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シバが暮らす資本主義の国は、価値を生み出す行為については正当化される傾向が強い。
他の国では忌避されるような人体実験ですら、実験を望んだ人物や価値がない人物が対象ならば、価値を付随させる行為として社会に受け入れられることが多い。
そういった背景があるため、無学、無職、無宿、などの人物が実験対象者として捕まえられることが多い。
もちろん国民はそういう事情を知っているため、無学ならば学が無くても就ける職に入り、無職なら職業斡旋所に通い、無宿なら国営の住宅に入るなどの対策を行うことが普通だ。
しかし、そういった普通すら出来ない人物もいる。
そういった人物が、人狩りにあって消えることになる。
そしてシバが政府から受けた今回の任務は、その人狩りであった。
シバはとあるビルの屋上にたたずみながら、軍用多目的ゴーグルに今回の標的の位置を表示させる。
この国では高度に監視ネットワークが構築されているため、政府関係者や大企業の重鎮であれば、個人の居場所など簡単に把握できる。
例えそれが、住居を持たない、住所不定の輩であろうとも、いまそのときにいる場所を知ることが出来る。
「居場所は分かるとはいえ、無害なヤツを捕まえて実験材料にするのは、少し心が痛むな」
シバは任務への不満を口にしながらビルの屋上から飛び降り、念動力で地面に激突寸前の場所で空中に停止し、その後に着地した。
「人体が必用なら、犯罪組織の人員を使ったってい良いはずなんだが……」
犯罪組織にいるような人物の身体は、どんな薬物や機械に侵されているか分かったものではないため、実験に不適格なのだという。
そんな実験対象にもならないうえ、社会に害を与える存在は、政府の犬に殺される運命しかないわけである。
国民の多くも、犯罪組織を畑を食い荒らす害虫のように思っているため、犯罪組織の構成員が殺されたニュースが流れても「ふーん、そうなんだ」と思うぐらいである。
ともあれ、だからこそ人体実験の対象は、この国の資本主義社会にとって益にも害にもなってない人物が選ばれるわけだ。
そんな事を考えつつ、シバが辿り着いたのは、取り壊された大型ビルの跡地にある空き地。
対岸の街の一区画にある、工事の受注や建物のデザイン先が決まるまでの数か月間、まっさらな地面が覗いている場所。
そんな場所に、廃材を組み合わせて作った暖炉で、紙ゴミやプラスチックと廃油を燃やしている、住所不定者が十人ほどいた。
暖炉でなにをしているのかと見れば、飲食店のゴミ捨て場から取ってきたらしき食材で、料理をしているようだ。
「……職業斡旋所に行けば、国営住宅の紹介や完全栄養食の配給もあるってのに」
どうして街中で空き地を探して住みつき、ゴミを食料としているのか、シバには理解できない。
そして理解できないからこそ、真っ当な判断がつかない人物だからこそ、人体実験の対象に選ばれたんだろうと納得することにした。
シバが歩いて空き地の中に入る。
すると、住所不定者たちが一斉に顔を向けてきた。そしてシバの格好――軍用ゴーグルに特殊部隊用のボディースーツという格好を見て、焦り始める。
「こいつ! 政府の犬だ! ヒューマンハンターだ!」
「ちくしょう! 嗅ぎつけられちまったのか!」
焦りながら、手に手に廃材を持って武器にし始める。
その対処の仕方に、シバは『まるで原始人だな』と感想を抱く。
物質文明華やかな時代にも関わらず、武器は廃材を利用した棍棒で、監視ネットワークに補足され続けていたとは思っていない態度。
本当にこの国の住民なのかと、シバが疑ってしまっても仕方がない。
シバは、自分が肩をすくませそうになるのを押し止めながら、住所不定者たちに声をかける。
「政府の実験に協力しろ。対象人数は三人だ」
端的に告げられた言葉に、住所不定者たちは大声で拒否の言葉を出してくる。
「お、俺たちに仲間を売れってのか!」
「身を寄せ合って暮らしてるんだ、ほっといてくれ!」
「こっちは十人いるんだぞ! 怪我しない内に、帰ったらどうだ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ住所不定者たちに、シバは冷静に言い放つ。
「立候補しないのなら、こっちが勝手に決めるぞ?」
シバが軍用ゴーグルの側面を二回叩き、周囲に信号を送った。
すると、この空き地に繋がる三つの路地から、各一体ずつイザーン型の円柱機械が現れて、逃げ道を完全に塞いだ。
こうして袋のネズミの状態になって、ようやく住所不定者たちは逃げきれないことを悟ったようだ。
「くそ! クソ! 俺たちはただ、必死で生きているだけだってのに!」
「捕まってたまるか! ようやく社会から自由になったのに!」
「来てみやがれ! この鉄の棒が火を噴くぞ!」
悲嘆にくれて座り込む者、必死に逃げ道を探して視線をさ迷わせる者、手の武器を振り回して威嚇する者。
様々な様相の住所不定者たちを見ながら、シバは誰を実験体の三名に選ぶかを考える。
「よし、決めた」
シバが再び軍用ゴーグルを指で叩くと、三機のイザーン型が空き地に進入してきた。
そしてイザーン型たちは、逃げようとしていた者と、武器をいっこうに手放さない者に、武装展開して出した電気ショックバトンを押し当てた。
「「ぎあッ!?」」
ほぼ同時に異口同音の悲鳴が上がり、イザーン型に攻撃を受けた者たちが失神して地面に倒れた。
その倒れた人達を、イザーン型は更に機体内部から作業用アームを出して、拘束してから運搬し始めた。
同じゴミを食った仲間を持ってかれそうになり、その他の住所不定者がいきり立つ。
「連れて行かせるかよ!」
振り上げた廃材で殴りかかったり、タックルで倒そうと試みたりするが、その攻撃の一切がイザーン型には効いていない。
むしろイザーン型たちは、政府からの任務――公務を妨害したとして、攻撃してきた者たちを拘束対象として認識した。
『警告します。これ以上、当機に暴行を与えた場合、公務執行妨害者として拘束し、警察に引き渡します』
『警告します。武器を手放し、地面に伏せ、両手を頭の上で組みなさい。無抵抗であることが確認されたら、警戒を解除します』
イザーン型たちからの警告に、大半の住所不定者が尻込みする。
彼らは無職無宿の存在ではあるが、犯罪者にはなりたくない。警察の厄介になって犯罪歴がつけば、社会の爪弾きものとして扱われて、いまの生活すら維持できなくなってしまうからだ。
住所不定者どうしで集まっているだけで、自分の将来を不意にしてまで助ける義理がない。
そうした当たり前の打算が出来る者は、警告された通りに地面に伏せて無抵抗だと示す。
しかし、この国で無職無宿を貫く愚か者の中には、そうした打算が出来ない人物もいた。
「うるせえ! 機械の分際で!」
振り上げた細い鉄筋の切れ端で、その男はイザーン型に攻撃してしまう。他にも二人、仲間を助ける義侠心を出した者がいた。
しかし彼らの行動は無意味であり、そして反撃で受けた電子銃の攻撃によってひっくり返って痙攣する。
『警察機構に連絡。逮捕対象者のデータを送付しました。逃走した場合、より罪が重くなると警告します』
イザーン型は事務的に告げてから、捕獲した住所不定者を運び始める。
地面の上で痙攣している者たちや、伏せながら悔し涙を流す者たちについて、シバは馬鹿な選択をしてる奴らだという感想しか抱けない。
そしてシバは、自分には政府の犬という職があり、マルヘッド高等専門学校の学生という立場もあることを、感謝する気持ちが湧いてきた。
「社会の中に組み込まれた生活こそが、安心安全な立場を保証するもんだ」
これから先も、政府の犬として働きつつ、価値を生み出す者になるべく学び続けようと、シバは改めて心に誓った。




