15.エルフ族の行方・在り方。
アデリアが地球からユーファニアに転移してきてから100年の時が流れた。
彼女が暮らすリリアテーゼ連邦共和国は今日も平和に時が流れている。
ある意味で天敵がいなくなった国。地球でネズミの楽園という名称の環境実験によって、平和なだけの国は必ず破綻するという結果が齎されていたが、この国ではその実験結果は当て嵌まらない模様だ。
階級なんてものは出来てない。貧富の差は特に無い。この国で暮らす人々は皆が助け合って生きている。
少子化問題も起きていない。エルフ族は長寿であるが故に子孫を残して家や国の未来を子孫に託す・繋ぐという意識がかなり薄いのだが、自分達の寿命が尽きる頃になると彼女ら・彼らは第六感のようなものが働いて、希薄であった意識が不意に替わるのだろうか? 子孫を残して、その子が独り立ち出来る迄は生きて、我が子の成長した姿を見たら満足そうに笑顔で死後の世界へと旅立っていくのだ。
リリアテーゼ連邦共和国で暮らしているエルフ族の寿命は温泉効果で3,000歳。
なので先の事例は数えるのに片手で足りるくらいしか検証が得られていない。
その程度では、とてもじゃないが充分な検証結果とは言えない。
今後も国を運営するに足る人口が在り続けるか否か分からない。
国のあらゆるデータを纏めた書類を前に頭を悩ませるアデリア。
落ち着く為に何か飲み物が欲しいな。と思っていた時にレティエルがマティアを伴って現在アデリアがいる部屋。リコベルの領主館・執務室へと入室して来た。
「リア。書類と睨めっこ続きで疲れただろう。休憩にしないか」
「そうだね。そうするー」
「レティエル様、街の偵察お疲れ様です。アデリア様、書類の整理お疲れ様です。今、お茶を淹れますからごゆるりと休憩なさってください」
「すまないな、マティア」
「ありがとう、マティア。丁度飲み物が欲しいと思っていたから嬉しい」
「それは良かったです」
マティアがアデリアとレティエルの前でミルクティを淹れ始める。
何気なくその様子を見守っていると、アデリアの目に映るマティアの護衛を担当している妖精の姿が瞳に映る。
妖精は書類とアデリアを交互に見て"にしし"と笑う。
アデリアは肩の力が抜けて、軟体動物のようになってしまった。
『そうか。そういうことか……。悩んでいた自分がバカみたい』
リリアテーゼ連邦共和国のことは世界が、妖精達が調節しているのだ。
世界と妖精達の掌の上にある国。
出身地の地球と同じように考えるのが間違いだった。
「リア? どうかしたのか?」
「ううん、掌の上っていうのも悪くないなって思っただけ」
「掌の上?」
「うん。ねぇ、レティ」
「どうした? リア」
「明日、行きたい所があるから付いて来てくれる?」
「勿論だ」
「ありがとう」
アデリアはマティアが淹れたミルクティのカップを手に取る。
彼女は口にミルクティを運んで、"ほぉ"と吐息を吐きだした。
**********
翌日。
アデリアがレティエルと一緒に訪れたのはブレイヴル王国。
この国はかつてアデリアの企みに乗らなかったケンタウロスとガーゴイルが建国した国。
ケンタウロスが王で人化したガーゴイルが宰相を務めている。
土地はリリアテーゼ連邦共和国の方が広大だが、総人口はブレイヴル王国の方が多い。
その理由は元々守護獣という存在がいなかったエルフ達が自分達の里から出て、この国に属しているから。
王都でレティエルと2時間程度、恋人繋ぎをして街を練り歩いた後に王城の前に立つアデリア。
王城内には顔パスで入れる。
かといってアポを取っていないわけじゃない。
礼儀として数日前に宰相のガーゴイルに話はつけてある。
この日に伺うからよろしくお願いします。と。
それもあって王城を警備している門番達は恭しく頭を下げてから王城へと続く門を開けてくれた。
アデリアとレティエルが数歩進んだところで待っていたのは宰相のガーゴイル。
「お待ちしておりましたじゃ、アデリア様。……とレティエル」
「私のことは[ついで]のような言い方だな。ガーゴ」
「実際、[ついで]ですからなぁ。かっかっかっ」
「まぁ良い。ケロス王の所迄さっさと案内をしてくれ。……しかし、ケンタウロスだからケロス。ガーゴイルだからガーゴ。単純な名付けだな」
「儂らは名前など他の者達と違って、自分達に名前など必要ないと思っておった。じゃが建国にあたり急遽必要になったからの。急なことだった故、このような名前になったのじゃ。本音を言うとアデリア様に名付けて頂きたかったのじゃが……」
ガーゴイルはアデリアに名付けを打診した。
だがその願いはその場で拒否されてしまった。
その時のことを思い出して少しばかりガーゴイルの顔が歪む。
「あっさりと無碍にされるのは結構堪えたぞよ」
「それは残念だったな」
ガーゴイルの話を聞いて少々厭らしい笑みをレティエルが浮かべる。
話題に上がっているアデリアは特に興味は無さげ。
恋人繋ぎをしたままの伴侶の手を指の甲で突いたり、滑らせたりなどして楽しく遊んでいる。
『はぁ……っ。私の妻が100年経っても可愛い件』
自分はアデリアにとって特別。優越感に浸ってしまう。
ガーゴ。そんな目で見ても無駄だ。
妻の目に映っているのは自分だけなのだから。
「あの、いつになったらケロス王に取り次いで貰えますか?」
遊ぶのも飽きた。
ガーゴイルを一瞥してアデリアは口を開く。
彼女からの言葉で我に返るガーゴイル。
『いかんいかん。年甲斐もなく、アデリア様とレティエルの関係を羨まし気に見てしまっておった』
アデリアとレティエルに勘付かれないようにガーゴイルはため息を吐く。
気を取り直して彼は「こちらですじゃ」とアデリア達に背を向けて歩き出した。
ところでガーゴイルはアデリアが『いつ見ても某有名なRPGゲームの動く石造を思い起こされるなぁ』と彼のことを密かに観察していたことを知らない。
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ブレイヴル王国が王城の客室。
本来ならば謁見の間で会談を行うべきなのだろうが、アデリアと形式ばった話をしたくはないと考えたケンタウロスはアデリア達を通すのは謁見の間ではなくて、客室にするようにと命じていた。
主に言われていた通りにアデリア達を客室へと連れてきたガーゴイル。
ドアをノックすると中から「入れ」という声。
どうやらケンタウロスはアデリア達よりも先に客室に来ていたらしい。
「失礼致します」
ガーゴイルを先頭に客室に入室するアデリア達。
ここは謁見の間ではないとはいえ、目の前にいるのは一国の王。
アデリアがカーテシーと挨拶をしようとするとケンタウロスが慌てて彼女の行動を止めた。
「止めてくれ、アデリア様。俺様にその必要はない。気楽に話をしようぜ」
「じゃあそうさせて貰うね。とりあえず座ってもいいかな?」
「勿論だぜ。遠慮なく座ってくれ」
「言質取ったからね。後でうだうだ言わないでね」
「俺様がそんなことを言う筈がないだろう。生命の恩人を相手によ」
「前も言ったけど、私は別に生命の恩人なんかじゃないよ」
テーブルを挟んで左右にある客室のソファ。
右側の奥にレティエルが座り、その隣にアデリアが座る。
上座と下座の関連のことなどどうでも良い。
気楽にとこの国の王から言われているし、婦々共に傍にいたい。
全員が席に着いたところで叩かれる客室のドア。
又もケンウロスから「入れ」の言葉が外の者へと投げ掛けられる。
「陛下と宰相様。それからお客様にお茶と菓子を用意致しました」
入室してきたのはこの王城で働く侍女。
全員分の紅茶とテーブルの中央にアフタヌーンティのスタンドが置かれる。
セットが終わると侍女は恭しく頭を下げて部屋から退室していった。
「この王国を建国して80年あまりだったか? ガーゴ」
「左様でございます」
侍女の退室を見送ってから話を始めるケンタウロス。
アデリアはスタンドの一番下にあるサンドイッチに手を伸ばす。
玉子サンド。好きなのだ。
「アデリア様、あの時は俺様達の里は人間共がばら撒いた奇病で死人が出ていた。里の全員が死に至る前に助けてくれたのはアデリア様だ。なぁ、救世主様。恩返しさせてくれよ」
「恩返しも何も、何度も言ってるよ。私はただ企みの件でもう良いかなって思ったから貴方達に会いに行ってちょっと助言しただけだよ」
「さっきは奇病って言ったがよ。調べはついてんだ。人間共は黒死病だとか名付けてたな。アデリア様は感染が広がりきる前に建国を促してくれたんだろ。そしたら世界が結界で守ってくれるからよ」
「……それならそんなまどろっこしいことなんてしないでリリアテーゼ連邦共和国で貴方達を保護すれば済む話でしょ。でも私はそうしなかった。つまり全部貴方達の思い込みだよ。私は救世主でもなんでもない」
「俺様達は救世主様の願いを突っ撥ねたことのある愚か者だからな。そんな俺様達を助けるなんて大っぴらにすればリリアテーゼ連邦共和国内が荒れちまう可能性がある。アデリア様は国民の不興の嵐を恐れて穏やかに済むように動いたんだろ」
玉子サンドを齧り、咀嚼して飲み込む。
紅茶を手に取って一口。
「想像力が豊かだね。勘違いも甚だしいよ」
「黒死病の感染は結界で防止が可能だ。その[事]はリリアテーゼ連邦共和国を外敵などから守る為に張られた結界で証明済みだ。俺様達を助けるには結界が不可欠。だが、エルフ族の里は散らばって存在している。効率を考えてエルフ達を1ヶ所に集合させた。それでブレイヴル王国を建国。アデリア様は俺様達をここで赦した。赦したから世界はアデリア様の考えに同調した。だろ? レティエル」
「急に私に話をふるな」
「アデリア様は認めてくれそうにないからな」
"ガハハ"と大声で笑うケンタウロス。
レティエルはアデリアを見ると我関せずといった顔。
2つ目の玉子サンドを手に取って食べている。
『私の妻は何をしていても可愛いな』
"じっ"と妻を見るレティエル。
それとなく下腹部を優しく撫でると、彼女は"びくんっ"と身体を跳ねさせた。
「レ、レティ、急に変なことしないでよ」
はにかみが可愛い。とても可愛い。
自分の中で暴れだした欲望をレティエルは力づくで抑え込む。
夜迄待てと―――。
「これは私の独り言だが、私の妻は人間のことは嫌いだが、エルフのことは好んでいる。ブレイヴル王国は建国から3年後には私達の国と同盟関係にあるという契約を締んで、貿易も開始したよな。……そういうことなんじゃないのか」
「で? 俺様達は恩にどう報いたらいいんだ?」
「今迄通りにエルフ達を大事にすればいいよ」
我関せずだったアデリアがにこやかな笑みを浮かべる。
ケンタウロスは黙って口角を上げた。
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後日談。
会談から数日経ったある日。ケンタウロスの聖域にレティエルの聖域に在る温泉と似たような温泉が突如として沸いて出た。
似たような。なのは効果が同じではないからだ。
レティエルの温泉は女性を美貌にするが男性を誹謗にはしない。
逆にケンタウロスの温泉は女性を美貌にはしないが、男性を美貌・細マッチョにする。
この温泉の出現により、リリアテーゼ連邦共和国とブレイヴル王国は今迄よりも広く国交が開かれた。
同時に始まったエルフ達の大移動。
移住希望者が国に拒絶されることはもう無いが故に起きた[事]。
エルフ族であれば受け入れる。人間族はその対象ではない。
リリアテーゼ連邦共和国はこれで女性が人口の98%で残りの2%が男性。
ブレイヴル王国はこれで男性が人口の98%で残りの2%が女性。
と相成った。これより未来、2ヶ国の男女比は変わることなく……。