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姉より優れた妹の末路  作者: 竜人
本編
2/5

中編

 ライナルト・エッカート。

 彼はメディア王ハフタル二世の異母弟ダリウスを父に持つ。

 ダリウス王子はかつてハフタル二世とメディア王国の王位を争い、七年戦争と呼ばれた壮絶な死闘の果てに敗れた人物である。結果的にダリウスは許されたものの、北方の僻地に追いやられて、失意のうちに死んだと言われている。一説によるとハフタル王によって毒殺されたとか、息子に殺されたとか言われるが、根拠を欠いている以上、いずれの説も流言飛語の域を出るものではない。

 ダリウスがデマバンドの領主に成り下がった時期に生まれた子がライナルトである。政争に敗れ、僻地に飛ばされた彼が、半ば自棄気味に地元の町娘を見初めて寝屋に連れ込んで犯した結果出来たのだ。経緯からして庶子以外の何物でもなく、ダリウス自身、何処の馬の骨とも知れぬ女の腹から生じた“息子もどき”に愛情は注げなかった。むしろ汚いものでも見るように母子ともども城外に追い出したので、少年期までライナルトは市井で育ち、一介の民としての暮らしを強いられたのである。

 ライナルトにとって、市井での暮らしはなかなかに厳しいものだった。

 そもそもお金がない。母は懸命に働いたが、所詮、女手一つでは十分な稼ぎは得られない。母は力仕事だろうと、手先の器用さを必要とする仕事だろうと、あるいは身体を売る仕事だろうと、なんだってやった。息子の為であれば犯罪すら辞さなかった。領主たる父からの援助はあてにできなかった。そもそもライナルトは、自分の父が領主である事すら知らなかった。

 周りの子供達からは苛められた。

 父を欠く“欠損家庭”であった事が、その主な要因である。


「お前の母ちゃんは、娼婦なんだってな」

「いろんな男と寝てるんだろ。お前もその辺の男のタネかもしれないぜ」


 好奇心を剥き出しにした悪意ほど、その標的となった者の心を抉るものはない。

 少年達は、自分達が口にした言葉の意味を正確に理解しているわけではない。父親や母親から聞かされた言葉の受け売りに過ぎない。しかしライナルトを面罵し、蔑む意思だけは明確だった。

 ライナルトは耐えるしかなかった。

 母が馬鹿にされようと、唇を噛み締め、拳をギュッと握り締めて、ただ耐える。

 しかしライナルトは耐える中でも懸命に頭の中にリストを作っていた。自分をバカにした奴、母を罵った奴、その全員を頭の中にリスト化していたのだ。もし時が至らば、その全てに復讐する為に。

 そうやって壮絶な少年期を過ごしていたライナルトだが、十歳の時に転機が訪れる。

 実父ダリウスにはライナルト以外の子供が一向に生まれず、遂にはダリウス自身が病に倒れてしまったのだ。事ここに至っては唯一の実子たるライナルトを呼び戻して後継者とせざるを得ず、早速彼の下に使者が送られる事になった。

 こうしてライナルトは自らの素性を知り、それに相応しい地位に就き、そして念願だった復讐も果たした。彼はまず自分や母を不幸のどん底に突き落としたダリウスをその手で殺害した。どのみち、死は避けられないほど衰弱していたが、それでもこの男が自然死を迎えるなど許せなかったのだ。

 ライナルトは純真無垢な息子を装ってダリウスの寝床に歩み寄り、彼の顔に枕を押し付けて窒息死させた。彼は事前に侍医を抱き込むなど巧みな隠蔽工作を施しており、また家臣達も総じて暴虐なダリウスにウンザリしていたから、不審を抱いてもいちいち詮索したりしなかったので、あくまで病死として処理される事になった。家臣達としては、下手に詮索して、次代の領主たる事が確実なライナルトの不興を買っても面白くないという思惑もあった。

 こうしてまんまと領主の座を得た彼が次に行ったのは、今まで自分を散々に苛めてきた子供達に落とし前をつけさせる事だった。即ちライナルトは自ら兵を率いて子供達の下に出向き、一人ずつ容赦なく血祭りに上げていったのである。

 これら一連の行動によって、ライナルトの異常性は国中に伝わり、王国政府においても何らかの処分を検討すべきという声が上がるに至った。とはいえ、ハフタル王はライナルトの行いにさほどの興味を示さなかったし、王が無関心である以上、一応は王族に属する彼を臣下達が一方的に罰するわけにもいかず、なあなあのうちに有耶無耶になっていった。とはいえ、ライナルトの振る舞いは人々の心に深く刻まれ、かつてダリウスが王の座を狙っていた事も相まって、その息子たる彼は「狂王」と呼ばれるようになったのだ。



 レファナが「狂王」の下を亡命先に選んだのは、彼の下であれば父王の意向やティアの悪意からも逃れられると思ったからである。今の狂王ライナルトは、形式上はメディア王国の臣下ながら、事実上は独立状態にあり、彼の領地には王国政府の威令も及びにくいのだ。

 彼の居城があるデマバンド山麓の町は、暴虐な狂王の統治下にあるとは思えないほど繁盛していた。町のあちこちに人が溢れ、彼らを求めて商人が店を連ね、それが更なる人を招くという好循環。こうした正の連鎖は、ひとえにライナルトの善政に端を発するといっていい。

 ライナルトは複雑すぎる税制を廃して、得られた収益の十分の一のみを課税する形に一本化した。煩雑な法制度は簡素化し、代わりに厳格化して、領民達の心に遵法意識を植え付けると共に、治安と秩序の再確立を図った。更に鉱山開発や新田開発など領地の発展にも意を尽くし、その為の人材の確保にも余念がなかった。

 だが、レファナは、デマバンドの発展ぶりを視察に来たわけではない。

 あくまでライナルトに助けを求める為にこの地にやってきたのだった。

 デマバンド城の門前を困ったようにうろつき回っていると、不審に思った番兵によって捕らえられてしまった。しかし彼女は運が良かった。ちょうど、ライナルトがその現場を通りかかって、自らを「レファナ王女」と言い切る彼女に興味を示してくれたのだ。


「面白い女だ。余の執務室に連れて来い。話を聞いてみたい」


 いかにレファナが冷遇されている、「じゃない方・・・・・」の王女だとしても、王女は王女である。本物の王女だとしたら、どうしてこんなところにいるのか大いに気になるし、偽者だとしても堂々と王女を名乗る度胸は褒めてやりたいし、そんな事をする事情や動機に興味があった。

 こうしてレファナは、狂王ライナルトの執務室に招き入れられる事になった。



「なにゆえ、我が従兄妹殿はこんなところにおるのか?」


 狂王と恐れられているだけあって、ライナルトの物言いは圧が凄く、その眼光は鉄の塊でもぶち抜けるのではないかと思えるほどに鋭かった。


「もう全てが嫌になったのです」


 レファナは正直に言った。


「嫌と言うのは?」

「全てです。父も母も妹も。妹は私の婚約者を奪いました。婚約者だった男は私の純情を弄びました。もう耐えられません。あんな場所にいるぐらいなら死んだ方がマシです」

「ほォ。それで、余の下に逃げてきたのか」


 ライナルトはじっとレファナの顔を見つめていたが、しばらくして眼光を和らげたのは、嘘をついているわけではないという事が分かったからである。彼は市井での生活を通じて、人間が嘘をつく時の目や言葉、声を嫌と言うほどに見てきた。だからこそ、目の前の人物の言葉が嘘か誠かをある程度は見極める事が出来るのだ。


「確かに余とそなたはいとこ同士だ。しかし接点はない。赤の他人も同然だが……」


 ライナルトの疑問は至極尤もであった。

 確かに二人はいとこだが、今日の今に至るまで接点と言えるものは全くなかった。

 さてこの疑問にどう答えるかと、興味津々のライナルトに対し、レファナはあっけらかんと、とんでもない事を言ってのけた。


「ええ、そうです。確かに赤の他人でした。……でも、もう違います。そこでものは一つ相談ですが、貴方は私を妻として迎える気はありませんか?」

「はァ?」


 口の中に何か入っていれば、そのまま噴き出していただろう。代わりに素っ頓狂な声を吐き出したライナルトは、突然途方もない事を言いだす眼前の女を呆れたように、というより狼狽したように見つめていた。


「私は今回の一件でよくわかったのです。私に普通の恋はできないのだと。例え出来たとしても妹に奪われるだけ。しかし貴方様であれば、いかな妹といえども手出しはできないでしょう」

「……い、いや、まあ、それはそうかもだが、しかし、いきなり何を言い出すのだ!」


 狼狽するという事に、ライナルトは全く不慣れであった。

 これまでの彼は常に誰かを驚かせる側だった。あるいは呆れさせる事に関しては自分の右に出る者はないとすら思っていた。しかし今のレファナは、その自分すら遥かに上回る途方も無さを発揮して、自分を驚かせ、呆気に陥らせ、困惑のどん底に突き落としている。

 生まれて初めてと言って良い経験を前に、しかし不思議と悪い気はしなかった。


「……そんな事を言って、本当に良いのだな?」


 売られた喧嘩は、買わねばならぬ。

 という子供じみた感情がないわけでもない。


「ええ」


 一方のレファナからは、自暴自棄に裏打ちされた強引さが垣間見える。開き直っているとでも言うのか。後先考えず、あえて短慮に走る事で、辛さや苦しみから目を背けているのだろう。

 ライナルトとしては、そんな彼女に配慮を示して、「もう少しじっくりと考えよ」「もう少し冷静に考えてから決めても遅くはあるまい」などと諭したり説得するのが筋というものであったかもしれない。しかし彼は、レファナに負けず劣らず、短慮に走りがちな人間であった。


「よし。よくぞ申した。そこまで申すのであれば、余とて男だ。そなたを妻として迎えてやる。そなたは王の娘。余も王族に属する身。つり合いもとれて、似合いのツガイとなろう」


 事の成り行き、その激変に、困惑を強いられているのは、ライナルトの家臣達だった。しかしライナルトがこういう人間である事を彼らは知っている。そして一度言い出したら絶対に聞かない人物である事も。

 また、よく考えてみると、王の娘たるレファナと結ばれる事は決して悪い話ではない。元々ライナルトは王族であるし、レファナは第一王女でもある。二人が結婚すれば、当然にライナルトこそが次の王の最有力候補たり得る事になる。第二王女と結婚した伯爵如きとは比較にもならぬ。

 いっそ自然の成り行きに任せ、互いのヤケクソに端を発する結婚を温かく見守ろう。……家臣団がそういう結論に傾いたのも無理からぬ事だった。

 かくてレファナ王女と、狂王ライナルトは結婚するに至った。

 王都ハグマターナの朝廷に対しては、一方的に事後通告しただけである。この国においては、身分的につり合いがとれ、かつ新郎新婦両者が合意し、司祭立会いの下で誓約すれば、その時点で結婚は正式に成立する。本来は父親の同意も必要だが、慣例的なもので明文化されているわけではないし、その慣例においても父親と速やかに連絡がとれない場合は同意無しでも構わないという特例があった。その特例を悪用する形で、二人は結婚を強行したのだった。




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