2、国王、怒る
後日、国王陛下がフランツを伴って公爵邸を訪れた。
茶会の席での事を謝罪に来たらしい。
が、当のフランツは不服そうだ。
応接間で対応するディケンス夫妻を、フランツはじいっと見入っていた。
特に気になるのはディケンス夫人の方。
「先日、妃が催した茶会で、フランツが御令嬢に大層失礼な振る舞いをしたと聞き及んだ。大変申し訳ない」
国王陛下は私に頭を下げた。
「陛下、頭をお上げください」
お父様は恐縮してそう言うが、なかなか国王陛下は頭を上げてくださらない。
「いや、何でも愚息のせいで、御令嬢が不名誉な名で呼ばれることになってしまったと聞き及んで、未来ある女の子になんという仕打ちをしたのかと私の方が恐縮している。本当に申し訳なかった」
「あの、陛下。娘は何と?」
「虫付きの公爵令嬢と」
「違いますわ国王陛下。コロンゾ虫付きの公爵令嬢、です」
大人達の話の中に、私が割って入った。
それを聞いた国王陛下がさらに顔を青くした。
コロンゾ虫は良い意味では比喩として使われない。
不潔であるとか、見た目は綺麗でも中身は汚く腹黒いとか、凡そ悪意のある意味に使われる。
だから宝飾用に使われる羽の部分は、コロンゾと呼ばずにコロネジアと別の名を付けられる。
お母様もコロネジアの宝飾品を幾つも持っていて、その話を聞いて怒って全て捨てようとしたのだけど私が止めた。
宝石になってしまえば美しいのだから、コロンゾ虫自体には何も罪はないのだからと。
子供の無邪気さは時として残酷だ。
そんな意味合いで言ったのでもなくても、彼等彼女等の親は子からその話を聞き、公爵家の令嬢は腹黒であるという認識が広がってしまう。
「お前は!何と言うことをしてくれた!」
王家が筆頭公爵家の令嬢を貶めたのだ。
その場で国王陛下が雷を落とした。
そんな事よりも、大事な髪飾りを返してほしいんだけどな。
「だって、似合ってると思って」
不貞腐れながら言い訳する王太子に、今度こそブチ切れた国王陛下が殴りつけた。
『お前なんてコロンゾ虫がお似合いだ』
その言葉は蔑みの言葉として度々用いられるものだったのだ。
公爵夫妻と控えていた侍女達は顔面蒼白となり、あと2発、国王陛下の拳骨が炸裂するのを只々見ていた。
王家としては公爵家に申し訳ないと思い、益々この婚約を実行しなくてはならなくなった。
何の瑕疵もない令嬢を王太子が勝手に貶めて、社交界にデビューする前に悪評を作ってしまった。
しかもその御令嬢は見目麗しいだけでなく聡明で、学習を始めれば女にしておくのが惜しいと謂われるほどの才媛となった。
特に宰相の子息であり、次期宰相とされるフランツの側近候補のカイト・ホーデスは何かにつけて出来の良さを論われるマリールーには対抗心を燃やされた。
分かりにくいように厭味を言って来ることもあり、マリールーも「あ、嫌われてるなこれ」と感じるのに十分だった。
近衛隊長の子息であるレイブン・メルクリウスは次期近衛として将来の国王・フランツに侍る一人だ。
レイブンには溺愛している妹がいて、その妹は王太子のフランツを慕っており、王子様のお嫁さんになりたい!と幼少期から言い募っていたため婚約者のマリールーを敵視していた。
コロンゾ虫の癖に、と見下しているフシもある。
マリールー自体に何の落ち度はなくても、妹の敵となるならばそれほど良い感情が持てる訳もない。
王弟殿下が臣籍降下して興した公爵家の嫡男、アレクセイ・フェルベールはそんな王太子と側近候補達を緩く咎めるだけでマリールーの味方には決してならない。
つまりは。
マリールーは未来の夫とそれに仕える者達からあまり歓迎されていない。
マリールーの家、ディケンス公爵家は初代の国王の王弟が臣籍降下してできた由緒ある公爵家だった。
何度も王妹が嫁いでこられたり、王妃を輩出したりもしてきた。
特に今代の公爵夫人は、北にあるラガート帝国の第3皇女だ。
皇帝は末娘のディケンス夫人、メアリーアンを溺愛しており、政略結婚をさせず王女が恋に落ちたケイセス王国からの留学生だった現ディケンス公爵のリヒトに嫁がせた。
偶々メアリーアンの相手が隣国の王家に連なる高位貴族だったため、難なく結婚できたのだ。
マリールーの持つ透ける様なプラチナの髪とアメジストの瞳は、母親と同じく帝国の皇室にのみ現れる色だった。
国内では見かけなくても、大好きな母親と同じ色はマリールーの自慢だった。
けれど王太子に「ヘンな色」「ババアみたい」と言われ、剰え「コロンゾ虫」とまで言われるようになり、非常に腹立たしかった。
帝国に行けば、尊い色だと言われるのに。
この時、マリールーは決意した。
悪意ばかりをぶつけて来るこの国から出て行って、お母様の祖国に行って幸せに暮らすのだと。




