8、妖精の奇跡
「…ツ?フランツ、何処にいるの?大切な話があるのよ」
母上が呼んでいる。
あれ?
俺はラガート帝国に送られて死んだはずでは。
俺は王宮の庭に寝転がっていた。
「なんだよ、夢でも見てたのか?」
横でケラケラと子供時代のカイトが笑ってる。
「うん、帝国で死んだ夢」
「なんだそれ。戦死でもしたの?」
「いや、何か牢屋で…」
「牢屋って、どんな悪いことしたんだよ」
面白そうにレイブンも顔を覗き込んでくる。
「よくわからないけど、虫が…」
そう言った途端、ブウンと羽音がした。
鮮やかな青い玉虫色。
反射的に俺は起き上がった。
その虫が飛んで行く先へ急いで走った。
「どうしたんだ、フランツ」
アレクセイを先頭に、同年代の友人達が追って来る。
この先に、確か…
きゃあという小さな悲鳴が上がった。
透ける様な銀色の髪。
凝った意匠の髪飾りの上に、さっきの虫が止まっている。
アレハ コロンゾムシ ダ
訳の分からない思考が起きる。
そして声を上げた女の子の髪飾りを見てはっとした。
あの髪飾りを覚えている。
俺の、オレノタイセツナ―――
「待って、動かないで!」
咄嗟に俺が声をかけた。
「君の髪に、虫が止まってる。待ってて、取ってあげるから」
泣きそうな声で、女の子はうん、と返事をした。
虫は脚を髪に絡めてもがいていたが、何とか外してまた空に放った。
「もう大丈夫だよ、怖かった?」
「ううん、ありがとう」
安心したのか、俺に笑顔を見せてくれる。
可愛い子だなあ。
「よかった」
俺も笑顔になった。
「君の髪がとっても綺麗だったから、虫も引き寄せられちゃったんだね。お花と間違えて」
「お花と?」
「うん、虹色のお花。君は妖精みたいに綺麗だから」
そう言うと、真っ赤になって俯いた。
「フランツ!こんな所にいたの?」
すぐに母上がやって来た。
「どうしたの、マリールー嬢。フランツに泣かされたの?」
「いいえ王妃様。この子が助けてくれたんです。大きな虫から」
「まあそうだったの…フランツ、この子は公爵家の令嬢、マリールー嬢よ。大きくなったら貴方のお嫁さんになる子よ」
そうにっこりと告げられて、今度は俺が赤くなった。
「今のはコロンゾ虫ですね」
子供の癖に博識なカイトがぼそっと言った。
「最近の研究でわかった事だけど、コロンゾ虫の糞から今迄治せなかった難病の薬ができるんだって」
へえ、とレイブンが虫が飛んで行った方の空を見上げる。
「以前は腹黒虫なんて言われてたけど、最近では妖精の奇跡って言われるんだって。青空に虹がかかったように見えるからって」
「妖精の奇跡…」
思わずカイトの言葉を反芻した。
「医師たちが捕まえすぎていなくならないうちに、王宮でもなるべく早く保護して繁殖させないとって父上が国王陛下に言わなきゃって言ってたよ」
人間って身勝手だな。
そんな風にフランツは思う。
勝手に評価して、勝手に価値を決めつけて。
あの虫は以前と何ら変わっていないのに。
「折角だから捕まえたかったな。フランツ、レイブン、アレク、今度見かけたら捕まえておいてね。あれは国の希望の光なんだから」
俺も頷く。
ああ。
今度は絶対に逃がさない。
間違えない。
もう決して。
(終)
お読みいただきありがとうございました。
初めての投稿作品です。
フランツが間違えなかった人生の結末は敢えて書きませんでした。
読んでくださった皆様にとってのハッピーエンドになりますように。
誤字報告、ありがとうございます。