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低級超能力者の職業転換が進む中、シバは新たな任務を政府から受け取った。
「……また低級超能力者の就職斡旋業務か」
シバはウンザリした気持ちのまま、メールの内容をより詳しく確認する。そして、書かれていた内容に、眉を寄せる。
「『D級評価は不当』や『特C級以上の評価をしろ』と言って憚らないので、再評価試験を実施する。その試験におけるストッパーとして、俺が必用だと?」
特C級とは、シバはシーリのような、特定分野においてA級やB級に迫る力を持っている超能力者の俗称だ。
つまりメールの中にある件の人物は、自身の超能力はA級やB級にも劣らないと主張しているわけだ。
「俺たちのように、政府の任務に携わり続けられる地位に居たいからって、嘘を言っている可能性がある。だから再評価試験をするのはわかる。だが、なんで俺がストッパーに呼ばれるんだ?」
シバは超接近戦において、無類の強さを持つ――つまりは戦闘力が高いということ。
戦闘力の判定なら、別にシバを持ち出さなくとも、それなりの相手を用意すれば判定することが可能のはず。
その判定で前評価通りにD級の超能力者なら、普通の兵士だけで制圧することが可能だ。
逆に前評判を覆して特C級やB級以上の判定が出たのなら、再評価に満足するであろう件の人物が暴れる理由がなくなる。
このどちらの状況が未来に訪れたとしても、シバが出張る必用がない。
「超能力ではなく、別の部分で危険と判断しているとかか?」
シバは疑問に思いつつも、政府からの任務のため、了承の意を返信した。
再評価試験当日、シバは軍用ゴーグルに対弾対刃製のボディースーツという、政府エージェントとしての格好で郊外にある軍用試験場にやってきた。
この場にはシバ以外に、超能力開発機構の研究員たちや、政府と各大企業からの見学者たちが来ていた。
シバは立ち並ぶ人々を見て、一瞬だけ自身が研究者や見学者のボディーガード役かと思った。
しかし、現れた評価対象者の姿を見て、どうして政府がシバをストッパーに駆り出したのかを理解した。
出てきた人物が、自前と思わしきパワードスーツを身に纏って現れたからだ。
もしあの人物が判定を不服と思って暴れ出したら、パワードスーツを無力化する人材が必要。そんな事態になったら、シバがストッパーとしてうってつけ。
そんな政府の見解は、的を得ていた。
「さあ、いつでも試験を初めて良いぜ!」
パワードスーツに乗り込んで威勢よくいう人物は、シバと同じぐらいの年齢の顔つきをしている青年だ。
青年の肉体で見えているのは、パワードスーツの兜を上げて覗かせている頭部だけ。首から下はパワードスーツに覆われているため、生身の身長がどれほどかは分からない。
顔の造形も、試験を望む声を出した直後に兜が閉まってしまったので、没個性的な男性の顔という以外に確かめられなかった。
研究者と見学者たちが設えられたセーフルームの中に入ってから、試験が開始される。
最初は、無人自動駆動の車やバイクたち。それらが駆け寄ってくるのを撃破する。
「俺なら、躱しながら部品を分解したり、百kg以内の重量物を高速で撃ち出すかだな」
シバが自分ならどうやるかを考えながら呟く中、青年が乗るパワードスーツが動き出した。
攻撃力ないしは防御力に自信があるのだろう。真正面から近寄ってくる車やバイクへ突っ込んでいく。
そして自信の通りに、パワードスーツは車やバイクを吹っ飛ばしてスクラップにした。
その光景に感じ入りつつも、シバは首を傾げる。
「この試験は超能力の判定であって、パワードスーツの性能評価試験じゃないんだが?」
シバが疑問に思っている間にも、スクラップになった車やバイクが片付けられ、次の標的が現れる。
旧型の円柱機械たちだ。
二十機ほどの円柱機械たちは、ホバー移動で地上を滑り進むと、武装を展開してパワードスーツに襲いかかる。
内蔵銃器での銃撃と、丸鋸での斬撃。
パワードスーツは円柱機械に攻撃にさらされる。だが、その装甲が銃弾を跳ね返し、丸鋸の刃を潰す。
『お返しだ!』
パワードスーツの腕が翻り、殴打された円柱機械が破壊される。
パワードスーツの装甲厚と腕力――重たい身体と腕の動きを賄う出力を持つモーターには、なかなかに興味深い。
「だがパワードスーツの性能が良かろうと、この試験は超能力の再判定試験のはずなんだが?」
シバが疑問を強めていると、今度はイザーン型の円柱機械が登場した。
六機あるイザーン型は、三機ずつのフォーメーションを組みながら、パワードスーツへと襲い掛かった。
念動力で銃弾を飛ばしての銃撃と創炎力による火炎放射を主軸に、攻め立てる。
『くっ、あっ』
パワードスーツの中身の青年が、銃撃の衝撃と火炎放射の熱で呻き声を上げる。
ここで防御し続けても負ける未来しかないと理解したのだろう、自分からイザーン型へ近づいて攻撃しようと動き始める。
しかしイザーン型たちは、パワードスーツから一定の距離を保つようポジショニングしつつ、一方的に攻めていく。
このまま嬲り殺しになるかと危惧する場面で、パワードスーツの脚部の表面に紫電が走った。
『このパワードスーツのフルパワーを使えば、追いかけられないものはない!』
そんな青年の宣言の直後、パワードスーツの移動速度が目に見えて向上した。
脚部のモーターが唸りを上げ、脚部のフレームと装甲が軋む音を立てて、パワードスーツはイザーン型の一機へと接近した。その動きは、パワードスーツの出力限界を越えているように見える。
「リミッターを解除したのか? それとも、機械の出力を上げる超能力の持ち主なのか?」
シバがそんな予想を立てながら見ている間に、イザーン型の一機が破壊された。
五機となったイザーン型は編隊を崩し、五機一隊として動き始める。さらには超能力の共鳴や共同を行い始め、より強い射撃、より温度が高い火炎、そして新たに電撃攻撃が行われる。
パワードスーツは、受けた銃撃で身体をふらつかせ、火炎放射で装甲が赤くなる。
しかし電撃攻撃については、まるで堪えた様子はない。
パワードスーツは戦闘用とはいえ、機械の塊だ。仮に軍用の対電撃装備をしていてとしても、本来であれば電撃は天敵だ。
それにも関わらず、十数発もの電撃を食らって無事なのは、明確な理由が必要だ。
シバはその理由をじっと考えて、ふと思い至った。
「なるほど。シーリと同じ、電気を操る能力者なわけか。だから電撃を受けても、その電気を操って無効化できる。パワードスーツの突然の強化も、パーツに流れる電流や電圧なりを操作した結果なわけだ」
パワードスーツに乗る青年の能力が電気に関するものだとすれば、超能力評価試験にも関わらずパワードスーツで暴れ回るという違和感は解消される。
シーリが電気を操りつつ携帯端末を利用してハッキングや電子戦を行うように、青年が電気を操ってパワードスーツを運用して戦うことは評価対象に入っていい内容のはずだからだ。
「……だがなぁ」
シバが思わず呟いてしまったのは、シーリと青年の成果の差だ。
シーリは携帯端末一つで、電子的に繋がりがあるあらゆる場所に入り込むことができる。それこそ、対策が十全なはずの政府や大企業たちの重要サーバーに、苦もなく進入してみせるほど。そんな特異な能力があるからこそシーリは、F級に近い電撃出力しか出せないものの、C級超能力者として認定されている。
翻って、パワードスーツを操る青年はどうか。
軍用正規品と遜色ないパワードスーツを着ているにも関わらず、たった六機のイザーン型に手古摺っている。そして電気を操る力でパワードスーツの部品を酷使もしているため、この試験が終わったら整備や交換が必須になるだろう。
このシーリと青年との能力対効果ないし費用対効果を比べると、青年の超能力の判定が覆ることは難しい。
「そもそも、パワードスーツ出力を上げるなら、超能力を使わなくても、プログラムの変更や部品の交換でどうにでもなるしな」
青年の超能力の特異部分が弱い。
かといって、パワードスーツでの戦闘以外で青年の超能力の活かし方があるかというと、それはそれで難しい。
なにせ電圧や電力の変更を機械部品へ与える装置というものは、安定化電源として既に存在している。
そして業務用の安定化電源が発揮できる電力や電圧以上の電気を、あの青年が生み出せるのであれば、そもそもC級以上の超能力者として認定されている。
「つまり、D級評価は覆らないってわけだ」
シバは残念な気分で、イザーン型を一機ずつ破壊していっているパワードスーツの姿を眺めた。




