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戻された宝物(2)

「遺品は前王妃に渡すのが筋だろう」


帝国の使者が置いて行った遺品の箱を見ながら、国王は嘆息した。


「伯母上にも、伯父上とフランツが亡くなったことを報せなければなりませんね」


アレクセイが抑揚のない声で、呟きとも取れるようにぽつりと漏らした。

遺品を前にしても、未だ信じられないという思いが強い。


前王妃は、前国王が帝国に護送される前に離縁して、実家の侯爵家に戻っていた。

王妃だった身分は、その後の身の振り方次第では貴族達の権力争いの材料として政略に利用されかねない。

近々領地の厳格な修道院に送られることになるのだろう。


報せなければならないのは、マリールーにも…


そう考えて、アレクセイは目を閉じた。




死ねばいいなんて、考えた事なんてない。

ちょっと抜けてはいたけど、まるで汚いものを知らないような天真爛漫なやつだった。

人の上に立つには危なっかしくて、それなら俺が、俺達が支えてあげればいいと思ってた。

リルのことは愛していたけど、リルの心がフランツにないってわかってたから、たとえ政略結婚でフランツの妃になっても心が俺に向いてくれればそれでよかった。

いつでもフランツと共にいる俺がついてるのだと思ってさえくれれば。


今は、その望み通りになってるじゃないか。

もうすぐリルは文字通り、身も心も俺のものになる。

あいつが間違った事をやってたって、わかってても強くは咎めなかった。



心のどこかで、あいつが破滅してしまえばいいって思ってたんだろうって、カイトやレイブンは口に出さなくてもそう考えてるかもしれない。

卑怯者だと蔑んでいるかもしれない。

それでもいい、実際にそうなんだから。


でも、そう思われたって構わないくらい、俺もリルが欲しかった…リルの心が。



「父上、箱の中身は、伯母上に渡す前に俺も検めたいんですが、いいですか」


わざわざ帝国の皇帝がケイセスに戻すようにと言ったものだ。

何かしらマリールーに関係するものではと思えて仕方がない。


「できればリルにも…マリールー嬢にも見ておいて欲しいんです」


国王はアレクセイの言葉に頷いた。

それを受けて礼を言うと、謁見の間を辞してアレクセイは宰相の執務室に向かった。



気持ちと同じように、どうしても早足になる。


「宰相殿。押収した物品で貸していただきたい物があるのです」


宰相の執務室に入るなり、アレクセイは宰相の挨拶もそこそこに本題を切り出した。

執務室にはカイトもいて、宰相の手伝いをしていた。


「アレクセイ殿下、押収した物とは」

「パティタ元男爵の屋敷から押収した物だ」

「お貸しできるかは物と理由にもよります。どういったものが必要なのでしょうか」


扱い次第で証拠隠滅になったりしては困るものも多々ある。


「…個人的な書簡だ。もっと具体的に言うと、フランツがパティタ男爵令嬢に宛てた手紙があれば見せていただきたい」

「ほう、何の目的で?」


確かにパティタ男爵の捕縛にはアレクセイも一役買っていた。

けれど証拠の物件においそれと触れられないのもわかっている。

そこを押して何とかと頼むにはそれなりの理由があるのだろう。


「フランツの…名誉のために」


自分でも驚くくらいの低く唸るような声だった。

驚いてアレクセイを見ていたのは宰相だけではない。

横に居たカイトもだった。


「アレク、何かあったの?」


怪訝そうにカイトが尋ねて来る。

今言わなくても、そのうち耳に入る。


「さっき帝国から使者が来てたよね?フランツの名誉って、それに何か関係が…」

「…」


アレクセイは溜息とも深呼吸とも取れる様な長い息を吐いて、静かに言葉を紡いだ。


「伯父上とフランツが、亡くなられたと」


カイトが無言でバサリと書類を落とした。


「フランツが帝国に送られる前に、俺はあいつにリルを手放せと説得した。あいつは最後まで嫌がってた。巷で噂されていたあいつの真実の愛の相手とは、本当はどんな遣り取りがあったのかを知りたい」

「アレク…本当なの?フランツが亡くなったって」


ああ、とアレクセイは頷く。


「帝国からの使者は、その遺品を届けに来られた」


カイトの顔から色がなくなっていく。


「もしもあいつが本当にパティタ男爵令嬢を愛していたのだったら、リルにあれほど執着する筈がない」


そして生きる望みを失って、自ら命を絶つような事も。


「フランツ…っ」


俯いたカイトの目から一滴、涙が零れていた。


「確かに屋敷には令嬢宛の殿下の書簡もあった」


淡々と答える宰相に、カイトが食って掛かる。


「父上!父上は見られたのですよね、その手紙を」


当然全ての書類も書簡も検められる。

謀略の証拠となり得るものだから、それらは徹底的に漏らさず集められる。

宰相は黙って頷いた。


「今更それを知って何になると。もうフランツ殿下はいらっしゃらないのです」


鋭い宰相の視線が、アレクセイの腹の底を見透かすようだった。


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