02.過去の夢と温泉と。
草木も眠る丑三つ時。アデリアは夢の中にいた。
過去。公立の中学校に通っていたその頃。
アデリアは今回、共に異世界ユーファニアに召喚されたうちの1人と親友という関係にあった。
その子は虐められっ子で、そういう胸糞の悪い事柄が大嫌いなアデリアは彼女を庇う目的と純粋に仲良くしたいという気持ちで一緒に過ごしていた。
虐められっ子と仲良しになったことでクラスメイトから無視されるようになったが、そんなことはアデリアにとってどうでも良いことだった。
そんなことをする連中のことをダサいと思って逆に白い目で見ていた。
「高校、大学、それから社会人になっても友達だからね」
「うん、ありがとう。莉愛ちゃん」
毎日楽しく雑談して、昼食を一緒に摂って、手を繋ぎながら帰宅する日々。
アデリアこと莉愛はそんな日々がずっと続くのだと本気で思っていた。
ところが、だ。何を思ったか。親友が生徒会選挙に立候補して教師陣・全校生徒の前で演説を始めた途端に莉愛は愕然とすることになった。
自分は虐めを受けていたと告白。その虐めを行った加害者達の中に莉愛の名前も入っていたからだ。
当然、親友の演説後に中学校全体で大きな騒ぎになった。
親友と仲良くしている現場を見ていた筈のクラスメイトも「実は裏で何か……」などと勘繰りだして莉愛は虐めの加害者達と共に孤立した。
教師陣・両親に自分は冤罪だと訴えてもみたがダメだった。
こうなると気になるのは、何故親友が自分を虐めの加害者に仕立て上げたのかという理由。
放課後に下駄箱の隅に隠れて親友を待ち、彼女が現れた時にそこから飛び出して親友をひと気のない場所まで無理矢理引きずって行って莉愛は理由を問うた。
親友から齎された返事は「莉愛ちゃんが私と同じ高校を志望していたからだよ」というもの。
ライバルを蹴落とすということを虐めから学んだということだった。
親友からの応えに頭の中が真っ白になった莉愛。
以後は重度の人間不信に陥って、莉愛はぬいぐみや飼い犬や野良猫などの動物に家や学校の植物には以前と変わらずに接するが、人間とは必要最低限しか関わりを持たない。喋らない・表情も変えなくなった。
だから……。
次元の狭間にてレティエルに事情を聴いて取り引きと契約を持ち掛けられた時にアデリアが迷うことはなかった。
憎悪しかない人間よりレティエルが守護するエルフ族に味方することは当たり前の選択だった。
世界にろくに干渉しない。犯罪者さえ輪廻転生・放置する地球の神様。アデリアの中では地球の神様達も嫌悪の対象。
転移先はレティエルによると人間至上主義で神様を祀る国。
異世界の神様がどんな神様なのかは知らない。
知らないが、自分が守る種族の為に自分に接触してきたレティエルに好感を持つのは当たり前のことだった。
「ん……っ」
あんまり愉快な夢じゃない。
一度覚醒したアデリアは夢をかき消して次は深い睡眠の沼の中に沈んでいった。
**********
翌日。
先日からレティエルと共にいる聖域の森。
その森の中にある洞窟がアデリアとレティエルの暮らしの場。
洞窟と言っても炭鉱だとか、防空壕だとか、所謂洞窟らしい洞窟じゃない。
魔法によって人が暮らしやすいように整えられた洞窟。
調度品やら家具やら消耗品やら色々と洞窟内にある。
魔法は便利だ。欲しいものをイメージして行使すると現物化するのだから。
食事やら服だって魔法で出来る。
なのでこの洞窟は先日アデリアがずっと前から住んでみたいと思っていた北欧風の部屋に作り替えられた。
レティエルが過ごすにも充分な広さなので彼女からアデリアに苦情は無い。
というよりも、妻が作り替えた洞窟に感動を覚えていたりする。
アデリアが来る前は洞窟らしい洞窟だったから。
さて、洞窟を作り替えたアデリア。
彼女は現在北欧風洞窟の家の最奥に在る天然温泉に身体を沈めている。
ここだけは魔法で作られたのではなくて、レティエルだけが暮らしている時から存在していた。
効能は老化を抑えて寿命を延ばす効果に加えて身体から毒素を無くす効果と女性を美貌にする効果がある。男性には美貌の効果は無い。
それを知っているレティエルはこの温泉の源泉をエルフ達が住む各家庭に引いていたりする。
なのでレティエルがいるこの里のエルフ達は余所の里のエルフ達よりも長生きで女性は皆、美しい。
通常エルフ族の寿命は1,000年。しかしこの里のエルフ達の寿命は3,000年。
この里のエルフ達の誰もがこの[事]をレティエルの加護だと信じて疑っていないが、そうじゃない。絡繰りはこれだ。
勿論、レティエルの加護も無いわけじゃない。
レティエルがこの里に存在しているだけで身体能力強化が付与されている。
これに加えて本人に自覚はないが、先日からはアデリアのお陰で里の瘴気が浄化されている。
パルテンキ神聖国のアデリア召喚はレティエルの横槍が入り失敗に終わったが、[神]ではなく[世界]がアデリアを聖女と認めて能力が与えられたのだ。
「朝から温泉って、幸せな贅沢」
"ちゃぷん"と水音を立てながら温泉に浸けられていた両腕をアデリアは空中へと上げる。
それから左右の手の指と指を適当に絡めつつ背伸び。
顔を綻ばせた時にアデリアの真横から声が掛けられた。
「その笑顔、私以外には見せないようにな」
「わっ! びっくりした。いつの間に入ってきてたの? レティ」
別の意味で心臓に悪い。
アデリアはレティエルが温泉に入りに来ていたことに全然気付いていなかった。
笑顔から驚愕した顔。ころころと顔色を変えるアデリアにレティエルは心の奥が熱くなる。
妻が可愛くて仕方ない。気配を消して入って来て正解だった。
「リア」
「ん?」
「キスしても良いか?」
「……。私、初めてだけど大丈夫かな?」
「今のを聞いて是が非でもしたくなった」
アデリアの身体に尻尾を巻き付けて逃れられないようにするレティエル。
まだキスはしていないのに、今の行為だけでアデリアの顔は紅色。
人型のアデリアと狼のレティエル。
キスは出来ないことはないが、レティエルは『するのならば妻を蕩けさせたい』と思い、キスの前にアデリアの身体を隅々迄観察することにした。
「レ、レティ……。恥ずかしいから見ないで」
「折角だからアデリアを蕩けさせたいと思ってな」
「そ、それとこれとどういう関係があるの?」
「私がアデリアと同じように人型のフェンリルになる為の観察だ」
「視線が痛い」
「ふむ。人の身体をじっくり見るのは初めてで興味深い。リア、少しの間温泉から空中に身体を持ち上げても良いか?」
「えっ!?」
承諾前。アデリアの身体はレティエルによって空中へと上げられる。
レティエルは狼だから分かっていないのだろう。
人の女性が裸を見られることにどれ程の恥ずかしさを伴うのかということを。
「ほお。人体とは実に面白いな。リア」
返事は無い。アデリアの頭は恥ずかしさでショートした。
「リア! どうした? リア、リア、リア!!」
温泉にレティエルの叫びだけが虚しく木霊する。
この出来事から30分後。正気を取り戻したアデリアからレティエルは人の常識をスパルタ方式で徹底的に叩き込まれた。
キスはお預け。レティエルはこの日、怒って損なった妻の機嫌をどうにか直そうと右往左往。翻弄した。