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シバは、一切の機械物質を肉体に入れていない、この国では珍しい人物である。
その理由は、シバが機械強化されていない肉体でどこまで超能力を伸ばせるかの実験体として、超能力開発機構によって定められたからだ。
だから定期的に、シバの能力を超能力開発機構で計測することが義務付けられていた。
しかし――
「今日以降、計測はしなくてよくなったって?」
シバが疑念混じりに問いかけると、研究者が素っ気ない態度で頷く。
「ああ。君のデータは、もう取る必要がなくなったんだ。これから先、好き勝手にインプラントを入れていいよ」
「……本当にか?」
「ああ。超能力の強さは、成長が難しいと結果が出たからね。機械での強化だって、超能力の成長度の上昇や多少の能力強化はできても、C級をB級に、B級をA級にすることはできなかった。例外は、超能力を覚え込ませた生体脳を、外部から接続することだけだ」
「一応、俺の能力は伸びているが?」
「努力の結果の微々たるものだろ。劇的に変化をするわけじゃない」
つまるところ超能力開発機構は、超能力者に対する方針を変えたわけだ。
「既存の能力者の能力を強化する方向から、新規に強い超能力者を生み出す方向に研究がシフトしたわけか?」
「その通り。だから君にかかずらっている暇はなくなったんだ。以後、ここに来なくていいから」
追い出されるようにして、シバは超能力開発機構の建物から出ることになった。
「度々の検査は面倒だったから、もうやらなくていいのは望むところだが」
時流の変化が、こうも生活環境を変えてくるものなのかと、シバは感慨深い思いを抱く。
「しかし、肉体に機械を、ねえ」
生体機械を脳の中に入れれば、電子バイザーやゴーグルなしに、インターネットへの接続ができるようになるし、拡張現実の光景を見ることだってできる。
腕や足を機械の義肢に置き換えることだって可能だ。
しかし、シバはそのどれもに魅力を感じていなかった。
「いまの状態で、慣れてしまったしな」
身体に一切の機械を入れずに、もう何年も過ごしてきている。
幼い頃は、バイザーやゴーグルが必用な生活に、他の人は必用ないのにと、羨む気持ちがあった。しかし今では、バイザーやゴーグルがあれば他の人と同じことが出来るし、なくてもさほど困ることが無い事も知っている。
だから、いまさら脳の中に生体機械を入れるなど、むしろ考えられない暴挙のような気さえしている。
「また時流が変わって、脳に生体機械を入れないと生活できないような社会になったら、そのときに処置すればいいな」
シバは目に電子バイザーをかけると、超能力開発機構を後にし、自宅へと帰ることにした。
シバの生活が変わりつつあるように、この国の社会にも変化が現れていた。
前々から兆候はあったが、様々な非生産的な仕事が、ロボットに置き換わってきている。
物流業者、店頭販売員、鉄道事業、事務仕事、清掃、弁護士、警察、農業。
それらの雇われ人が、置き換わったロボットに押される形で、失業し始めている。
失業者達の行き先は、大半が職業訓練校での価値を産む仕事を学ぶことで、少数が生産工場の下働きへ。
生産工場の下働きなど、真っ先に機械化されそうな部署だが、機械化しきれていない部分を補助するための人員が必用なようだ。
そうした底辺のことだけでなく、中流や上流階級にも変化が現れている。
オフィスワーカーは、部門を統括する役職者になるか、営業や人事担当になるかに振り分けられた。その他の会社業務は、全てロボットが担うことになったからだ。
職人についても、手作業でやることに意味がある伝統工法の技術者になることが推奨され、普通の製造業はロボットに明け渡す形になった。
時流を作り出すはずの上流階級ですら、少し前は生身の肉体であることがステータスだったのに、いまは手足の機械化を整形手術感覚で行うようになっているという。
もっとも、上流階級の中で古い価値観を持つ者は、シバのような気持ちなのか、無意味に身体を機械化することを忌避しているようではあるらしい。
そうした国の変化を、シバはシーリから教わった。
「国是が価値を産むことなのだから、非生産的な活動をロボットに任せることは理に適っているわけか」
「ロボットは既存な物を生むことに長けているけど、新たな価値を創造することには向いていないからね。ならロボットに任せられる部分は任せてしまって、人間は価値を産む活動に注力するように時流を操作したってこと」
「操作って、誰がだ?」
「そりゃもちろん、数ある大企業のお偉いさんが、膝を付き合わせながらさ」
シーリの説明に、シバはコーヒーチェーン店で買った飲み物のカップに口をつける。その店も、店内には店長一人だけが人間で、他はロボットに置き換わっていた。
「色々な分野をロボットに明け渡してしまって、本当に大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫じゃない? 古代ローマでは、奴隷に大多数の仕事を任せて、ローマ民は知的活動に終始してたって聞くし」
「ローマは滅んだだろ?」
「滅ばない国があるものか。国が滅んでも、人は残る。そして人の知識と発想と発明も残る。その残るものを多くしようと、この国は動いているわけ。それが価値を産むってことだしね」
「……そういうものか」
シバはコーヒーをひと啜りしてから、新たな話題に入る。
「そっちの会社の業務にも、ロボットが入り込んでいるのか?」
「プログラムのコードを書くのは、未だに人間の仕事だよ。ロボット――というかAIに任せるのは、バグチェックの仕事だけだよ」
「意外だな。プログラムこと、ロボット任せになると思ったが?」
「意外と、コード書きは職人芸なところがあるんだよ。ロボットに任せると、どーもスパゲッティ化しがちでね。データ量が余計にかかるんだよね」
「スッキリとしたコードを作るには、人間が製作した方がいいってわけか?」
「感性というか価値観というかが、人間とAIとでは違っているみたいだよ。人間は仕事に美学を持ち込みがちだけど、AIは効率重視だからね。だから、人間が書いたものは見事でも当人にしか解読できなかったりする場合があるけど、AIの場合は誰もが見て理解できる。汎用性を考えるのなら、AIの方が優秀かもね」
「コードは汎用性を重視してないのか?」
「理解できないものは、解読できないもの。他社に真似されないようにするには、人間が製作した方がいいのさ。理解できないコードを使おうと思ったら、コピペするしかないしね」
「そして独自のコードが丸写しされていたら、盗用だと裁判を起こせるってわけか」
「そうそう。ある種の自己防衛ってわけ」
シーリは満足そうに言って、甘いフラペチーノを口にしてから、そっと溜息を吐いた。
「それにしても、怖い方向に社会が向かっているよね」
「怖いって、なにがだ?」
「だって、このままいけばさ。私やシバは、価値を生み出す人だからいいけど。価値を作ることに根本的に向いていない人は、どうやって暮らせばいいのさ。無職は許されないんでしょ」
「高等専門学校の成績不審者だと、農業を斡旋されると聞いているな」
「農業――食糧生産従事者か。あっちも機械化の波が来ているけど、畑毎に責任者を置かないといけない関係から、人員が必用なわけね」
「価値を産めない人間は、責任を取る立場に据え置かれるわけだな」
「そう考えると、企業の役職者は、無職一歩手前ってことになるね」
「会社や部門の舵取りがなければ、価値を生まない責任を取るだけの存在だからか」
上手い皮肉だと感じつつ、シバは飲み終わったカップをゴミ箱に捨てた。
シーリも続いてゴミ箱に捨てると、二人は並んで歩き始める。
社会情勢を教えてもらう見返りに、シバは今日一日シーリとデートを約束させられていた。




