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13.婦々としてまた1歩。

 リリアテーゼ連邦共和国の一地方・リコベル。

 この地方の統治者・レティエルは本日領主館にて仕事中。

 書類整理をこなすレティエルの太腿の上にはアデリアがいる。


「ねぇ、レティ……」

「うん? どうした?」

「どう考えてもこれはレティの仕事の邪魔になってると思うんだけど」

「そんなことはない」


 アデリアは困惑した表情。

 それもその筈で、レティエルの太腿の上に身体を乗せているのは彼女自身の意思ではなくて他でもないレティエルに乗せられたからだ。

 幾ら身長が同年代の女性よりも低いとはいえ、障害物になっているのは確実。

 なので何度かレティエルの太腿の上から下りようとしているのだが、レティエルがそうさせてくれない。


「あ、あのね、レティ。下ろして欲しいなぁって」

「それは聞けない願い事だな」

「で、でも私がここにいると書類見辛いでしょ?」

「そんなことはない」


 レティエルの爽やかな笑顔。


 これはダメだ。何を言っても聞いてくれそうにない。

 アデリアはレティエルに降参の白旗を上げる。

 ヤケクソになって逆にレティエルの首にアデリアは両手を回す。


「心配しなくても私はレティの傍から離れたりしないよ。それに、この地方の人達の視線だって悪意あるものじゃなかったでしょう」

「……分かっている。だが、気に入らないんだ」

「それ、私以外の人達の前で言ったらダメだからね」

「勿論だ。それくらいの心得はある」

「なら良いけど」


 レティエルのこの行動。原因はアデリアにある。

 つい近頃、アデリアが聖女であることがついにリリアテーゼ連邦共和国の国民達に知られたのだ。

 レティエルと一緒にリコベルの街を散歩している最中に出会った魔獣。

 アデリアは深く考えずに浄化魔法(ピュリフィケーション)を使用して魔獣をその場から消去させた。

 浄化魔法(ピュリフィケーション)を使えるのは聖女だけ。

 それを街で使用。話題にならない筈がなかった。


 一気に知名度が上がったアデリア。

 街を歩けば多くの者達が彼女に視線を向ける。

 しかし、悪いものじゃない。尊敬と感謝の視線だ。

 レティエルだってそうであることには気が付いているのだが……。


「リアは私の妻だ」

「うん、そうだよ」

「傍にいてくれ。それで私は安心出来る」

「嫉妬? 独占欲強いよね。レティって」

「そんな私は嫌か?」

「ううん、嫌じゃないよ」


 レティエルの頬にキス。

 一瞬、彼女の顔がニヤけたものになったがすぐに不満気なものに変わる。


「何故頬なんだ? 唇にしてくれ」

「それはレティが仕事を終わらせてからのご褒美ということで」

「そういうことなら!」


 さっき迄とは比べ物にならない速度。

 書類を次々とレティエルは裁いていく。

 兎に角、早くご褒美にありつこうと必死なレティエルを余所にアデリアが思うはレティエルへの軽い不満。

 確かにアデリアは国民に聖女だとバレたことで注目を浴びるようになった。

 けれど、レティエルはそれより遥か前から守護獣として注目を集めていた。

 彼女が人化してからは彼女の美貌に見惚れる者がより一層増えていることを本人は自覚しないでいる。

 アデリアは呑気にしているように見えるが、陰では彼女に恥ずかしくない伴侶であろうと努力をしているのだ。

 例えば会食のマナーとか言葉遣いの勉強だとかをしている。

 美を保つことと体型維持は温泉が勝手にしてくれるから何もしていないが。


『人の気も知らないで……』


 不安なのはアデリアだって一緒だ。

 怖いくらいの形相になっているレティエルの唇にアデリアは自分の唇を重ねる。


「んっ!!???」


 突然のことにレティエルの目が驚きで見開かれる。

『ご褒美ではなかったのか?』とその目は訴えているが、アデリアは無視。

 酸素が欲しくなる迄アデリアはレティエルと唇を交わし続ける。


 

 その時、ドアがノックされた。

 レティエルは手でドアを指し示しているがアデリアは気が付かないフリ。

 部屋の中の住人から応答が無かったからだろう。

 外にいた者によってドアが静かに開けられた。


 開けたのは侍女の1人。

 アデリアとレティエルに紅茶とお菓子を運んできた者。


「レティエル様、アデリア様。僭越(せんえつ)ながら紅茶と茶菓子を用意しまし……」


 侍女はそこ迄言ってから、自らが仕える(あるじ)達が互いの唇を重ね合っていることに気付く。

 瞬時に深紅に染まる侍女の顔。


「し、失礼しました」


 と言いつつも侍女は部屋から退室しない。


『尊い……。ここで離れるなんて、そんな勿体こと出来ないわ』


 侍女は2人が離れる迄の一部始終を見届けた。


**********


 数分後。

 アデリアとレティエルは紅茶と茶菓子を部屋迄運んでくれた侍女に礼をしつつも、2人だけで食べるのは少し寂しいからと手が空いている館員を呼んでの簡易的なお茶会の開催を提案。

 部屋に訪れた侍女の呼び掛けで茶会用の庭にアデリアとレティエル。それと現在手が空いている館員達が集合した。

 かつて館員達に叱られて以来、定期的に開催されるこのお茶会。

 なので館員達も慣れたものだ。

 "さくっ"と全員分の紅茶と茶菓子が用意されてアデリアとレティエルは上座に。館員達は下座に座る。


「では頂くとしようか」


 レティエルの掛け声でお茶会開始。

 本日の話題は()()()アデリアについて。

 口火を切ったのは、家令を務めるマティア。


「アデリア様。この国って本当に平和ですよね」

「急にどうしたの?」

「魔獣など滅多に見掛けませんし、見掛けても最弱のゴブリンです。それだけでも凄いことなのに、粗暴だった者が穏やかな性格になったとあちこちで耳にします。それに農作物が毎年豊作って聖女の能力って万能すぎませんか」

「ああ、それは……」


 前者は正しい。魔獣が現れないのはまごうことなき聖女の能力によるものだ。

 しかし後者は少し間違っている。

 粗暴な者が穏やかになったのは、聖域の妖精達とかつての里からこの地方に聖域が移動してきた時に自然発生して、妖精達と一緒に暮らすようになったスライム達の活躍によるものだ。

 妖精とスライムはアデリアの魔力が嗜好品。

 魔力を与えると、かの者達は働き始める。

 リリアテーゼ連邦共和国で暮らす人々の傍らには妖精かスライムが1人につき1体必ず付き添っていて、その人のことを見守っている。

 マティアの肩の上にも妖精がいる。姿はアデリアにしか見えないが。

 大好きな味の魔力をくれるアデリア。小さな身体から伸びた小さな手でVサインを送っている妖精が可愛いらしい。


「ふふっ」


 思わず顔に笑みを称えるアデリア。

 何もしていないのに笑んだ彼女にマティアは首を傾げる。


「アデリア様? どうかしましたか?」

「ん、ごめんね。ちょっと思い出し笑いしちゃった」

「そうですか」


 妖精はマティアの頬を指で突いている。

 悪戯好きの妖精らしい行動。

 そんなことをされてはいても、人々は何も感じないのだから妖精達は好き勝手に悪戯し放題だ。

 ちなみにスライム達は妖精達よりもっとタチが悪い。

 担当が女性だった場合はそれはもう、スライム達は大喜びする。

 まぁ、悪戯好きという欠点はありつつも妖精かスライムが人々の傍にいることは多大なる利点がある。

 人が道を踏み外しそうになった時、その人の良心に悪事を働くことは良いことではないと訴え掛けて止めてくれるから。

 それでもダメなら夢に現れてその人に説教をすることもある。

 それが粗暴な者が穏やかな性格になった理由。

 でも、だけど、稀に妖精もスライムも手を尽くしてもどうにも出来なくて、守護していた人を見放すことがある。

 他国と比べるとこの国は犯罪者は非常に少ない。

 少ないが[0(ゼロ)]じゃない。世界が因果を作り出さないといけない決まり事でもあるのだろうか? 悪意を持って生まれてくる者が数百万人のうち1人は必ずいる。

 そして、そういう者は悪事を働いて改心しない。

 よって、ブエルキリソン刑務所の更生したら出所可能という規定は未だに日の目を見たことがない。


 最後の農作物が毎年豊作な理由。

 人間とエルフ族に分け隔てなく接する豊穣の女神アイリスの力の賜物。

 アデリアは彼女の力に少しだけ自分の力を加えているに過ぎない。

 妖精には2種の者が存在する。

 1種は聖域に住み、この国で暮らす者達を守護する者。

 もう1種はその辺の土地に適当に住んでいる者。

 その適当に住んでいる者にアデリアは魔力を与えて協力して貰っている。

 その辺の土地に適当に住んでいる妖精は農作業が得意だ。

 だから、なので毎年豊作になる。


 ……………。

『さて、どう説明したものかなぁ』


 馬鹿正直に言うのは憚れる。

 妖精かスライムがいつも一緒にいるとか言いにくい。

 言って気持ち悪がられたら妖精もスライムも気分を害して人々から離れて行ってしまうかもしれない。

 離れられたら治安の悪化は免れない。それは嫌だし、困る。


 レティエルを見るアデリア。

 彼女達には申し訳ないが、この際守護獣の魅力を借りることにした。


「実は今迄黙ってたけど、守護獣達の力を借りてるからこの国は平和なんだよ」

「そうなのか?」


 それは自分が知らなかったこと。

 レティエルはアデリアに尋ねる。

 聖域があるから妖精とスライム達がいる。守護獣がいるから聖域が在る。

 アデリアが言ったことは全くの嘘じゃない。


「そうだよ。黙って力を借りちゃっててごめんね」

「いや、別に構わない。だが使っているのは魔力か? 減った感じがしないんだが」

「ん~、守護獣がそこにいるだけで私の力になるんだよ」

「……。そうか。ならばリアは私の傍にいないといけないな」


 "ニヤっ"とするレティエル。

 彼女のこの後の行動はアデリアにも館員にも察しが付いている。

 

『レティエルに肩を抱かれて傍へと寄せられて……』

『レティエル様がアデリア様の肩を抱いて自分の傍に寄せて……』

 

 皆が思ったことは大当たり。アデリアはレティエルに抱き寄せられる。


「愛している。絶対に誰にも渡さん。守護獣がいれば良いと言っていたが、私の力を使え。リア」

「私の力は平等に、自動で、契約してる守護獣達から力を借りるからレティだけを選ぶことは出来ないんだよ。……ごめんね」


 そう。妖精とスライム達は各地方の守護獣の聖域から借りている。

 あの企みの時に交わした契約が生きている限りは永久に自動でそうなる。

 契約解除を申し出てくる守護獣がもしいれば、その者の聖域から妖精とスライムを借りることは不可能になる。

 が、代わりにその守護獣とその者が守護する者達はリリアテーゼ連邦共和国から土地ごと国の領土の外へと放り出される。

 平和に慣れた者達が契約解除を申し出てくることは無いだろう。

 この国は今後も8柱の守護獣達により統治され続けると思われる。


「でも、気持ちは嬉しいし、何度でも言うよ。私はレティの傍にいる」

「その言葉、違えてくれるなよ。リア」

「うん。なんなら私とレティの間だけで特別な契約書でも作る?」

「というと?」


 アデリアとレティエルは保証人 又は その子孫の許可が得られ無い限り離縁することが不可能になる。

 ついでに魅了の魔法を無効化する効果が付いたもの。

 そんな契約書を作ろうとアデリアが提案する。

 レティエルは内容を聞いてすぐ様それに賛成の意を示した。


「ほお。リアを魅了の魔法で惑わすことが不可能になるのか。良いな」

「レティもね。だから魅了の魔法で私かレティを自分のモノにしようとするような不届き者が現れても私達はそれを撥ね退けてお互いの好きを貫き通せるよ」

「その契約書。すぐに作ってくれ」

「うん」


 アデリアが提案して、レティエルの要望で作られることになった契約書。

 折角なので、契約書は紙では無く魔道具として作ることにした。

 保証人はマティアに依頼。お茶会で話を聞いていた彼女は快く承諾した。

 後は現物。妖精達の力を借りて魔法を使い、ミスリルの塊を指輪に変化。

 話が出た翌日にアデリアは品を創り上げた。


「レティ、出来たよ。それでね、あのね……」


 この世界にも結婚指輪の概念はある。

 あるが、指輪を填める指はどの指でも良いことになっている。

 アデリアとしては左手の薬指に填めて欲しいところだ。


 それを説明しようとしたのだが……。


「綺麗だな。繊細な彫刻がされているところがリアっぽい」


 指輪はシンプルな細いストレート状の物。

 レティエルの言う通りに繊細で細やかな彫刻が施されている。

 アデリアの手から2対の指輪のうちの1対を取るレティエル。

 アデリアが説明をするよりも前にレティエルは迷うことなく、指輪を愛する妻の左手薬指に"そっ"と填めた。

 サイズは大きめに作っていたが、魔道具であるが故に指に填められると指に合うように自動でサイズが変わる。


「知ってたの?」

「うん? 何をだ?」

「私が左手の薬指に指輪を填めて欲しいって思ってたこと」

「知らなかった。なんとなくその指が愛が深まるような気がしたんだ。私も同じ指に填めてくれるか。リア」

「うん。……うんっ」


 想いが通じ合っている。

 レティエルの左手薬指に指輪を填めた後、泣き崩れるアデリア。


「リア?」

「大好き! ……大好きだよ、レティ。改めて……、永久の愛を貴女に誓うよ」

「私も改めて誓おう。リアが私の傍から離れたくないと思うように幸せにすると」

「もう充分に……、離れたくないと思ってるし、幸せだよ?」

「私はまだまだリアを幸せにしたい。今のままでは満足出来ていない」

「欲張り」

「知らなかったのか? 私はリアに対しては強欲なんだ」


 妻を抱き締めるレティエル。

 マティアが2人の指輪に触れる。

 これで契約は完了。


「ありがとう、マティア」

「マティア、恩に着る」

「良いですよ。その代わり……」

「「その代わり?」」

「誓いのキスをここでしてください」


 思いも寄らぬマティアの申し出。

 顔を見合わせるアデリアとレティエル。

 ……。雰囲気に流されてアデリアが静かに目を瞑る。


『これだから私の妻は……』


 可愛すぎるのも罪だ。レティエルの中にあるアデリアへの想い。

 膨らみ続けるばかりで一向に萎む気配はない。

 レティエルはアデリアに改めて愛を誓うキスを交わした。


 目を開けるアデリア。

 先程迄はマティアと館員が数名だったのに、いつの間にか人数が増えている。

 館員全員にアデリアにしか見えないが、妖精達とスライム達が領主館を埋め尽くさんばかりに集まっている。


「なんで?」

「素敵なキスでした。眼福です」

「……仕事はどうした?」

「こんな時くらい固いことは言いっこ無しですよ。はぁ、あの時に頑張った甲斐がありました。館員達に()()()()を出せるようになったのですから」

「マティア。私達への説教はもしかして……」

「はい! この為ですよ」


 ……………。

 マティアのことは置いておいて、沢山の者達からの優しい視線と祝福。

 アデリアとレティエルはそれを一身に浴びて、互いにこの日婦々としてまた1歩前進出来たような気がした。

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