろう?
血の気が引いて卒倒しそうになった。
なんとか耐えたが、アデリアが遠い目をしたのは言う迄もない。
**********
美玖との戦闘を終えたアデリア。
彼女の取り巻き達はレティエルが討伐してくれたらしい。
視線と視線を交わせて互いに微笑む1人と1柱。
パルテンキ神聖国の教皇により召喚された異世界人達。
これで残すところは事実上、勇者民子1人だけ。
勇者。勇気ある者の意。
であるが、民子はそれには全く相応しくない。
アデリアが民子に近寄っても、彼女は生まれたての小鹿さながらに震えるだけで自らの生命を脅かすかもしれない者に対して何の行動もしようとしない。
彼女に呆れてしまうアデリア。自分を陥れた彼女はなんだったのかと思わずにはいられない。
「はぁ……っ」
ため息1つ。
アデリアは杖を振るって黒の自分から白の自分へと姿を戻す。
それを見ていた民子が突然大声を上げた。
「その杖」
「杖が何?」
「その杖は私達を元の世界に戻してくれる杖なの。お願いよ、莉愛ちゃん。私達を元の世界に戻して」
この期に及んで何を言うかと思えば、厚かましい願い事。しかも自分がアデリアにした[事]についての謝罪は一切無し。
その点はいっそ見事だ。
アデリアが呆れさえも通り越して民子を哀れなる者を見る目で見つめていると、それ迄は美玖の取り巻き達の傍で座っていたレティエルが立ち上がり、アデリアの元に歩み寄って来る。
「リア、帰るのか?」
不安気なレティエルの瞳。
異世界人を元の世界に帰らせることが出来るということは、アデリアもその中に含まれる。
別れたくない。人化してアデリアをレティエルが抱き締める。
「リア、我が儘だとは分かってはいる。だが、私はリアを帰らせたくない。リアを失いたくないんだ。頼むから私の傍にいてくれ」
泣きそうなレティエル。彼女を見上げて頬を紅くするアデリア。
未だにアデリアは人化したレティエルを意識しまくって見慣れることが出来ないでいる。
「レティ」
「頼む、リア。リアが帰らないでいてくれるなら私はなんでもするから」
アデリアを地球に帰らせたくなくて、割と無茶苦茶な説得をするレティエル。
この説得。アデリアに「離婚したい」と言われるとそれに応じなくてはならないということになるのだが、その辺りのことレティエルは考えているのだろうか?
"くすっ"と笑むアデリア。その後、彼女はレティエルにとある真実を告げる。
「私は帰らないよ。まぁ帰ろうと思っても帰れないんだけどね」
「へっ?」
困惑したレティエルの声。
アデリアはレティエルを引き剝がし、民子達に魔法に使う。
世界帰還の魔法。民子の願いは叶えた。
「帰れないってどういうことだ? それと、きゃつらを帰して良かったのか?」
「前にレティが私は神ではなくて、世界に選ばれた聖女かもしれないって言ってたこと覚えてる?」
「ああ、確かに言ったな」
「あれね、その通りだったんだよ。聖域の妖精達が教えてくれた」
「そうなのか。それで? いまいち話が見えてこないんだが」
「世界が選んだ聖女。つまり私はこの世界の者になったってことだよ。だから帰還の魔法を私に使っても帰還先はこの世界。無意味に終わるよ。それと、私の体内にはレティの魔力が流れてる。この世界から見たら異世界。地球から召喚された者には神から仮初の魔力が与えられるけど、私の魔力は仮初の魔力じゃない。正真正銘この世界の魔力。だってレティはこの世界の者だから。説明下手でごめんね。私が帰れない理由分かったかな?」
「要はリアはこの世界と私のせいでこの世界の者になったから、元の自分の世界に帰れなくなったということで合っているか?」
「合ってるけど、間違ってるかな」
杖を洞窟の家。自分の私室へと転移させるアデリア。
杖が消えたらレティエルに抱き着き、彼女の胸に顔を埋める。
「私の[せい]っていうところが間違ってるよ。レティが私を見初めてくれたから、私がレティが思っているよりも多分、レティのことが大好きだから帰りたくないし、帰れないんだよ」
「リア」
アデリアからの不意打ちの愛の告白。
言った本人もそうだが、言われたレティエルも顔が深紅に染まる。
流れる時。レティエルは辺りを見回してひと気のない場所を探す。
ここは里の出入り口前。世界樹の姉妹木・聖霊樹がその辺に何本か生えている。
レティエルはそのうちの1本の裏手・死角となる場所にアデリアを連行した。
「リア、顔を見せてくれないか?」
「……………。ヤダ。今の私、凄く恥ずかしい顔してるから」
「見せてくれないなら無理矢理見るが良いか?」
「うっ……」
レティエルの脅しの言葉。
アデリアは"おずおず"と彼女の胸元から離れて自分の顔をレティエルに見せる。
「ほら、ね?」
アデリアの穴があったら入りたい。照れ臭い。恥ずかしい。それらの全ての感情が入り混じった消え入りそうな声。
レティエルは予想以上に可愛いアデリアの顔に動けなくなってしまった。
顔色は深紅。恥ずかしさから? ちょっと涙が零れていて、視線はレティエルから微妙に逸らされている。
『何だ。この可愛いすぎる生物』
身体全体が熱い。特に顔と頭が熱にやられて浮かれている。
心臓の鼓動が煩い。アデリアが愛しすぎる―――。
「レティ。あ、あのね……」
逸らされていたアデリアの視線。
何かの意を決したようにレティエルに真っすぐに向けられる。
泣いているのに目力が強い。アデリアから視線を逸らすことが出来ない。
「リア……」
「さっき、なんでもするって言ってくれたよね?」
"じっ"とレティエルを見つめながら彼女の服(元は毛皮)を掴むアデリア。
あざとい。小悪魔。でも可愛いから許す。
「ああ、言った。言ったが別れたいとかはやめてくれ」
「私の顔見てるよね? そんなこと言い出すように見える?」
「いや、見えない。キスして欲しいとか言い出しそうに見える」
「うん、当たり。キスして欲しい」
「……良いのか?」
「うん。というか、レティだって私をこんな所に連れてきたのはその気だったからじゃないの?」
大当たりだ。妻とキスをしたくてレティエルはこの場所に彼女を連行した。
アデリアが軽く笑んでから目を瞑る。
キス待ち。心の準備くらいさせて欲しかった。
『キス待ちの顔も可愛いな。焦らしたらどうなるか見てみたい』
ふと、レティエルはそんなことを考えてしまったが、頭を振ってその考えを遠くへと追い払った。
実行したら、アデリアは今後恐らく口を利いてくれなくなるだろう。
下手したらレティエルの元から去っていくかもしれない。
この雰囲気の中でやることじゃない。
心を決めるレティエル。
「リア、愛している。これからも私の傍にいてくれ」
妻に愛を囁きながら彼女の唇に自分の唇を重ねる。
キスをし終えると、アデリアが大粒の涙を溢れさせて抱き着き付いてきた。
「リア! どうして泣いている? 嫌だったのか?」
妻の涙を見て慌てふためくレティエル。
アデリアは首を横に振ってレティエルの問いに詰まり詰まりしつつ応える。
「違……っ。嬉し、かった……から。愛されてて……幸せを感じた、から」
「リア」
「ぎゅっ、て……して」
「可愛すぎて困るんだが」
「お願……い」
「分かった」
妻からの第二の要求。
レティエルはアデリアの可愛い要望を受けて入れて彼女を強く抱き締める。
身長差によってアデリアに見上げられる形になるレティエル。
「レティの心臓、早鐘になってるね」
アデリアは意識してないが、レティエルから見ると上目遣い状態。
『何処迄自分に夢中にさせたら気が済むのだろうか、この可愛い妻は』
「リアが可愛すぎるからな」
レティエルは正直な気持ちを妻に伝えて、今度は前触れなど一切なく自分の唇をアデリアの唇に重ねた。