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シバは自室にて、また新たな制作物に取りかかっていた。
作ってみたい、有名作家のオマージュやインスパイアしたい、製法を試してみたい、新たな芸術分野への挑戦。
色々とやってみたいシバにとって、この政府からの任務がやってこない時間は、制作欲を満たすための機会になっていた。
そんなに方々に手を伸ばして身に着くのかという懸念はある。
だが、シバは年若い学生だ。
様々な可能性へ挑戦することは時間に余裕のある若年者の特権であり、教師という助言者を利用できることは学生の利点だと、そうシバは認識している。
シバが思う存分に製作に没頭している中でとった休憩時間。
完全栄養食で腹を満たしつつ、電子バイザーでネット記事のタイトルを読み下していると、気になる文言を見つけた。
「治安の不確かな場所に、治安維持ロボットの大量配備が決定したのか」
シバがいまいる中州の街では、イザーン型の円柱機械が治安維持を担っている。
となると、その以前に治安維持を行っていた旧型はお役御免だ。
しかし旧型とはいえ、まだまだ使用可能な機械。それを無駄にすることは、価値の喪失に他ならない。
だからこそ、余った旧型の治安維持ロボットを、国の各地にある治安が宜しくない場所へと配備し、国全体の治安を保全しようというのだろう。
「それで、治安維持ロボットが破壊されるほど治安が悪いところには、より強い戦力を投入ってわけだ」
その強い戦力とは、全身を機械化した兵士であったり、全長五メートルを越える人型兵器であったり、シバのような戦闘向きの超能力者だったりだ。
製作に没頭できる時間は、もうすぐ終わりかもしれない。
シバがそんな懸念を抱いていると、バイザーにメール着信の報せがきた。
メールを開いてみると、送り主はシーリだった。
「なになに――『ちょっと話したいことがあるから、中州の街に入れるよう、ゲストIDを送ってくれ』だと?」
シーリにしては珍しい要求に、シバは訝しむ。
シーリは、中州の街よりも、その対岸に広がっている会社員区画と呼ばれる街の方を好んでいる。
中州の街のシステマチックに整頓された光景より、対岸の街の計画性と無計画性が入り交じった雑多な街並みと店の方が好きなのだ。それこそ、なにかシバとシーリの間に用事が出来た際は、シバが対岸の街へと顔を出すことが定番だ。
そんなシーリが、わざわざシバにゲストIDの発給を頼んでも中州の街に来たいというのは不可思議さがある。
シバは疑問に思いつつも、シーリに中州の街に入るゲストIDを発給した。念のため、他者にIDを付与できないよう、シーリ個人に限定したIDだ。
そんな用心を知ってか知らずか、シーリはシバの部屋への到着予想時刻を送ってきた。
「少し時間があるな。製作の続きをするか」
シバは休憩を終えて、芸術製作へと戻る。シーリの件もあるため、バイザーは顔にかけっぱなしにしたままで。
シーリが到着したと、部屋の管理用AIの報せがあり、シバはシーリを部屋の中へと招き入れた。
「おじゃましまーっす。へー、シバの部屋って、シバの部屋って感じがする」
「どういう意味だ、それは」
「必用なものだけ置いてあるけど、それがなかなかの荷物になっているってあたりが、シバの部屋って感じるんだよね」
「意味がわからん」
シバは製作作業用の椅子に座ると、シーリにはベッドに腰かけるように勧める。
シーリは喜んだ様子でベッドに尻を下ろすと、身体を傾けてベッドの掛布団に鼻を近づけた。
「すんすん。ちゃんと定期的に洗っているみたいだね。感心感心」
「人の布団を嗅ぐな。変態か、お前は」
「嫌だなあ。布団や毛布の臭いをチェックするのは、プログラマーの習性だよ」
「初耳だぞ、そんな習性」
「いやさ。納期前の修羅場だと、会社に泊まったりするんだよ。その際、会社に備え付けられた毛布を使用するわけだけど、たまに洗ってないものがあって、それが酷く臭うんだよ。そんな毛布で寝たくないから、毛布を手に取る前に臭いのチェックをするんだよ」
「それが習慣化しているから、寝具を見たら臭いを嗅ぎたくなるってのか?」
「そういうこと。シバの布団は、ちょっとシバの体臭がするけど、ちゃんと定期的に洗ってもいる感じだから、このまま使っても良いね」
「おい。ベッドの中に潜り込もうとするんじゃない」
シバはシーリを押し止めた後で、訪問の理由を話題にすることにした。
「それで、今日はなんの用だ? 俺には政府からの依頼なんて来ていないし、俺が出動するような犯罪組織の噂は、中州と対岸の両方の街で聞かないが?」
「世に犯罪者は尽きまじで、両方の街に犯罪組織は幾つかいるけど――今回は、その件じゃないよ」
「なら、なんだ?」
「まずは、このニュース記事を読んでみて」
シーリが拡張現実上に提示したのは、先ほどシバが見ていたニュース記事と似たものだった。
「これは、旧型の治安維持ロボットを各地に派遣するってヤツだろ。それがどうした?」
「これが大問題なんだよ。特に、私達みたいな、低級の超能力者にとってはね」
シバが言葉の意味を図りかねていると、シーリが追加で説明を入れてきた。
「いままで、国の各地にある治安が不確かな場所での治安活動は、政府が低級の超能力者へ任務で与えていたわけだよ」
「旧型が派遣されて、その仕事がなくなるって? それは良い事じゃないか?」
超能力者は、低級超能力者といえど、数が少ない。
そのため本来なら、治安維持活動なんていう、マンパワーが必要な活動には不向きな存在だ。
それなのに任務が与えられていたのは、超能力という不可思議な力が持つ畏怖や威圧でもって、不届き者の活動を抑制することが狙いだ。
しかし必用なマンパワーを旧型の治安維持ロボットが埋めてくれるのなら、超能力者が出動する意味はなくなる。
国にとっては治安が回復し、旧型の治安維持ロボットにとっては活躍の場が与えられ、超能力者にとっては別の活躍できる任務が与えられる。
三方良しの構図じゃないかと、シバは考える。
しかしその考えは違うのだと、シーリは語る。
「超能力者――とくに低級の超能力者に対する社会的評価の見直しが起こるんだ。なにせ新型の治安維持ロボットは、多種の超能力が使える。なら低級超能力者の地位を、そのロボットたちが奪っていくことは避けられない運命ってわけ。いや、その時流はもう始まっているんだ」
シーリの言葉を聞いて、シバは納得した。
ここ最近、政府からの任務が全く来なかったのは、シバの代わりに超能力を扱えるロボットたちが任務をこなしていたからのだと。
「まあ、確かにな。イザーン型だけじゃなく、他にも色々と超能力兵器を作っているみたいだしな」
要人の殺害に使われた色々な刺客は、その多くが超能力を使用する兵器だった。
あの兵器たちは、低重量の相手かつ近距離戦であれば最強のシバだからこそ、ある程度対抗できた。
シバと同じ真似をできる低級超能力者は、いったいどれだけいることか。
そう考えると、超能力兵器が低級超能力者の地位に成り代わるのは、世の摂理に合っている。
「それで。俺たちが政府の犬を失職するって言いたいのか? 俺はそんなに思い入れはないが?」
シバが政府の犬を始めたのは、孤児院で育ったこと、超能力を得ることができたこと、マルヘッド高等専門学校に入学できたことに対して、政府の予算に助けられたからだ。
正直、任務を多数こなして、その恩は返し終えたと、シバは認識している。
それでも政府の犬を続けているのは、任務完了で貰える報酬と、社会的貢献での自己の評価を上げるため。
そのため政府がシバを必要としないというのであれば、シバは政府の犬を辞めてマルヘッド高等専門学校の学生一本の身分になることに問題はない。
だからシバがのほほんと構えていると、シーリの顔に焦りの色が浮かんだ。
「真面目に聞いて。シバは芸術、私はプログラムと、私達には他の特技があるけど、他の低級超能力者までそうとは限らないんだから」
「地位を追われた低級超能力者たちが、反乱でも起こすってのか?」
「起こせればいいって感じだね」
「……先んじて始末されるってことか?」
シバが不穏な未来の予感を口にすると、シーリは重々しく頷く。
「超能力者が反乱を起こして治安を悪くする前に、超能力が使える兵器で殺してしまう。もしくは、超能力者を捕まえて、新たな実験に使用する。そんな議論が、政府の上の方で出ているみたい」
「よくそんな話を――政府の中枢をハッキングして調べたわけか?」
「これ、調べたての情報だから」
シーリが得意げに肯定したのを見て、シバは苦笑いしか出なかった。
「話は理解した。だが、俺もシーリも、どうすることもできないんじゃないか?」
シバもシーリも、いち政府の犬でしかなく、政府の考えを撤回させられるほどの権力もない。
二人がこうして懸念を言い合ったところで、訪れる未来を止められる力はない。
「それはそうだけど、一人で抱えるには重たい情報じゃない。だから共有しようかなって」
「そんな気に病むことか? 政府の犬が政府の都合で死ぬのはよくあることだ。当の犬が死にたくないってのなら、力を見せるなり逃げるなりすればいい」
「確かに、大したことのない超能力以外の長所がないから、政府が殺す低級超能力者のリストに名前が載るわけだしね」
「そのリストも手に入れたのか?」
「もちろん。確かめてみたけど、私達の名前はないから、安心して」
「シーリはソフトウェア会社のプログラマーで、俺はマルヘッド高等専門学校の学生。どちらも価値を産む存在だ。政府だけじゃなく、大企業たちからも、抹殺していい対象ではないしな」
この国は、高度に機械化している。その機械を動かすために、シーリのような有能なプログラマーの必須であり、その損失は避けるべきことだ。
そして金持ちは誰しも、芸術を必用とする。その芸術を生み出す存在であるシバは、より失われてはならない人物といえる。なにせシバの芸術は、誰もがシバの芸術に寄せることはできても、シバにしか真なるものは生み出せないのだから。
そのため、二人は自身は低級超能力者の粛清に無関係だと考えていたが、後日そうではないことを思い知らされることになる。
政府から『低級超能力者の捕縛任務』を二人とも通達されたからだ。




