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シバが通っているマルヘッド高等専門学校は、複数の大企業の支援を受けて運営されている、この国でもトップクラスの名門である。
価値を生む存在を輩出することを目的としており、授業内容は個々人の才能を伸ばす方向に終始している。
そして各々の才能が違うのは当たり前なので、AIに生徒のスケジュールを組ませだり基礎講座を行わせたりしている。
そのため、この学校の教師は、各分野でトップクラスの製作者が担っていることが多い。
そんなトップクラスの人材が何故教師を引き受けているのかというと、それは学校側がありとあらゆる便宜を図ってくれるからだったりする。
例えば、陶芸家であれば希少な粘度や特注の釉薬が、絵師であれば筆や絵具が、彫刻家であれば望む石材や木材が、望むままに手に入れることができる。
そうした個人では伝手が無ければ得られないものが入手するために、トップクラスの人材たちは生徒たちに自身の技術を教えていわるわけである。
そうして技術の継承が行われることで、学校の生徒たちは他の芸術家や職人よりも一段高い技術力を手にして卒業することができ、その技術で社会に新たな価値を生みだしているわけである。
さて、学業における昨今のシバは、流行りの移り変わりと客からの要望もあり、美術剣の製作を主にしていた。
念動力を生かして作る、鍛造の刃物たち。
単純に刃物鋼を使ったものから、複数の鋼を組み合わせたり、鉄以外の物質を混ぜこんで作ったりと、色々と素材を変えた刃物を作っていた。
シバが刃物を作れば、それを元に剣や槍などに加工するよう別の生徒に製作依頼が行われる。
そんな繋がりで、今のシバは金属加工の分野に秀でた先生と、木材や金属に装飾を施すことを得意とする先生に繋がりが出来ていた。
その二人の先生から、シバにある素材が持ち込まれた。
「これは、特殊な金属のようですが?」
シバが手に取ったのは、一片が一メートルほどの正方形の金属板。
厚みは五ミリメートルほどで、断面に縞のような模様が見える――複合金属の板だ。
軽く拳で叩いてみると、コンと良い音が鳴った。硬さも十二分にあり、アサルトライフルの弾でも防げそうだ。
しかし、そんな装甲板のような金属を持ち出されて、シバは疑問顔になる。
「これを素材に、なにかを作るわけですか?」
シバの続いての疑問に、教師二人が重々しく頷く。
「兵器開発主体の大企業と鉄鋼製造の大企業の二社が共同開発した、最新式の装甲板。これを用いて、芸術作品を作れという依頼だ」
「人が持てるような、手ごろな物が望ましいという。宣伝に活用するそうだ」
シバは手の中で装甲板を弄びつつ、疑問顔を継続する。
「この板だけでも、性能の宣伝には十二分では?」
「新たな購買層への波及を狙っているらしい。単なる板を好むのは、素材を扱える者たちのみなのでな」
「その他の消費者に興味を持ってもらうには、目に楽しいものでなければならない」
理由に頷きつつも、シバは更に新たな疑問が湧いた。
「どうして俺に声をかけたんです?」
「君だけではないぞ。金属加工にある程度の習熟している生徒に、この金属板を託している」
「主たる政策は、我ら教師二名が行う。なので生徒たちには、自由な発想で金属板を加工してもらいたいと思っている」
その話だけでは、教師二人の製作物の引き立て役に、生徒たちが製作したものを活用したいと聞こえる。
シバは少しだけ反発心を抱いたが、装甲板を加工する経験と実績欲しさに、二人からの提案を受け入れることにした。
シバは学校から企業へと連絡を入れて、装甲板百kg分を自宅に届けてもらうことにした。
そうして届けられた装甲板を、どのような作品にするかを考える。
「順当に、鎧でも作るか」
装甲板とは、身を守るための金属だ。その特性を活かしつつ、人間が持てるような作品にするのなら、鎧が一番安易に発想できるものだろう。
「盾も候補に上げることが出来るが――俺以外の生徒が作るだろう」
盾なら、それなりの大きさの金属板を企業側に用意してもらえば、後は取っ手を付けたり表面の処理をしたりで完成させられる。
手軽に作れて見栄えの良い盾の製作は、別の生徒に渡してしまおうという魂胆なわけだ。
「鎧の制作は手間だからな。他の生徒たちの製作物と被る心配はないだろうしな」
そんな事を呟きつつ、シバは電子バイザーでネット検索して全身甲冑の一覧を画像表示させる。
様々な種類の鎧の画像が現れ、それらの画像を一旦AIに取り込ませる。そしてAIに、平均的なディティールの全身甲冑のイメージ図を出力させた。
現れた全身甲冑のイメージは、とてもシンプルで細身の造形だった。
「面白みがないな。少しヒロイックな造形を添加してみてくれ」
シバの要望に合わせ、AIが画像を再出力させる。
すると、基本造形は同じだが、肩や肘や膝の部分の装甲が出っ張った形になり、腰回りにスカート状の装甲板が追加された、どことなくアニメのロボットを思わせる造形が出された。
なかなかに格好良い造形に、シバは満足した。
「よし。このデザインで、設計図を組んでみてくれ」
AIはシバから要請を受け、全身鎧をどう作るかの設計図を出力した。
シバは設計図の行程を見て、眉を寄せる。
「鎧だけじゃなくて、襦袢とチェーンメイルまで作るように指示があるんだが……」
どうやら格好良い外見にするには、身体の形を整える襦袢が必要。そして襦袢が見えないよう隠すためにチェーンメイルが必須なようだ。
試しにと、襦袢やチェーンメイルを省いた設計でAIに見た目を出力させてみたが、確かに格好悪くなっていた。
「……仕方がない。設計図通りに作るとするか」
シバは装甲板を一つ取り出すと、念動力で宙に浮かせた。
その直後、浮いている装甲板の隅の端から針金のような太さの金属糸が出始める。これはシバが念動力でもって、装甲板を糸状になるように加工しているのだ。
そうして装甲板一つを金属糸の形に加工すると、その金属糸でもってチェーンメイルを編み始めた。
本来のチェーンメイルは、丸輪を繋げて作る方法が一般的だ。人の汗で錆びたり、攻撃を受けて傷ついた際に、その壊れた部分を取り除いて補修しやすいようにしているためだ。
しかしシバが扱っている装甲板は、現代金属らしく腐食に強い性質を持ち、実戦で使つ機会はないため傷つく心配もない。
そのため、丸輪にする意義が薄い。
だからシバは、セーターを編み棒で作るようにして、金属糸を編んで作ることにした。
硬い金属を編むのは、人力では大変な労力になるが、シバの念動力なら問題ない。
グネグネと金属糸が曲がりながら、チェーンメイルが高速で編まれていく。素早く強い力がかかったことで金属が発熱を起こし、まるでヒーターの前のような熱気が、編まれているチェーンメイルから出ている。
そのチェーンメイル作りと並行して、新たな装甲板から金属糸を作る作業も行う。AIが算出した、チェーンメイルに必用な金属糸の量は装甲板五枚分。後の作業を考えれば、片手間にでも金属糸を作っておいた方が後に楽ができる。
やがてチェーンメイルが作り終わり、今度は全身甲冑の装甲の制作。
こちらは装甲板を設計図通りに曲げて作り、接続に適した場所に穴を空けるだけ。穴を空けるのには専用の道具が必用になるが、なににせよシバの念動力なら手間なく行える。
そうして作り出されたのは、AIがデザイン出力した通りの、見た目がカッコイイ全身甲冑だ。
シバは念動力で、チェーンメイルと甲冑を操って、人の形になるように配置し、出来栄えを確認する。
「これで、ひとまず完成だ。提出期限日はまだまだ先だから、その日まで置いておくことにするが」
ヒロイックな全身甲冑を目にして、シバの胸に冒険心が生まれた。
「折角見た目がカッコイイのに、新品の艶が表面にあると興覚めだな。造形を目立たせるために、汚しを入れる手法があったよな」
シバはネット検索し、金属の表面処理や模型の汚し手法を学び、作った全身甲冑に応用するにはどうすればいいかを考え始めたのだった。




