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シバはやることを決めて、イザーン型を支配しているギャングに近づくことにした。
ギャングたちは、歓喜の宴に来た闖入者を見て、ギャングの何人かが誰何すらなしで銃を撃った。
放たれた弾丸は、シバに当たる直前で反転し、射撃した者に着弾した。
「「「うぎゃ!?」」」
「ちくしょう! こいつ、変な術を使いやがる!」
味方がやられて、他のギャングたちは咄嗟に銃を下ろす。
その反応を見て、シバは意外に感じた。
シバがこれまで倒してきた犯罪組織の構成員たちは、味方がやられたら問答無用で反撃してくる。それこそ、シバが念動力で弾丸を弾き返して反撃しようと、馬鹿の一つ覚えのように、銃撃の手を止めなかった。
しかし目の前のギャングたちは、明らかに味方がやられたのにも関わらず、銃撃の手を止めてシバの行動を伺っている。
「教育されているみたいだな」
恐らくは、ギャングに参加している催眠能力者が、超能力者に出会った際の対処法を伝えているのだろう。
それは、ギャングたちが新たに火炎放射器を持ち出してきたことからもわかる。
通用しない武器の使用は止めて、別の手段で攻撃する。
それが超能力者相手に戦う際には重要だと、明らかに理解していた。
「食らえ!」
長いノズルの先から燃料が噴射され、それに火がついて、長い鞭のような火柱がシバに伸びてくる。
しかし燃える燃料の重量は軽い。
シバが超能力で炎の向きを操ることは造作もない。
火炎放射が効かないと見て、直ぐに引っ込め、次にナイフや剣を持ち出してきた。
「一気に使う武器の文明度合いが退化したな」
呟いたシバに、ギャングたちが踊りかかってくる。
しかし、体重が百kg以下の者は吹き飛ばされ、百kgを越えている者は刃物を取り上げられてからその刃物で切り裂かれた。
再び仲間が殺されたところで、ようやくイザーン型四機と、それらに守られる催眠能力者が前に出てきた。
「みんな、下がって。こいつは、わたしたちがやる!」
中性的な見た目ながら、その声は明らかに女性のもの。そして若干の幼さが残る声色だった。
よく観察してみれば、年若さを誤魔化すようなメイクと服装をしている、シバの年齢と二、三歳上下するぐらいの女性だと分かる。
その女性は艶やさを含ませた声を、シバにかける。
「ねえ、君。わたしたちの仲間にならない? 政府の犬なんて続けるより、よっぽど良い目を見せてあげられるよ?」
声色以外にも、なにか不思議な響きがある声だった。
その不思議な響きが起こしているのか、女性の声を聞いたギャング構成員たちが、うっとりとした顔になっている。大半が男性なので、見た目が気持ち悪い。
そんな異常な様子から、女性が催眠能力を使っていることは明らかである。
しかしシバの態度は変わらなかった。
「こちらの用件は、イザーン型の回収ないしは破壊。そして、お前がどうやってイザーン型を操れているかの情報だ。素直に従ってくれるのなら、これ以上の痛い目は見ずに済むぞ」
「かなり強情ね。そんな仕事なんてほっぽいといて、仲良くなりましょうよ」
軽く腰にしなを作って、手を身体に沿わせてボディーラインを示すように動かす。
ギャング構成員たちは興奮する様子を見せるが、シバの態度は変わらない。
「用件は告げたぞ。抵抗するなら、容赦しないが?」
「……だからね、仲間になりましょうよ――って、どう対策しているの?」
女性は催眠能力が明らかに効果がない様子を不思議がって尋ねると、シバは一秒間を置いてから答える。
「それを俺が答える必要があるのか? そして教えたところで、お前に対処可能とは思えないが?」
「どうして効かないか気になるけど、そういうことなら仕方ない!」
女性が腕を一振りすると、イザーン型四機が一斉に襲い掛かってきた。
突然の強襲。回転鋸が、銃撃が、突進が、炎が迫ってくる。
しかしシバは、もう幾度となく戦ってきたイザーン型が相手のため、冷静に対処することができた。
回転鋸は、回転する刃の機構を念動力で分解して無力化。銃撃は念動力で弾き返す。突進は横に立ち位置をずらして避けて、炎も念動力で捻じ曲げて逸らす。
そして反撃で、シバは四機のイザーン型内部にある機体制御系の電子ユニットを念動力で破壊した。
これでイザーン型は動けなくなる、はずだった。
しかしイザーン型の一機は動きを止めず、シバに突進してきた。
「うおっと。壊しそびれた――ってわけじゃないな」
そのイザーン型の内部を、シバは再び念動力で探ったが、機体制御を司る電子ユニットは完全に破壊されている。
シバは動くはずがないのにと驚いた後で、どうしてイザーン型が催眠能力で寝返ったかの理由に仮説を立てることができた。
「マスターとスレイブが逆転しているのか?」
本来のイザーン型は、電子制御で機体を操り、搭載している無人格の培養生体脳で超能力を使用している。そして生体脳は機体制御から隔離された状態で搭載されている。
しかし生体脳は、生物が脳の信号を神経に伝えて肉体を動かしているように、イザーン型の機体を制御できるポテンシャルがある。そして超能力を使用できるからには、電子制御からの働きかけで生体脳にアクセスすることになり、それは生体脳と電子制御の間に繋がりがあるということでもある。
つまり、生体脳にイザーン型の機体制御が出来るような情報を突っ込み、電子的なプロテクトを突破することができるのならば、機体の乗っ取りも不可能ではないということ。
そして、催眠能力は脳に働きかける超能力なので、必用な情報を脳に叩き込むことが可能。そして電子的なプロテクトについてはイザーン型の生体脳が創電力を使わせれば突破可能だろう。
その方法でイザーン型を奪取したのだと考えると、ある事にも説明がつく。
それは奪取されたイザーン型の動きが変に生物的であり、死体損壊などの偏執的な行動が見られたこと。これは、イザーン型の生体脳に催眠能力で機体制御の情報を入れたことで、生体脳に意思が芽生えたと考えれば、説明がつく。
「まさか、無人格の生体脳に意思を芽生えさせるなんて。催眠能力の対策をしていてよかった」
もし無対策で近づいていれば、頭の中を好きなように弄り回された可能性もある。
そんなことを呟いたシバだが、その声は自分の耳に届いていない。
耳の周囲にある空気を念動力で固定することで、一切の音を鼓膜が拾わないように措置しているからだ。
これは、女性の催眠能力が音声によって起こると想定した対処である。
先ほど会話が出来ていたのにと不思議に思うだろうが、それは目にかけているバイザーの機能で、自動通訳機能を使って字幕を読んで受け答えしていたからである。
そしてバイザーは他にも活躍していて、視覚で催眠能力が発揮される可能性も考え、視覚の透過濃度を変えて詳しく周囲が見えないようになっている。
周囲が詳しく見えないと不便じゃないかと思うだろうが、シバの念動力は自身から二メートルの範囲については手に取ったように把握できるため、そこまでの不便さはない。
「なんとなく、理由は把握できた。サンプルとして持ち返った方が良いか?」
イザーン型の奪取方法は分かったが、他の催眠能力者が同じことをできるかは不明だ。
詳しい理屈を把握するためには、ギャングを統治下においている、この女性の能力が必要不可欠。
シバがバイザーの機能で上役にメールを送って判断を仰ぐと、すぐに女性の身柄の確保を命じる返信がきた。
「それじゃあ、体重が百kgはないだろうから、楽に確保できる」
シバは、弱々しくも未だに動こうとしているイザーン型四機に近寄り、念動力で内部を破壊して完全に無力化する。その後で、念動力による高速移動で女性に接近した。
そして逃げようとした女性の首を掴んだ。
「やめ――ごへッ」
女性は苦しそうに呻いたが、十秒も経たずに失神した。首から頭部に上がる血流を念動力で止められて、酸欠で失神したのだ。
こうして女性が確保されたことで、ギャングたちが色めきだった。
「このやろう! ボスを離せ!」
「生かして帰さんぞ、コラ!」
女性が失神して催眠能力の効果がなくなったのか、ギャング構成員たちは、他の犯罪組織の者たちがそうだったように、被害覚悟でシバに攻撃してきた。
その全てが念動力によって、暴力を振るった主へと返り、そして全滅した。
シバは死屍累々のギャング構成員たちを無視し、手にある女性を背中に担ぎ直すと、超能力開発機構にある問題児収容場所へと送るべく歩き出したのだった。




