11.裏切られた少女はフェンリルの妻となりて。
レティエルの母親・シェーラとの約束の時間まで残り20分。
乱れた衣服を整え、準備を終えたアデリアはソファに座って苦笑した。
身に纏うは白のワンピース。白か黒か迷っていたが、レティエルに攫われたので自然とその時に手に持っていた白のワンピースを着ることになった。
『時間ギリギリ迄愛されるとは思ってなかったなぁ……』
強引だったが、アデリアは悪い気はしていない。
悪い気どころか幸福感が心を包んで満たしてくれている。
目を瞑り、レティエルを想うアデリア。
ふと、強い魔力を傍に感じてアデリアは目を開く。
そこにはレティエルの母親・シェーラの姿があった。
アデリアとシェーラご対面。
初めて見るレティエルの母親。
当たり前だが、狼形態の時のレティエルに似ている。
似ているが、レティエルよりも少し怖い。
目つきと鬣のような毛付きがそう見せているのだと思われる。
"じっ"とアデリアを見定めるかのように見つめるシェーラ。
ついでに威嚇のような魔力が放たれたような気がするが、気のせいだろうか。
「気は済んだか?」
2人と1柱の分。紅茶を淹れにキッチンへと行っていたレティエルがお盆にそれを乗せてリビングへと戻ってくる。
迷うことなく座る場所は愛する妻の隣。
娘の行動を見て笑うシェーラ。
「久しぶりに親に再会したのに貴女は迷わずそっちに行くのね」
「母親より妻の方が計り知れない程大事だからな。それで? リアは合格か?」
「ええ。人型なのは正直言ってビックリしたけれどね」
「エルフと結婚した者がよく言うな。まぁ、私は会ったことはないがな」
「貴女を私が産んでから数週間後に流行り病で亡くなったからね」
「……それよりリアはどうだ? フェンリルだろう?」
アデリアの肩を自分の方へと寄せてシェーラを挑発するレティエル。
アデリアはさっき迄の余韻もあってレティエルの肩に自分の顔を擦り付ける。
シェーラとレティエルは一触即発だった。
アデリアの行動でそれが一転。レティエルの瞳が険しい眼差しから優しい眼差しに変わる。
「リアは強くて可愛いな」
「強い? どういうこと?」
「私の母親からの威嚇の魔力に少しも動じなかっただろう」
「あっ。私の勘違いじゃなかったんだ? でもそんなに怖くなかったよ」
「だ、そうだ」
シェーラに向けて愉快そのものを露わにして笑うレティエル。
"きょとん"としているアデリア。
シェーラはアデリアの平然とした態度に大きく口を開いて笑い転げる。
「あはははははっ。確かに貴女はフェンリルだわ。合格よ」
「……? 良く分かりませんけど、ありがとうございます。ところで貴女の娘さんを私にください」
のほほんと告げられた親への頼み。
シェーラだけでなくレティエルも思わず吹き出す。
「すでに私はリアの伴侶になっているだろう」
「そうだけど、念の為?」
「あははははっ。お腹が痛いわ。レティエル、貴女が選んだ子は面白い子ね」
「だろう? それに可愛い。つまり私は幸せだ。安心してくれ」
「私の訪問の本当の理由もお見通しなのね」
「一応親娘だからな」
「ふふふっ、アデリアちゃん……だっけ? こんな生意気な娘だけど今後共よろしくお願いするわね」
「はい!」
「さてと、それじゃあ私はお暇するわ」
「あの、今日はありがとうございました」
「こちらこそだわ。じゃあ今度は1,000年後くらいにまた会いましょう」
シェーラが転移の魔法を発動して消える。
それによって2人きりに戻った聖域の洞窟の家。
「せめて淹れた紅茶を飲んでから帰れ」
レティエルの怒りの言葉。
アデリアは聞き流して、レティエルが淹れてくれた紅茶のカップを手に持つ。
一口飲んで思うはシェーラがいた席の前に置いてある紅茶のこと。
どう見ても犬皿。犬皿に淹れられた紅茶。
相手は狼だからそれで正解だったのかもしれないが、もう少しは上等な入れ物を選んであげたら良かったのにと感じる。
レティエルの嫌がらせだったのだろうか。
「ねぇ、レティ」
「ん?」
「キスして欲しい」
「リア」
アデリアに言われてレティエルが彼女の肩を優しく掴む。
すぐにはキスをせずに目と目で[大好き]を伝え合う2人。
微笑むアデリア。目を瞑ってレティエルのことを待つ。
数秒後、2人の唇と唇が重なり合って……。
「紅茶味だった」
「そうだな。もっとじっくり味わいたい。リアはどうだ?」
「うん、私も味わいたい」
「可愛いな。どうしようもなく可愛い」
再びの唇と唇の重なり。だが、今回は舌と舌とが踊りあう。
2人はそれからお互いに甘えの戯れ合いを始めた―――。
**********
後日談。
ユーファニア。数年後。
アデリアはレティエルの部屋で手鏡を手にして首を傾げていた。
いつ迄経っても変わらない姿。いい加減にもう少しは大人になっても良いのではないだろうか?
いつも浸かっている温泉に老化を遅らせる効果があることは知ってはいるが。
「ねぇ、レティ」
「うん? どうした、リア」
「私ってさ、14歳の頃から変わってないような気がするんだよね。あの温泉に老化を遅らせる効果があるのは知ってるけど、こうも変わらないものなの?」
アデリアにとっては真剣な質問。
しかし、レティエルにとっては珍妙奇妙な質問。
「……守護獣はあの温泉に1度でも浸かると不老になるからな。当然だろう」
「へっ……!! そうなの?」
「ああ。知らなかったのか?」
「初めて知ったよ」
「まぁ、そういうことだ。リアは生涯14歳のままだな」
「ちなみにフェンリルの寿命ってどれくらい?」
「エルフ族が絶滅する迄だな」
「う」
「う?」
「嘘でしょーーーーーーーーーー」
アデリアの悲鳴が聖域の洞窟の家に響き渡る。
彼女はその後に暫くレティエルの部屋のベッド上で突っ伏した。
エルフ族の絶滅なんて世界の気候変動とか、隕石落下とか、超巨大地震で大津波が襲来するとか大きな出来事が起きなければ遥かに遠い未来の話だ。
……。気が遠くなる。が、そうであるなら仕方がない。アデリアは開き直った。
それ以降、アデリアは聖女の力を存分に使ってリリアテーゼ連邦共和国を世界で1番平和で豊かな国へと導く。
惜しみのない力の開放。リリアテーゼ連邦共和国はアデリアの力で魔獣の出現が無いに等しい状態となった。
荒事や犯罪率が減少。粗暴だった者が穏やかな性格に変わった。
すでに刑務所に入っている者には残念ながら効果は無かったが……。
こう迄国が豊かになると、人々は噂を始めるもの。
もしかしてこの国には聖女様がいるのではないのかと。
元来聖女は人間の味方だったが、人間から聞いた話がある。
今回の聖女は人間の敵に回ったと。
今はまだ飽くまでも噂。聖女が本当にいるのか、いるならばそれは誰なのか迄は分かっていない。
リリアテーゼ連邦共和国の守護獣とエルフ達がアデリアが聖女だと気が付くのは少し遠い未来の話。
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地球。数年後。
~オリュンピアの光の乙女達~
続編かファンディスクが発売される予定だったが、侵入経路不明。
何処からか送られてきたコンピューターウィルスによりプログラムが破壊されて発売は不可能となった。
それ以降もゲーム会社が一丸となってどうにか発売へと漕ぎつけようとするが、その度にプログラマーが事故に遭ったり、イラストレーターが突然に体調を崩して入院したり、前回のようにコンピューターウィルスにやられたりして、ついに発売は白紙とされた。
発売しようとすると何かしらの不運に見舞われる。
このことから一部界隈では~オリュンピアの光の乙女達~は呪われたゲームだと言われるようになって、ゲームを買う・ダウンロードする人口は激減。発売会社は会社の規模を縮小せざるをなくなる……。
世界の波動の差。
ユーファニアと地球。2つの世界を眺めるは他に多くの世界を束ねし者―――。
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裏切られた少女はフェンリルの妻となりて
本編 Chapitre complet Fin.
ご拝読ありがとうございました。
少しでも読者様が楽しんで頂けていたら幸いです。
ではまた別の物語で。
作者こと彩音
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