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03.異世界の常識と与えられし能力。

 地球から異世界ユーファニアに転移してきてから10日目。

 流石にこれだけ時間が経つとアデリアもユーファニアの生活に慣れてきた。

 常識もレティエルとこの里のエルフ達に学んで知識として吸収した。

 例えば魔法で作った食べ物なのにどうして満腹感を覚えるのかということ。

 魔力はエルフ族とフェンリルにとって嗜好品と同じなのだそうだ。

 言わばお菓子のようなもの。なので魔力の食べ物を食べると満腹になるらしい。

 アデリアはそれを聞いて感心したが、魔力ばかりを食べていると栄養が偏るのでちゃんとした食材で料理を作った方が良いとエルフ族の料理人から告げられた。

 当たり前と言えば当たり前のことだ。お菓子ばかり食べて身体に良い筈がない。

 これからは料理をしようとアデリアはそう決めた。

 他に魔素(エーテル)瘴気(ミアズマ)と魔力の違い。魔素とは酸素なんかと同じ気体の一種。

 これが人の体内に入ると魔力となって魔法が使用出来るようになる。

 ちなみに体内に蓄積出来る魔力量は人によって異なるのだそう。

 蓄積出来る魔力量はどうやって知ることが出来るのか?

 これはレティエルに聞くと彼女が方法を教えてくれた。

 エルフ族が組織した魔法連盟にある特別な石板で量ることが可能とのこと。

 数値で表してくれるので分かり易いともレティエルは言っていた。

 人々の平均的な数値も彼女はアデリアに講義してくれた。

 一般的なエルフ族は10,000程度。人間は3,000程度。

 レティエルは1,000,000で魔法連盟内で魔力量を量った者達の間では最高値。

 未だ破られていないとちょっとドヤ顔をしていた。

 アデリアもその日のうちに量りに行った。

 記録は900,000。流石はレティエルの妻でフェンリル一族の末裔だと魔法連盟に在籍している者達から称えられた。

 それ迄自覚はなかったが、アデリアは第三者から言われて呼吸を一瞬失った。

 フェンリル一族の末裔。エルフ族の守護者。

 急に肩に重い荷物を背負わされた気がした。


 行きとは違い、帰りは重い足取りとなったアデリア。

 途中、里のエルフ達が「そう言えば最近魔獣を見てないな」と雑談をしているのが聞こえてきた。

 魔獣。魔素が人々の欲望なんかを吸収することで瘴気と化し、瘴気と化した魔素は魔素に戻る為に溜め込んできた欲望なんかを魔獣という形にして吐き出す。

 知性は無く、ただただ本能に従って動く生物。

 この魔獣を倒す為にエルフ族も人間も専門の組織を作った。

 エルフ族ではハンター(狩人)ギルド。人間ではシーカー(探求者)ギルドと呼ばれる組織。

 そこで依頼を受けて魔獣を討伐する者達のことをハンター、シーカーと呼ぶ。

 この里にもハンターギルドがあるが、10日程前から開店休業状態だそう。

 10日前というと丁度自分がこの世界に召喚されてきた日と一致する。

 アデリアは肩の荷に次いで怖気もしてきて、貧血で倒れそうになりながら愛する女性・レティエルの元にどうにかこうにか帰り着いた。


**********


 夜。

 アデリアはレティエルの胸の中にいる。

 妻の身体を観察することで人体を知ったレティエル。

 人化の魔法によって今はアデリアと似たような姿。

 が、顔立ちや髪の長さ、身長に体型は全然違う。

 アデリアは童顔でレティエルは凛とした端麗な顔立ち。

 胸迄伸びたロングヘアでアデリアよりも22cm程背が高い。

 華奢でもなく、豊満でもない程よい肉付きの体型。


 完璧が過ぎてアデリアは彼女を見る度に顔が心臓が早鐘となる。

 婦々となる契約をした時にはこんなことになるとは思ってもいなかった。

 いつか見慣れるのだろうか? 早めに慣れて欲しいとアデリアは切に思う。


「リアを抱いていると癒されるな」


 そんなアデリアの心中なんてレティエルは知らない。

 愛してやまない妻を自身の胸の中に閉じ込めてご満悦。

 人化の魔法を使ったその日からレティエルはアデリアを抱いていないと眠れなくなったし、日常の中でも不意に魔力欠乏症に陥ったかのような錯覚を覚えるようになり、アデリアを抱き締めると錯覚が消えるという謎現象が起きるようになった。

 レティエルはそれらの現象を特には気にしていない。

 寧ろ妻が大切な存在だと何度でも思わせてくれる良い現象だと喜んでいる。

 当のアデリアは嬉しくもあるが、堪ったものじゃないと日々思っている。


「私は人間が嫌いな筈なんだけどなぁ」


 人化したレティエル。

 彼女に聞こえるか否かという声量でアデリアはそんなことを呟く。

 レティエルにはしっかり聞こえていたらしい。

 独り言にも似たアデリアの言葉にレティエルから齎される返事。


「私は人間ではなくフェンリルだからな」

「でも人間に近い姿をしてるよね?」

「それはリアもだろう。それにエルフ族だって人間とそんなには変わらないぞ」


 言われてみるとその通りだ。

 エルフ達は人間達よりも遥かに美形で知的な者が多いが、大きく纏めれば耳の形以外は人間と左程変わりない。

 エルフ族は斜め上に尖った形状。人間は半楕円の形状。

 ならば自分の人間不信は消え去ったということだろうか?

 アデリアは転移してきてから今迄まだこの世界の人間には会っていない。

 なので地球という惑星。そこに住む人間達のことを思ってみる。


 吐き気がした―――。

 学校関係者も家族も親戚も芸能人も例えば中学校の登下校の際にすれ違うだけの赤の他人も全員ダメだった。

 血の気が引いていくのを感じてアデリアはレティエルにしがみ付く。

 彼女の体温が、心臓の鼓動が安らぎを与えてくれる。

 人間不信は消えてない。それなのにレティエルやエルフ族には平気で接することが何故出来るのだろうか?

 先に想った人間達を抹消させながらアデリアは思考を巡らせる。

 身体の一部が違うだけで人間とは別の存在と脳が処理している?

 或いは肉体ではなく、[魂]・波動を視ている?

 もしかしたらこちらで得た魔力が関係していたりする?


 どれも正解でどれも不正解な気がする。

 悩んでいると、頭に覚えるレティエルの手の感触。


「リア、今日は昼間も今と似たような難しい顔をしていたな。何かあったのか?」


 よく見ている。自分としては、レティエルに心配を掛けまいと黙っておくつもりだったのだが。

 レティエルがくれる温もりと頭に感じる彼女の優しさ。

 アデリアはレティエルなら。と思い直して全部の悩みを彼女に吐露した。

 これでどんな応えが返ってくるのか。身構えるアデリア。


 レティエルは"ふっ"と小さく笑ってからパルテンキ神聖国に伝わる伝承と自分が知る情報をアデリアに喋り始めた。


「リアはパルテンキ神聖国に召喚される予定だったことは次元の狭間で話をしたが覚えているか?」

「うん。忘れるわけないよ」

「では召喚された異世界人に特別な称号が齎されると言ったことは?」

「覚えているよ。確か勇者・剣士・重騎士・聖女・魔導士のうちのどれかの称号が神から与えられるんだったよね?」

「そうだ。ちなみにだが、その時の私はリアにどの称号が与えられるのか迄は全然知らなかった。知らなかったが、今の話を聞くにリアは聖女だったんだろうな」

「でも、召喚は失敗しているから私は神からの称号は受け取っていない筈だよね? その称号と一緒に与えられる能力も」

「本来ならその筈だ。だが、リアは称号も能力も与えられている」

「誰から?」


 レティエルとの話で取り乱すアデリア。

 神から受け取ったものであるならば、熨斗(のし)を付けて返してやりたい。

 神の手垢の付いた代物なんていらない。

 非常に気分が悪い。


「レティ。称号と能力を返還する方法はある?」


 思わず怒鳴るようにレティエルに言ってしまうアデリア。

 瞬間湯沸かし器だったので、すぐ頭が冷えて「ごめんなさい」と謝罪を告げる。

 怒鳴ってしまった恥ずかしさで小さくなるアデリア。

 レティエルにはそんなアデリアが小動物のように可愛く映る。

 心底惚れてしまっている。絶対にアデリアを自分の傍から離さない。

 正直に言えば、邂逅(かいこう)前は打算だけだった。

 人間嫌いの者がエルフ族の仲間になってくれたら良いという想いだけ。

 それなのに、いざ実際に邂逅するとレティエルはアデリアを見て、少々の会話を交わしただけで恋に落ちた。

 まさかエルフ族の守護獣でフェンリルである自分が人間に恋心を持つとは思ってもいなかった。

 気持ちに蓋をしたくない。アデリアを傍にいさせたい。

 レティエルは自分が抱いた気持ちに正直に従った。

 自分と「婦々になって欲しい」と。「その契約を交わしたい」と。

 アデリアはレティエルの気持ちを簡単に受け入れた。

 こちらもレティエルの話を聞いて、『人間の言いなりになんてなりたくはない』という打算だったのだろう。

 断ればレティエルに見放されて予定通りにパルテンキ神聖国に召喚される。

 という恐怖心もあったのかもしれない。

 でも今は……。


「これは私の憶測だが、リアに称号と能力を与えたのは神ではなく世界だと思う」

「世界?」

「世界は神に失望しているのかもな。故にリアに運命を託したのではないか」

「神に失望? じゃあ世界はエルフ族の味方ってこと?」

「それは分からん。分からんが、リアに何かの期待をしているのは確かだな」

「何それ。重い……」


 見るからに嫌そうな顔をするアデリア。

 レティエルにしがみ付く力が少しだけ強くなる。


「レティ」

「うん?」

「一緒にいてね?」

「勿論だ」


 アデリアの頭を右手で撫でつつ、レティエルは左手で彼女の背中を"ポンポン"と軽く叩き始める。

 そうしているうちにアデリアは"うとうと"と睡魔に(いざな)われ始めた。


「おやすみ、リア」

「ん。………み。レティ」


 レティエルの胸の中で無邪気に熟睡。

 レティエルはそんな無防備な妻の姿を見て、朗らかに笑み、後に瞼を閉じた。

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