12.分からされる2人。
リリアテーゼ連邦共和国の一地方・リコベル。
アデリアとレティエルは久しぶりに領主館の前にいる。
領主館の門扉の先にある玄関迄の道の庭。
アデリアとレティエルの目に映るは、その庭に左右分かれてずらりと並んでいる侍女達の姿。
それから玄関前で真の館の主を若干憤った顔で見ている1人の女性。
いずれの者達も孤児院の出身者達。他国では孤児院というと一般家庭よりも質素な暮らしをしていて、時には差別にも似た心無い言葉を投げつけられるのが習慣化しているが、ここリリアテーゼ連邦共和国ではそのようなことは無い。
孤児院も一般家庭も暮らしに特に変わりはない。
誰かに差別的な言葉を吐かれるようなこともない。
唯一一般家庭と違うのは、人の数が多いので1つの部屋に最大4人が暮らすことになっていることだけ。
彼女達もそういう暮らしをしていた。
しかし、ある時を期に彼女達の待遇は大きく変わることになった。
アデリアとレティエル。この地方を統治している者によって。
とある日、孤児院に訪れたアデリアとレティエル。
彼女達がその日に孤児院を訪問することは前もって院長に伝えられていた為に、院長を含めた以下偉い人達の間では大きな混乱は無かったが、何事も知らされてはいなかった子供達の間ではちょっとした騒乱が起きた。
「ねぇねぇ、なんでレティエル様とアデリア様がいらしてるの?」
「私に聞かれても困るっす。こっちが知りたいっすよ」
院長達はアデリアとレティエルの訪問は子供達へのサプライズのつもりであったようだが、結果はこの通り。大失敗になった。
「子供達に知らせておくべきでした。申し訳ございません」
いつもよりも騒がしくなった孤児院。
院長達はそのことに恐縮して2人に頭を下げているが、アデリアとレティエルは気にしていない。
子供というのはこのくらい元気な方が良いのだ。
「頭を上げてください。それよりも院長、先に伝えた通りに[事]を進めても?」
「はい。ですが何故この孤児院を選ばれたのですか?」
「籤で決めました」
「く……、籤でですか」
「あはははっ。私の妻はたまに突拍子もないことをするのが当たり前の人なんだ。だから気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
「レティ、その言い方だと何か誤解を生みそうなんだけど」
「誤解か。例えばリアは頭で考えるよりも先に身体が動く者である。とかか?」
"むすっ"と頬を膨らませている愛しい妻の頭をレティエルは撫でる。
アデリアは怒ってるのだ! とレティエルに見せているのだろうが、如何せん童顔であるし、レティエルは四六時中妻と触れ合っていたいと思う程に妻が好きすぎるので、アデリアの顔は『可愛いな』という風にしか映っていない。
頭を撫でられて蕩けた顔になり掛けるアデリア。
"はっ"として顔を元に戻そうとしているが、上手くいっていない。
仲良しな婦々のやり取りを見て、顔が綻ぶ院長達。
『尊い……』心の中に湧いてきた想い。
これによって静まる孤児院。
レティエルは頭を撫でるだけでは飽き足らず妻を優しく抱き締める。
騒がしかった孤児院が静かになっていることには気が付いていない。
「リアは頭で考えて、計画を取捨選択してから行動に移すだろう。イケると思えば実行するし、ダメだと思えば"バッサリ"と切り捨てる。そんなのはなかなか出来ることじゃない。私はリアのことを尊敬しているぞ」
「……私が臆病だからだよ。だから確実に失敗すると思うことが出来ないだけ」
「過去がまだリアの中から消えてないということか?」
レティエルの問い掛けにアデリアは黙り込む。
黙秘は認めているのと同じこと。
「リアは1人じゃない。私がいる」
妻の身体を抱き締めている手を少しだけ強く。
「うん……。ありがとう」そう言ってレティエルを抱き締め返すアデリアの身体は少しだけ熱い。
『妻が可愛すぎて気が狂いそうだ』
『レティの愛と優しさでおかしくなりそう』
似たようなことを考えているバカップル婦々。
アデリアとレティエルは孤児院の者達に長らく[尊さ]を見せ付けた。
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さて、互いに後ろ髪を引かれつつも互いから離れたアデリアとレティエル。
彼女達はやっとこさ、この孤児院に来た目的を遂行することにした。
今はただそこに在るだけの領主館で暮らしても良いと思う者を探す目的。
建物は人が住んでいないと傷んでしまう。
仮にも領主館。地方の象徴がオンボロだなんて笑えない。
という訳でアデリアとレティエルを面接官として始まった面接。
住んで貰うと言っても誰でも良いというわけじゃない。
教養・特技のある者でないと困る。
この孤児院で暮らしているのは院長を含めて70名。
アデリアとレティエルは1人1人丁寧に面接を行って、結果23名を領主館の館員として採用した。
年齢別に言うと、1番上は18歳。1番下は10歳。温泉の効能は10歳時から効果を発揮し始めるのでこういうことになる。
尚、選ばれたのは全員女性。別に男性を差別したわけじゃない。平等。
たまたまここの孤児院では女性の方が男性よりも優れた者が多かったからだ。
最初のうちは館員に採用されて嬉々としていた者達。
ところが蓋を開けてみると、待っていたのは思い描いていたものとは違う暮らしだった。
地方を統治するレティエルとアデリアは滅多に領主館に現れない。
てっきり2人の指示の下で自分達は動くものだと館員に採用された者達は思っていたのだが……。
丸投げだった。
地方を統治する者にしか出来ない仕事はアデリアとレティエルがこなすのだが、それ以外は全部丸投げ。
領主館で1番上の家令の立場に任命されたマティアは今迄何度ため息を吐いたか分からない。
アデリアとレティエルはいつも聖域の洞窟の家にいる。
そこは2人しか足を踏み入れることが出来ない場所。
で、あるから2人との報連相は近年作成された魔道具。
ある程度の権力を持つ者達の間でしか持つことが許されていない代物。
高さ250mm、幅180mm、厚さ10mmのタブレットで行われている。
お互いの顔を映せるし、録音・録画が出来るし、タブレットに必要書類や手紙を放り込むと相手に届くという優れ物。
これのお陰で重要書類にすぐにサインを貰えるので助かってはいる。
いるのだが……。
「あの、領主館の運営についてのことなんですが……」
「それはマティア。君に全面的に任せる。君なら信用出来るしな」
「ええっ……」
いつもこれだ。事実、領主館の運営は2人がいなくても上手くいっている。
2人が選んだ者達が全員優秀であるからだ。
それに、この国は世界で1番平和な国なので荒事や犯罪などが滅多には起きないということも運営が上手くいっていることに大きく貢献している。
他国では頻繁に現れる魔獣だって、この国では1年に1~2度姿を見られるか否かという感じだ。
他国からの領土侵犯の心配もない。
勝手にリリアテーゼ連邦共和国の一部を自分の国の領土だと騒いでいる国があるが、領土に足を踏み入れられない時点でただの戯言。
リリアテーゼ連邦共和国は戯言を言う他国のことを完全に無視している。
本日の通信終了。
私室の椅子に身体をだらけさせて天井を仰ぐマティア。
「……使用人・館員との交流も領主館の主の仕事ではないのですか」
翌日はドラゴンのカレン。
他国で言うところの王都 又は 帝都。
リリアテーゼ連邦共和国では首都を統治している彼女が視察と茶飲みにこの地方へと訪問して来ることが決まっている。
「だからレティエル様とアデリア様もここに来ます」
マティアはこれを利用しない手はないと悪い顔つきになる。
館員達にも話をして、2人に少しばかりお灸を据えることを彼女は決めた。
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ドラゴンのカレンの持て成し。
視察と茶会は終始和やかに終わった。
「良い地方だな」
と言って貰って胸を撫で下ろしたアデリアとレティエル。
[事]が終わったので聖域に帰ろとなった時に館員達に囲まれた。
「「「アデリア様、レティエル様。少しお時間を貰えますか」」」
「えっ、えっと……、皆どうしたの? 顔が怖いよ?」
「……今の暮らしに何か不満があるのか? 給金が足りないとか」
「給金が足りないなんてことは無いですが、不満は有りますね」
館員達の顔は笑顔。なのに目が誰1人として笑っていない。
恐怖を覚えるアデリアとレティエル。
「ちょっと、お二人共そこに正座して貰って良いですか?」
「せ、正座?」
「ここは茶会用の庭で石畳で出来ているんだが……」
「そうですね」
「石の上に正座するのは痛いだろうなぁって思う」
「同意だ」
「でしょうねぇ。では正座をお願いします」
「「……………はい」」
なんとなく館員達に逆らうのは賢い選択じゃない。
そう感じて彼女達に言われるがまま石畳の上に正座する2人。
「あのですね……」
この後、アデリアとレティエルは館員達からたっぷりとお叱りを受けた。
朝方玄関に立っていたマティアが不機嫌だった理由がよく分かった。
「分かりましたか!?」
「はい、ごめんなさい……」
「すまなかった……」
説教が始まってからかれこれ2時間。足が痺れている。そして痛い。
涙目なアデリアとレティエル。
館員達は言いたいことを言えて大分溜飲が下がった様子。
その後、アデリアとレティエルは1週間・8日に2日は領主館に通うようになり、館員達とお茶会をしたり、皆を労うようになった。それに……。
[事]を成し遂げたマティア。
今迄と打って変わった顔をして彼女は今日も領主館で―――。
統治者たる者は恋愛ごとにばかりうつつを抜かしていてはダメですよ。
というお話でした。