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 捕獲対象者ターゲットは、その後も勝ったり負けたりを繰り返しつつ、順調にチップの数を増やしていく。

 シバは最初、どうして負けるのかが分からなかった。

 なにせターゲットは念動力者で、ルーレットの球を目当ての数字に入れることなど造作もないはず。

 そして長くルーレットに居座って勝って負けてを繰り返すよりも、一度で大賭けして大勝した方が、結果的にディーラ側に怪しまれることはないはず。

 ならルーレットを楽しむために長く腰を下ろしているのかというと、ターゲットの顔がつまらなさそうなので、そうでもないようだ。

 シバはターゲットのやりように疑問を覚えつつも、とりあえずゲームが終わるまで様子を見ることにした。

 その後もターゲットは、勝ったり負けたりで、チップを徐々に増やしていく。小さい数字のチップを大きい数のチップに取り換えたり、増やしたチップで軽食や飲み物を購入したりしていく。

 小一時間ほど経った頃、ディーラーが交代した。四十代近くの女性で、長袖のタキシード姿。顔のほうれい線は深く、首筋にも皮膚の衰えが見える。しかし、ルーレットの球を投入した手は、手入れが行き届いているのか、かなり艶やかな肌をしていた。

 シバは、そのディーラーを見て、口の端に笑みを浮かべ、心の中で呟く。


(両手を機械化して、人工皮膚で覆っているな。狙ったルーレットの数字に的確に入れられる、ベテランってところか)


 そうシバが見抜いた直後、ルーレットの中を回っていた球が、ストンと数字のポケットに入る。

 その数字は、ターゲットが負けのターンだからと考えもなく置いた様子の、一点賭けのもの。

 配当は三十六倍で、思いもよらない大当たりだ。

 ターゲットは目を丸くして、新ディーラーの方を見る。当てさせられたのだと、そう理解したのだ。

 その後も、ターゲットがテーブルの複数箇所に置いたチップの中で、倍率の良い数字や賭け金が大きいチップに、連続して当たりが起こる。

 するとターゲットの前にチップの塔が新たに現れ、その塔の高さを目にした他の客たちが、自分も勝ちたいとばかりにルーレット台に集まってくる。

 どうやらターゲットは、ディーラーに客寄せに使われたようだ。

 せっかく大勝させて貰ったのだ。ここでテーブルを離脱すれば、大金を手にして終えられる。

 しかしターゲットは席を立たずに、ルーレットを続行する。

 そこからは、客寄せの役は終わりだとばかりに、ターゲットが賭けた数字が尽く外れていく。

 不思議なことに、ターゲットは念動力でルーレットの球を操ることはしていないようで、負けるがままになっている。

 そして、ディーラーが客寄せにと勝たせてもらった分を含め、勝ち分の殆どを失ってしまう。

 ここでターゲットは肩をすくめ、少なくなったチップを手に、ルーレット台の席を立つ。ターゲット以外の客は、ディーラーが勝ったり負けたりを操作して、すっかりルーレットにのめり込んでいるため、離席する人のことを気に留めていない。

 シバは、そんな光景を見た後で、離席したターゲットの後を追う。


「ゲームは終わりなら、俺の任務の番だな」


 シバは少し足早にターゲットの後ろをついていき、ターゲットが持ったチップを換金所でデータマニーに交換するのを待って、声をかける。


「なあ、アンタ。少し話をしても良いか?」


 シバが声をかけると、ターゲットはギョッとした顔で振り返ってきた。


「だ、誰だ、お前は」

「自己紹介なら、これ、でいいだろ?」


 ターゲットの見た目は痩せ型で、体重は明らかに百kg以内。つまり、彼我の距離を二メートル以内に捉えれば、シバの念動力が通じるということ。

 シバが念動力を発動し、ターゲットの身体を身動きできないようにする。


「ぐっ――お前、企業か、政府か」


 シバが超能力者だと分かっての、所属に対する質問。


「政府からだ」


 シバが返答すると、あからさまにターゲットの顔がガッカリしたものに変わる。


「チッ。企業のヘッドハンティングじゃないのか」

「それを狙えるほどの能力者か、お前は?」

「違うが、万が一の幸運というものがあるだろ」

「幸運な者なら、カジノで大金を稼げるはずだろうに」

「わかってないな。こういうところの賭け事は、小さく勝って終わることが最上なんだよ」

「つまり最終収益は、勝って終わったわけだ」

「……チッ。余計なことを言った」


 シバはターゲットを念動力で縛り付けたまま、カジノの店内を見回す。そして、客用のラウンジを見つける。


「今回は捕縛任務だ。少しあっちで腰を据えるぞ」

「えっ、ちょっと待て」


 シバは問答無用とばかりに、ターゲットをラウンジへと引っ張り、二人掛けのテーブル席に着く。


「おい。今日得た勝ち分を、ここで支払う気はないからな」

「飲み物の代金ぐらいは奢ってやるよ。お前と違って、カジノで稼がなくていいぐらいには、貯金があるからな」


 シバはバイザーの通信機能を使い、ラウンジで供される合成ビタミン飲料を頼む。ターゲットの方も注文したようで、アルコールの臭いがする飲み物がやってきた。

 二人は飲み物に口をつけ、シバから用件を切り出す。


「さて。俺から直接お前に、政府からの通達を渡す。それを読んで、いまここで返事を出せ」

「捕縛任務って言ってただろ。俺を政府のところまで連れて行かなくていいのか?」

「政府施設には、取調室はあっても、拘留場所はない。基本的に捕縛任務は、ターゲットを捕まえて、政府からの通達を確認させることを指すんだ」

「なんでそんな真似を。連絡をするのなら、ネット上でいいだろうに」

「通信を無視する輩に対する措置だ。身に覚えがあるんじゃないか?」


 シバが問いかけると、ターゲットの表情が苦々しいものになる。どうやら政府からの通知を無視してた自覚があるようだ。


「まあいい。ほら、通知だ。読め」


 シバがバイザーからデータを送ると、ターゲットは拡張現実上にメールを展開して読み始める。

 そのメールの内容は、要するに職に就くか排除対象にされるかを選べというものだった。

 この二択に、ターゲットはいたく不満そうな表情になる。


「なあ、職業欄に博徒がないんだが?」

「賭け事で生活をなり立たせる職業は、この国では認められていない。個人デイトレーダーも、投資家として認められていないぐらいだからな」

「そんな理不尽な」

「他者から金を巻き上げる行為を増長させないための措置だ。価値を産む者を最上とする資本主義社会において、ごく当たり前の配慮だと思うが?」


 シバの取りつく島のない様子に、ターゲットは肩を落とす。


「俺のことは調べられているんだろ。なら、どうしろってんだよ。D級の念動力者なんて、小さな弾一つ、釘一本を操るのが限界だってのに」

「知るか。というか、ちゃんと能力向上訓練をしきたのか? 真面目に訓練を続ければ、もうちょっと動かせるものの量を増やせたはずだ」

「……それは、その」


 言い淀むといことは、つまり自主訓練していない――発現した能力そのままの状態で、いままで過ごしてきたのだ。

 シバは、同情の余地なしと、冷たい視線を送る。


「世迷言を言うな。それで、さっさと決めろ。超能力と関係のないところへ就職活動をするか、通達を無視して排除対象にされるかだ」

「排除対象になったら、どうなる?」

「良くて、洗脳後に他国へスパイとして送られる。悪かったら、実験材料か死ぬかだな」

「どっちも最悪じゃないか。チクショウ、俺はギャンブルがしたいだけなのに」


 その歯噛みする様子を見て、シバは呆れた。


「そこまでギャンブルがしたいなら、適当なところに就職して、余暇でやれ。もしくは自らスパイになる誓いを政府に立てて、ギャンブルが盛んな国に入ればいい」

「……なるほど! そいういう手もあるのか!」


 シバが適当に放った言葉に、ターゲットは未来が開けたような顔をする。そして、どうやら綱がりがある政府関係者に連絡を取ったようで、しきりにスパイになるからギャンブルが出来る国に送って欲しいとアピールを始める。

 そんなやりとりを見ていると、シバの元にメールがきた。

 それはシバの上司からのもので、捕縛依頼は完了したという報せだった。

 どうやらターゲットがスパイに就職を決めたことで、これ以上の拘束は必要ないと判断されたらしい。

 シバは、任務が終わりならと、頼んでいた飲み物を飲み干してから、カジノから出ていくことにしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、Win-Winに終わったな。 珍しく、需要と供給が完全に一致したパターンだ。 客側だけでなく、雇われでディーラー側も行けそうだし、スパイとして中々良い就職先なのでは?
[一言] おや、随分と穏便に済みましたな 捕獲対象者も無事に次の職が決まったみたいですし偶にはこういう任務もいいですね
[良い点] 主人公が色んな顔を見せますね。 今回は再就職先。 正直、君たちに明日はない という リストラ請負人を思い浮かべました この話では、明日はない(物理 という注意書きが付きそうですけど。…
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