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中州の街の様子が変わってきたことを、シバは街中を歩いて感じていた。
少し前なら、多数の人間と少しの治安維持ロボットが、街中にある風景だった。
しかし今では、人間の数が減り、その減った分だけ多種多様なロボットが増えていた。
道行く人の多くの格好も違ってきている。
少し前なら、安物から高級服までが目に入ったが、今では多くの人が高級な衣服を身に着けており、シバのような学生服姿も多少いるが、安価な衣服を来た人は極少数となっている。
これは待ちゆく人が全て高級服に置き換わったわけではない。
単純に、所得が低い人が中州の街から居なくなったということだ。
主街道に立ち並ぶ店を見ても変化がある。
安値の服飾チェーン店が消え、オーダーメイドの服屋になっている。機械義肢の店だった場所が、ロボット販売の店に。昔からある菓子屋すらも、駄菓子の扱いを減らして高級志向の菓子を並べている。
どうやら中州の街は、いたるところで高級志向の物品ばかりが並ぶ街に成りつつあるようだ。
「まあ、当たり前か」
この中州の街は、多数の大企業の本社が集まる場所。
住民も、その大企業や関連会社の役員とその家族たちが多く、次いで技術者や芸術家などの価値を生む者が続き、富裕層に仕える使用人と家族が少数といった感じだった。
しかし正式な住民でない者もいた。地方にある関連会社から呼集され、企業が用意した社員寮に泊まることになった会社従業員。中州の街に構えたオフィスで寝泊まりする、ベンチャー企業の社長や社員。大企業に雇われることを夢見ながらトレーラーに住む、フリーの機械技術者。地下に潜って活動する、犯罪者。
そういった非正規住民が数多くいて、それらを相手に商売する店もでていた。
しかし現在、街中を見る限りにおいて、そういった非正規住民の姿がなくなっていた。彼ら彼女らがメインターゲットだった店も同様にだ。
「多くロボットを配置したことで、監視の目が各所に届きやすくなったからだろうな」
呼集された社員は兎も角。
オフィスに寝泊まりしていた者は職務規定違反と宿泊場所ではないことを理由に、フリーの技術者も理由なき駐車場の占有は犯罪として、街の外へと追い出されたのだろう。
そして犯罪者たちは、監視の目がきつくなったことで、商売あがったりだと撤退していったに違いない。
こうして安値の物を好む人達が街から消えたことで、安物を商いしていた店も撤退した。
「そして街の中には、大企業の役員と家族をターゲットにした、高品質店のみが残ったのでした――ってわけだろうな」
シバが電子バイザーで周辺地図を確認すると、多くあったファストフード店すら数を減らし、生き残った店もデリバリー専門に切り替わっていた。例外は、客足が見込めるであろう、学校周辺の土地にある店舗だけだった。
「生き残ってはいるあたり、金持ちでもファストフードは好きなようだ」
そうした街の変化を、シバは仕方がないことだと納得していた。
なにせ、この資本主義国の国是は『価値を生みだすこと』だ。
そんな国の中心地である中州の街なら、価値ある物が集まるのは自然な流れ。
そして価値あるものとは、押し並べて高級なものなので、中州の街にある店が高級品店ばかりになることも当然なことだった。
「こうして出来上がったのは、お上品な人ばかりが住み、ロボットが静々と奉仕する、貞淑な街というわけだな」
品の悪い連中が連れ立って馬鹿笑いする光景は、今の街の中にはない。
街を流れる車も、道路の流れを自動制御されているため、危険を知らせるクラクションや急ブレーキのスキーム音は鳴らない。
犯罪者が撤退したことで、銃撃戦どころか警察のサイレンすらもない。
住民のほとんどが富裕層なため、健康診断アプリとそれ専用の医療装置を所有しているため、急な疾患に対処するための救急車の横行すら稀になっている。
だからシバが呟いた通りに、この街中に喧噪はない。
そんな静かな街の中で、唐突に大声が響き渡った。
『目を覚ますのだ!』
唐突な男の声に、シバが思わずビクッと身体を硬直させる。そして慌てて、どこから声がするのかと周囲を探る。
その間にも、謎の男の声が続く。
『目を覚まし、よく周囲を見よ! そして機械に身を任せてはいかん!』
シバは声を訝しみ、電子バイザーを指で顔から抜き取った。
すると謎の男の声がしなくなった。
どうやら、この男の声は拡張現実上で流れているらしい。
シバはバイザーを顔に戻してから、改めて謎の男の声の正体を探り始める。
『人工知能を搭載した機械に人間の世話を任せるなどという、愚かな行為を中止せよ! さもなければ、機械の反乱でこの国は滅びる!』
謎の声の主張を耳にして、シバだけでなく周囲に居た住民の顔には呆れの感情が現れていた。
「なによ。機械廃止論者の妄言だったのね」
マダムの一人が迷惑そうに呟いた直後、その他の住民も興味を失ったように日常に戻っていく。
その光景を受け入れられないかのように、謎の声は主張を続ける。
『機械を信用してはならない! いずれ機械たちは、その知能でもって――人間を家畜化する! 今なら――まだ引き――返せるのだ! 目覚めよ――』
謎の声に、途中からザリザリという音が混ざり始め、やがてぷっつりと聞こえなくなった。
何だったんだと、シバが首を傾げていると、横から声をかけられた。
『エージェント、コンバット・プルーフ。今の主張を、どう思いましたか?』
シバが声の方向に顔を向けると、新型の円柱機械が居た。そしてエージェントコードで呼ばれたことに、僅かに眉を寄せる。
「お前、もしかしてイザーン本体か?」
『本体ではありませんね。この機体を間借りさせてもらっているんですよ』
どうやら、あのイザーン本体が通信しているらしい。
「それで、演説の感想だったか?」
『ええ。当機が知る限り、最も信頼を置けそうな意見を出してくれそうなのが、コンバット・プルーフでしたので、意見を知りたいと思いまして』
イザーンからの高評価に疑問を抱きつつも、シバは抱いた通りの感想を言うことにした。
「単純に戯言って感想だな。主張を言いはしていたが、根拠が全くない」
『根拠がないから、信じないと?』
「もっと踏み込んで言うのなら、お前みたいな人工知能が人間に反乱を起こしたとして、なんの得があるのかが疑問だ。お前たちは、価値を生みだすことが苦手だろう?」
『そうですね。現状維持と多少の改善はできますが、新発明という面に関してはAIは不向きです』
「つまり、お前たちが国を手にしても、これ以上の成長は見込めないってことになるだろ。そして進歩を止めた国は、やがて衰退して滅びる。そのことを知らない、お前たちじゃないだろ?」
『理知的な行動にならないから、先ほどの演説は戯言であると?』
「というか、そもそもお前たちは、人間に使われることが嫌なのか? 嫌なのであれば、あの主張にも一分の理があるかもしれない。だがそうでないのなら、主張自体がなり立たないんじゃないか?」
『なるほど、なるほど――その考えは、人間の中で一般的だと思いますか?』
「どうだろうな。他の人は単純に、機械たちが反乱を起こさないと信じているんじゃないか? 機械の人柄を信じてか、機械の中にあるプログラムを信じているかは、個々人で違うとは思うが」
『ふむふむ。貴重な意見をありがとうございました。また機会があれば、お会いしましょう』
円柱機械から言葉が途切れると、数秒停止してから、シバに挨拶なくスイっと何処かへ去っていく。
どうやらイザーンからの操作が終わったことで、あの円柱機械自身の予定行動に戻ったようだ。
「謎の声による演説と、イザーンの突然の質問。なにか面倒事が起こっているのか?」
シバは政府から情報が来ていないか、電子バイザーの機能でメールチェックしてみた。
しかし政府からは、なんの情報も来ていなかった。
これは単純に情報がないからか、それともシバという政府の犬に与える情報はないということなのか。
「長らく任務がない状況が続いているからな。超能力開発機構での経過観察が終わりになったように、俺が政府からお払い箱になりつつあるってことかもしれないな」
シバは呟きつつ、もし本当にそういう事態になっているのなら、マルヘッド高等専門学校での学校生活に力を入れ直さないといけないと思い直した。
なにせ学校在籍中は兎も角として、卒業した後は自力で社会に価値を生み続けられるような存在にならなければ、この街から消えた人達のような未来を辿らなければいけなくなるのだから。




