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シバが製作依頼をこなし、頼まれていた製作物を全て片付けたので、一息ついていた。
「ふう。リピーターや口コミで頼む人が出るまでに、次の課題のことについて考えておかないとな」
シバは、自身が得意な宝石を用いた作品を考えていたが、そこに一通のメールが届く。
マルヘッド高等専門学校の担任教師からのもので、次に課題の内容を指定するものだった。
「珍しいな。指定してくるなんて」
マルヘッド高等専門学校の教育プログラムは、基本的に生徒の自主性を重んじている。
生徒はクリエーターと芸術家の卵。唯一無二の独自性を持たせるよう育むには、教師が指導するのではなく、生徒自身が道なき道を歩くように育てる方が良いという考えからである。
しかし、いまシバが受け取ったメールのように、課題内容が指定される場合もある。
それはクライアントからの要望に応える将来への練習であったり、学校と繋がりのある人物からの依頼だったりする。
「俺が作ったカタナとナイフの評判を聞いたある人物から、大きなカタナの刀身を作って欲しいとの要望があったわけか」
課題がこなせるのならと、シバは了承の意をメール返信で送った。
やることが決まったのならと、シバは学校の鍛冶室の予約を確認し、今日これから先に空きがないことを確認した。なら明日はと確認し、明後日はと確認し、一週間ほど全く空きがないことを知る。
「そういえば、俺が既に提出したカタナ。あれで消化した課題の期限が、もうすぐか」
生徒たちが製作物の提出の追い込みで、学校にある全ての製作可能な場所が押さえられてしまっているようだ。
シバもナイフ作りに必用だからと、かなり前から長期に予約を取っていなかったら、もしかしたら今日の予約は取れなかったかもしれない。
そんなことを考えつつ、シバは予約の空きを探して課題締め切り日の翌日に予約を入れた。そして担任教師に、新たなカタナの製作は課題日の翌日からやることを伝えるメールを送った。そしてすぐ、クライアントからの了承が得られたという返事がきた。
「これで学業と課題、そしてクライアントの問題は解決だな。そして手隙になったな」
シバは何をしようかと考え始めたところに、今度は政府からのメールが来た。
「C級以下の超能力者に就職を求めたメール以来だな」
シバがメールの内容を確認すると、とあるD級超能力者の捕縛依頼だった。
「俺に捕縛依頼なんて、珍しいな」
シバの能力は、自身から二メートル以内かつ百kg以内の重量という制限があるため、護衛や破壊に向いているとされる念動力である。
そして、逃げる対象を捕まえるには、効果範囲も重量も狭いため、あまり向いているとは言えない。
しかし政府の依頼を拒否する気はないので、シバはその依頼された任務につくことにした。
シバがやってきたのは、中州の街の対岸に広がる、会社員区と呼ばれる街。
中州の街の整備されて画一な街並みと違い、多種多様な建築物が並ぶ雑多な風景。
シバは、この街の若者がよく着る、防刃繊維のフードパーカーを身に着けて歩く。
目指す場所は、政府からのメールにあった、捕縛対象者が良くいるという場所。
大通りから外れ、裏路地の道を進み、さらに脇道の脇道へと潜り込んだ先に、その建物はあった。
「……カジノか。よく生き残っていたもんだ」
シバが電子バイザー越しに見たのは、イオン灯で『CASINO』と飾られた建物の看板と、二十階建ての大きなビル。
俗にカジノホテルと呼ばれる、賭博施設と宿泊施設が融合した建物だ。
「無価値な単純賭博の場所は閉鎖され、新たに開くこともできないと聞いていたが、旅行者の宿泊に必要なホテルが併設されていた場所は残ったってわけか」
この国の資本主義の考えからすると、賭博はなにも生み出さない行いであり、カジノは利用者から金を巻き上げるだけの不用の場所である。
そんな資本主義社会では悪ともいえる場所が生き残っているのには、ある種の理由が必要になる。
カジノだけでなくホテルがあることも、その理由の一つ。
その他の理由は、ホテルカジノの中に入ればすぐにわかった。
「はっはっは! 勝った勝った、また買ったぞ!」
「流石は、外国の政府のお客様です。勝たれ過ぎて、カジノが破綻しないか心配しないといけません」
「なら勝ち分を減らしてやろう。おい、このチップを酒に変えてくれ! がははははは!」
ボディーガードがついた客が、機嫌良さそうに大笑している。どうやら外国の要人をカジノで接待しているようだ。
「お客様。現時点の借金の額が、貴方様が生涯に支払えるであろう限度額を越えました。身柄を押さえさせていただきます」
「やめろ! あとちょっとで大勝ち出来るんだ! それで借金を支払えるんだ!」
「問答無用で御座います。おい、やれ」
「「へい!」」
身なりの悪い客の一人が、屈強な男二人によって、何処かへと運ばれていく。恐らく運ばれた先で、借金を返すまで強制労働をさせられるのだろう。
「あら、お兄さん。運が良さそうね。どう、一晩、私にその運を分けてくださらない?」
「え、いや、その」
「これぐらいで、いいから、ね?」
予想外の大勝に狼狽えていた男性に、妙齢の女性が近づいて体をくっ付ける。そして男性の手元から二、三のチップを摘まみ上げると、ホテルの客室へと昇るエレベーターの方へと連れ出していく。あの男性は、この夜を良い気分で過ごすことになるに違いない。
「偉い人への接待、無産階級者の強制労働斡旋、商売女の待機場所、ってわけだ」
この国でカジノが生き残らせて貰っている理由を見て、シバは肩をすくめる。
色々な理由から必用とされていることは分かるが、シバにはギャンブルの良さが全く分からないからだ。
「金を払って得られるものが、金を失うかより多くの金を得るかか。なんの意味があるんだ、コレ」
シバの認識では、金銭というものは、製作や労働の対価だ。
だから、より多くの金銭を得ようと思うのなら、より製作物を出したり労働に精を出せばいいと、そう考える。
そして金銭というものは、なにかを購入するために使用するものだという認識もある。
そのため、良い結果でも金を払って金を得るだけというギャンブルの性質が腑に落ちない。
「対人のギャンブルなら、相手を負かすという優越感が得られるだろうから、分からなくはない。だがスロットとかの機械でやるギャンブルは、何が良いのか本当にわからん」
シバは至極不思議そうに客の様子を見つつ、政府からのメールに添付されていた捕縛対象者の捜索に入る。
その情報では、対象者は良くルーレットでギャンブルをやっているらしい。
シバがルーレット台へと移動すると、すぐに目的の人物を見つけた。
中流階級が着る既製品のスーツを着てはいるが、頭髪や身なりに清潔感のある二十代の男性。その手元には、小高く積まれたチップの塔が幾つか。
男はチップの塔の一つを、ずいっと押して赤に賭けた。
果たして結果は、00に入ろうとした球がルーレット枠に当たって逸れて、1赤。当たりだ。
倍になって戻ってきた塔の内の四分の一を、男は再び赤に賭ける。
次の結果は、ディーラーが滑らした弾がすんなりとポケットに入り、28黒。外れ。
今度は数字の四倍賭けにペットして当たり、ラインに賭けて負け、0と00を含む五点かけで当たり、一点かけをして負ける。
その後も、その男性は勝ったり負けたりを繰り返していく。
シバはその様子を後ろから見ていて、気付く。
男が勝つとき、その多くが球が入ろうとしたルーレット番号の枠に弾かれて逸れていることに。
シバが改めて男の情報を確認すると、この人物はD級の念動力者――つまり、寝動力で球を動かすイカサマで勝っているのだとわかった。




