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7、フランツ

初めて公爵家の令嬢に会ったのは5歳の時。

話には聞いていたけど、とっても綺麗な子だった。

この国にはない変わった髪の色、目の色。

まるで絵本で見た妖精みたい。

でもその子は妖精ではなく、ちゃんとした人間だった。

その子が将来俺のお嫁さんになるんだと母上が言っていた。


俺が、こんな綺麗な子をお嫁さんに?


相当浮かれていたんだろう。

俺は自分のお気に入りの虫をポケットに入れていたのを思い出して、虹色に光る髪に着けた。

薄い青地に虹色に光る虫の羽が、銀地に虹色の光を跳ね返す髪によく映えてキラキラしていた。

母上もこの虫の羽でできたアクセサリーを持っていたから、絶対この子の髪には似合うと思った。

その通りだった。


うっとりとよく似合うと言ったら、何故か父上にも母上にも凄く叱られた。


大きくなってから分かったんだけど、その美しい羽の虫はコロンゾと言って、美しい外見と内実は真逆であるという生き物であって、俺はあの美しい子にそういう存在なのだという印象を周囲に与えてしまったのだと知る。


分かってからはマリーに謝った。

そんなつもりじゃなかったって。

照れ隠しにババアみたいって言ったのも本心じゃなかった。

でもその時にはもう既にマリーの悪評は定着してしまっていて、どうにもならなかった。


悪評を覆す方法を考えたけど、側近候補達は真剣に考えてはくれない。

俺が何とかしろって投げて来るだけ。


何とか出来るものならとっくにやってる。

何度も彼等に訊かれた。

マリーの事は好きじゃないのか、どうでもいいのかって。

どうでもいいわけじゃない。


だけど、マリーに嫌われてるのはわかってる。


「婚約を解消する気はないのか」


とうとう従兄弟のアレクにそう訊かれた。


「…嫌だ。俺はマリーがいい」

「マリールー嬢はそれで幸せになれるのかな」


その頃、マリーの誕生パーティでの出来事を聞いた。

婚約者にも放置されたマリーを、アレクが慰めてエスコートしていたと。

その時のマリーはとても嬉しそうで、お似合いだったと。


「フランツ、マリールー嬢がどうしてお前の婚約者になったのかは知っているだろう?」


うん、と頷く。

マリーが帝国の皇帝の孫で、父上はケイセス王国との関係を強くしたかったからだ。

攻め入られれば、こんな小国あっという間に潰される。

マリーにこの国の冠を被せれば、帝国の庇護を貰える。

でも次代の王である俺がやった事は、マリーを貶めて孤独にした。

こんな事が知られたら、帝国に何をされるかわからない。


「それなら何故国王陛下に従わなかった。今はお前は、真実の愛の相手があの狡猾な男爵の娘と思われているんだぞ」


従兄弟の言葉は身に突き刺さって来る。


「マリールー嬢との婚約を解消しろ。お前を廃嫡して俺が王太子になって彼女を貶めたお前と国王を突き出せば帝国は溜飲を下げてくれる」


まるで悪魔の囁きだ。


「い…嫌だ、俺はマリーと」

「まだ言ってるのか。肝心のマリールー嬢がお前との婚約を破棄したいと望むほどにお前のやった事は許されない事だったんだぞ」


マリーにケイセスの冠を被せる。

そしてアレクが王太子になる。

ということは、マリーはアレクの妃になる…。


目の前が真っ暗になってその場に崩れ落ちた。



「…それで、マリーは幸せになれるのか」


それにはアレクセイは答えなかった。

答え様がなかったのだ。

少なくとも嫌われてはいない。

だけどアレクセイの妻になって幸せなのかどうかまでは自信のないところだった。


「お前が婚約を解消してくれたら、すぐにでも俺は全力で彼女を口説き落とす。俺無しで居られないくらいに愛し抜く」


それを聞いてフランツが震える。


「彼女が孤独に耐えている間、ずっと俺は彼女に寄り添いたかった。でもお前の婚約者だからそれができなかった。守る気がないなら手放せ。このままだと彼女だけじゃなくてこの国すら壊されてしまう」


まさか、アレクもずっとマリーを好きだった?


「初めて会った時からマリールー嬢が好きだった。でもお前の婚約者だったから、俺は傍で見ているだけでもいいと思ってきた。王族の結婚には個人の感情なんて関係ないからな。俺ならあんな風に貶めたりしない、大事にしてあげるのにって何度悔しい思いをしたか」




どうして俺は間違ってしまったんだろう。

あんな素敵な子を好きになるのは俺だけじゃないって何で気付かなかったんだろう。

俺は王太子で、マリーが俺の婚約者だっていうのに胡坐をかいて大切にできなかった。

間違った方法で彼女の名誉を回復しようとしてた。



自分の命がなくなることよりも、マリーを失うことの方が悲しかった。

彼女の髪から毟り取った髪飾りは、壊してしまったと言い訳をして返さなかった。

本当は大事に大事に宝物として持っていた。

返してしまったら、二度と俺とは会ってくれないような気がして。

遠い北の国に飛んでいってしまうような気がして。


マリー、俺のマリー。

大好きだった。

いつだって俺の真実の愛は、君だけのものだった。

悲しい思いをさせてごめん、辛い思いをさせてごめん。




「本日をもって王太子フランツ・デア・ケイセスとマリールー・ディケンスとの婚約を解消する」


国王陛下の勅命がその日下された。

同時に王太子は廃嫡、国王は王弟殿下に譲位。

これからはクリスチャン・ロウ・ケイセス王の治世となり、王太子にはアレクセイ・デア・ケイセスが据えられた。


マリールーがその宣言を聞いたのは、夢の通りではなかった。


男爵令嬢と間違いが起きる前にと、国王は急遽城に貴族達を集めて宣言したのだ。

当事者のマリールーも呼ばれていた。


パティタ男爵は、隣国と結びついてケイセスとラガート帝国を離反させようと画策していた。

王家が帝国の皇女を貶めたのであれば、容易に開戦理由ができる。

火の粉が降りかかる前にさっさと隣国に逃げ出せば良かったのだが、妙な動きに気付いたアレクセイやレイブン達の機転で先回りをし、男爵を抑え込むことができた。

娘のキャロラインは、純粋に王子様への憧れがあっただけで、フランツそのものに興味がある訳ではなかった。


それを真実の愛とか言うなら、ちゃんちゃらおかしいな。


廃嫡されたフランツからあっという間に掌を返し、新王太子のアレクセイに擦り寄ろうとしたキャロラインをアレクセイは一刀両断にした。

光に集るゴミ虫こそ醜いと。



前国王に大きな落ち度はなかったが、如何せん帝国の皇女の地位を貶めてしまった。

息子のせいとはいえ、対策が不十分であった。

堅実な新王と、同じく聡明な王太子。

民衆も新国王と王太子を歓迎した。


そして旧王太子との婚約が白紙になった公爵令嬢に、新王太子が猛烈な求愛を始めた。


新王の戴冠の折に、王太子の婚約が発表された。

王太子に大切にされている公爵令嬢は幸せそうだった。



帝国に護送された元ケイセスの王子は、牢の中でその報せを聞かされた。

その後、国から唯一持ってきていた箱を大切に抱えて自刃し息絶えていたという。

箱の中には、帝国の意匠のある髪飾りがあった。

そしてその亡骸には、一匹の玉虫色の甲虫が止まっていた。




―――君は美しいと言ってくれた。

あの子は何を言われても罪はないって言ってくれた。

幸せになってほしいとあの子が願ったから、その願いを叶えるよ。

君の真実の愛が叶うように―――




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